3、クリスタルが与えたもの
煌めきのクリスタルオーブ 制作:Oriens
初めて魔法を授かるときに使用するマジックアイテム。魔力が覚醒していない者のみに反応するようになっており、両手で触れるとオーブの中の魔石たちがほのかに煌めき、その中の一つだけが触れた者と共鳴する。共鳴した魔石を手にすることで魔法を使えるようになる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その魔法具が一軒の民家に持ち込まれたのは、まだ寒さの残る早春の黄昏時であった。
「あら、レオンさん。こんな時間にどうしたの?」
「ヴィルマ。今日はお前の喜びそうな物を持って来たぞ」
「あら、嬉しい! それは素敵なお話ね。さあ上がって」
「すまない、ちょっとだけ失礼する」
プラチナブロンドの髪を揺らす妙齢の女性。小柄な女性のお尻を追うように、身を屈めてドアを潜るのは筋骨隆々の大男であった。
「あ、レオンパパ! いらっしゃい」
「エイラ、今日も元気にしてたか?」
「うん、ボク、今日はノウサギを捕まえたんだよ!」
「おう、そうか。そいつはスゲェや。将来有望だな!」
「エイラ、今日はレオンさんが、何か良い物を持って来てくれたそうよ」
「何々?」
「エイラの分は別だ。今日はヴィルマのための土産だからな」
「ママの?」
「そうだ。すまんな」
「だいじょーぶだよ、レオンパパ。ママが喜ぶプレゼントだったら、ボクも嬉しい」
「そうか。それにエイラは色気より食い気だろ?」
「うーん、そうだね! 美味しいものがあればボクは十分だよ」
「そんなエイラには、これだ。ベリーのジャムたっぷりの、ビスケット」
「わあ! いっぱい入ってる!」
「後でママと食べろ。ウサギの香草焼きとも合うだろう」
「あら、じゃあ今日は腕を振るってお料理しなくちゃ。レオンも食べていくでしょう?」
「そうだな……いや、オレは遠慮しておく。せっかくエイラが狩ってきたウサギだ。オレが食ったら1羽や2羽じゃ足りんからな」
ガハハ、と豪快に笑うと、レオンは袋から何かを取り出した。ガラスの小瓶のように見えるが、中に入っているのは液体ではなく、カラフルな小石。濁ったガラスではなく、無色透明に透き通るクリスタルガラスで作られたその小瓶は、光がより美しく屈折するように意匠が凝らされ、夕陽に照らされてキラキラと輝いていた。
「あら、キレイ! これを私に?」
「ああ、そうだ。煌めきのクリスタルオーブってんだ」
「嬉しいわ、有難うレオン」
レオンの首の後ろに腕を回し、胸を押し当てるように抱き着くと、エイラの目も気にせず口付けを交わす。エイラも慣れたもので、ヴィルマの真似をして、レオンの斜め後ろからそっと頬にキスをした。
「エイラは何歳になった?」
「9歳だよ」
「そうか。じゃあこの魔法具、クリスタルオーブを使うのはまだ早い。こいつは最低でも15歳を過ぎてからじゃないと反応しねえらしい」
「使う? どうやって?」
「そいつは後で教えてやる。それよりヴィルマ」
「何かしら?」
「何年前だったか、アーミラリ天球儀を見に行ったのを覚えてるか?」
「ええ、もちろん覚えているわ」
「その時話していたよな。ヒューゴとエイラと3人で、旅に出る夢を見たと」
「ええ。別世界、パラレルワールドだったかしら? そこではヒューゴが生きていて、私とエイラと3人で幸せに過ごしていたわ」
「それでヴィルマもエイラも、魔法使いになったと言ってたよな?」
「そうなの。私が世界で一番の魔法使いですって? 笑っちゃうわ。そんな事がある筈ないのに……」
「そうでもねえんだ」
「えっ?」
「あれは別の世界でのお前だ。ここではないどこか別の次元、または別の時間の、お前とヒューゴの姿。つまり、今ここにいるお前にも、その素質があるかも知れねえんだ」
「あら、そうなの?」
「そうだ。そしてこのクリスタルオーブはな、まだ覚醒していない魔法の力があれば、それを引き出してくれる魔法具なんだ」
「レオンパパ、どういう事?」
「そうだな、お前のママは、もしかしたら魔法使いかも知れねえって話さ!」
「……まほうつかい……?」
「エイラ、魔法って知ってるか?」
「う~ん、分かんない!」
「使える人の方が少ねえからな。そうだな、魔法にも色々あるんだが、例えば雨を降らせたり、火を起こしたり、風を吹かせたり……」
「なにそれ~! すっご~い!」
「もし、もっとスゲェ魔法使いになれば、こう、ゴオオオオ! ってな、でっかい炎でエイラを燃やしちまう事だって出来るんだぜ!」
「あらあら、レオンが脅かすから……」
ビックリして涙目になっているエイラを、そっと優しく抱き締めながら、抗議の声を上げた。それから「怖かったね~」と赤子をあやすように、頭を撫でるヴィルマ。レオンは頭を掻きながら、「すまねえ、そんなに驚くとは思わなかったぜ」と謝罪の言葉を述べるのであった。
「ともかく、だ。このクリスタルオーブは、お前の眠っている魔力を目覚めさせてくれるかも知れねえんだ。やってみて損はねえからな、試してみようぜ」
「ええ、分かったわ。それで、私はどうすればいいの?」
「まずはコイツを握りしめてくれ。ああそうじゃねえ、両手でだ」
クリスタルオーブを手渡されると、クロノグラスの時の悪夢が甦ったか、ヴィルマは一瞬眉をひそめた。レオンが両手で包み込むように握らせると、中に入っている魔石が淡い光を放ち始めた。クリスタルガラスの中で、小石達がグルグル、グルグルと動き出す。
「おかしいぞ? 反応する石は一つだけと聞いてるが……」
「そうなの?」
「ああ、コイツはただ事じゃねえ!」
中の魔石は、ひとつ残らず激しい回転を始めた。カチャカチャ、カンカンと、オーブの中で魔石とクリスタルがぶつかる音が響いた。それは次第に大きくなっていく。
「マズい、手を放せヴィルマ!」
「えぇ……」
「すまん! 怪我したら後で謝るっ!」
「あっ!」
ガンガン、ゴンゴンと激しい音を立て、今にも破裂しそうなガラスの小瓶を、レオンが叩き落とした。ヴィルマの手から離れたそれは、地面に激突すると、大きな音と共に粉々に砕け散った。
「あぁ……」
「すまねえヴィルマ。こんな事になるとは想定外でな。あのまま持ち続けていたら、砕けた破片でお前が大怪我をしていたかも知れねえ」
「……いいの、レオン。レオンがくれたものだしね。それに、お詫びにダイヤの指輪、買ってくれるんでしょう?」
「おいおい、ダイヤは期待すんなって、昔言わなかったか?」
「さあ? 昔は昔よ。今度はダイヤよ、約束ね」
「勝手に約束すんな。まあ、そうだな。すまんがダイヤじゃなくても良ければ、今度何か代わりのもんを買って来てやるよ」
「あら、残念」
「でだ、このオーブの中に入っていた魔石だが……」
粉々になったガラスの破片の中から、さっきまで激しい運動を繰り返していた、色取り取りの小石を拾い集める。魔石は全部で8つあった。
「もう一度、こいつを握り締めるんだ」
「なんだか怖いわ」
「大丈夫だ。オーブから取り出した魔石は動かねえよ。ほら」
8つの魔石を差し出すレオン。しかし怖気付いて受け取ろうとしないヴィルマ。無理やりヴィルマの手を取ると、掌を開かせて8つの魔石を握らせた。レオンが持っても何一つ反応しなかった8つの魔石は、ヴィルマの手に渡った途端、強い輝きを放った。
「きゃあっ!」
「ママ! だいじょーぶ?」
「平気だ、エイラ。心配するな。これは魔法継承の儀式。見ろ! 8つの光が一つになって……」
「キレ~イ! ママ、綺麗だよ」
「これ……は……?」
「魔法の力が覚醒したんだ! やったな、ヴィルマ! しかも一つじゃねえ、8つ全部だ! こいつはスゲェぜ!」
「8つの……魔法?」
「そうだ! お前は今日から、8属性魔法使いだ!」
「はちぞくせい?」
「そうだ、エイラ。やはりお前のママはスゲェぜ! この世界中を探しても、8属性なんて扱える者はいねえ。普通は一つだけ、多くて2つだからな!」
「えっと……?」
「ヴィルマ、お前は世界最高の魔法使いになったんだ! もちろん、これから魔法の習得や、魔法熟練度を上げなけりゃ使いもんにならねえ。宝の持ち腐れってやつだがな」
戸惑うヴィルマと、意味が分かっていないエイラ。レオンは一人で興奮しきりであった。これからの事を考えて、ああでもない、こうでもないと一人で呟いていたと思ったら、「今日のところは帰らせてもらうぜ」と一言だけ残して家を飛び出し、旋風のようにどこかへ走り去って行ってしまった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ソフィア! 来たぜ」
「はいはーい、今行くからちょっ……あっ!」
ドン!
ガラガラ!
奥の方で、何か物がぶつかる音、それから何かが崩れる音が響いた。やれやれ、と顔を見合わせるレオンとヴィルマ。店の奥から、足の爪先を押さえながら女店主が顔を出した。
「ったたたぁー」
「お前なあ、もう少し落ち着けよ」
「面目ない」
「お久しぶりね、ソフィア。その節はどうも」
「ヴィルマさん、レオンから話は聞いてるよ。魔法を習得したいって?」
「そうなの。レオンが言うには、私には世界一の素質があるらしくて……」
「前にも言ったが、8属性だぜ。聞いた事もねえや」
「ちゃんと授業料は払って貰うよ?」
「問題ねえ。オレが全部出す」
「……と言っても、ウチが直接教えられるのは探査の魔法と風魔法の2種類だけになるけど、いい?」
「ええ、お願いするわ」
「2属性だけって? 俺の知る限り、2属性使えるのもお前ぐらいしかいねえがな」
「昔取った杵柄。特に風魔法は、最近使う機会がないから、自信ないなー」
「今日のところは2種類の基礎が出来るようになればいい。それ以外は追々頼む」
「オッケー! あ、あと水魔法と時魔法は、魔法書の在庫あるから、学ぶ気があるなら独学でやって」
「おう、そいつは幾らだ?」
「フッフッフ。高いよー?」
「……後払いで頼む。そのうちヴィルマも稼ぐようになるからな」
「おっ、景気の良さそうな話じゃん! 投資し甲斐があるねえ。そういう事なら、出世払いでもいいよー」
「じゃあそれで頼むぜ」
こうして魔法の習得を始めたヴィルマ。探査、風、水、時の4属性の習得には、それほどの時間を必要としなかった。あっという間に初級をマスターし、中位の魔法の習得に励んだ。治癒魔法と土魔法も、レオンの知り合いから伝授されたが、これは初級しか扱えない。それでも1年余りで、ヴィルマは6属性の魔法を、問題なく行使できるほどに成長したのである。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「準備はいいな?」
「ええ。何だか緊張するわね」
「旅に出る者の心得として、一応念のため、クロノグラスも用意したが、今回の旅は危険も少ない。オレもいるし、何も問題は起きねえさ」
クロノグラスという単語を聞いて、嫌な過去を思い出したか、少し顔を曇らせるヴィルマ。そんな微妙な表情の変化を敏感に察したエイラにも、不安が伝播してしまったようだ。内心の不安を隠し、震えるような声を絞り出す。
「ママ、レオンパパ……早く帰って来てね……」
「エイラは良い子だ、ちゃんとお留守番していろよ」
「……うん……」
「出来るか?」
「……だいじょーぶだよ、レオンパパ」
「知らない人がドアを叩いても、開けちゃダメだからな」
「分かってる」
「うっかりドアを開けたらな、そりゃあ恐ろしい狼がいて、エイラを食べちゃうぞ~!」
「もう、レオン! また泣かす気なの!?」
「おっと、すまんな」
初めて長時間家を空けるのだ。ただでさえ不安でいっぱいのエイラは、瞳に涙をいっぱい溜めて、今にも泣き出しそうになっていた。ヴィルマに軽く後頭部を小突かれ、わざとらしく頭をさすりながら、レオンは2人の不安を笑い飛ばすように、ガハハ、と豪快に笑った。
「じゃあ、行こうぜ、ヴィルマ!」
「ええ。エイラ、行って来るわ。食べ物は十分にあると思うけど、もし足りなければお隣の家で分けて貰うか、あそこの宝石を売っても構わないからね」
「分かってる、だいじょーぶだよ」
「寂しくなったら、お友達のところにお泊りしなさい。親御さんにも言ってあるわ」
「だいじょーぶだってば! もう! ママは心配し過ぎだよ。エイラはもう10歳だよ、料理も洗濯も、何でも自分で出来るんだから」
「そうね。ちょっと過保護だったかしらね」
「さあ、これが大魔法使いヴィルマの初陣、英雄譚の始まりだ!」
唯一無二の大魔法使いとして覚醒したヴィルマ。向かう先には、どんな冒険が待ち受けているのだろうか。春の日差しのような温かい未来か。吹きすさぶ豪雪に凍える冷たい未来か。その冒険譚と結末は、また別の物語。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます