6、ドラゴンが教えたもの 後半
その時であった。ヴィルマの肩を後ろからポン、ポンと叩く者がいた。
「遅くなってごめん」
「ソフィア!」
「ウチ、ウチ……」
「いいの! 来てくれて、勇気を出してくれて有難う。例の作戦、頼めるかしら?」
「あいよっ」
「
「助かった。効いてる! 続けてくれ!」
「オウ~、寒イデスヨ。ワイデリカモ冬眠シソウネ」
「爬虫類じゃねえんだ。人間は冬眠なんかしねえよ」
危機を脱して余裕が生まれたか、冗談を飛ばし合う。イェルハルドは満身創痍のレオンを負ぶって戦線を離脱した。
「頑張ってソフィア!」
「もう魔力が尽きそう。ヴィルマはこんな魔力の消費を、ずっと続けていたの!?」
「私ね、本当は大魔法使いなの!」
「それは知ってる」
「ヒューゴの仇を討てると思ったら、幾らでも魔力が湧いてくるわ! それに勇気もね!」
「ヤリマシタデスヨ。
「今のうちに治癒するわ。ここに横になって、レオン」
「ああ。すまんな、ヴィルマ」
「いいのよ。治療費はダイヤの指輪で払って貰うから」
「まだ冗談を言える余裕があるんだな。やっぱお前はスゲェよ、ヴィルマ。唯一無二の大魔法使いだ」
「ねえレオン。8属性魔法使い、私以外にもいたみたいじゃない」
「は? そんなわけねえだろ」
「いいえ、あの魔法のスプーンを作ったのは、昔の8属性魔法使いですって」
「ソウデスヨ。鑑定士ノア間違エマセンヨ」
「そんな馬鹿な! オレが直接知っているのは2属性まで。過去最高の魔法使いでも3属性だぜ?」
「確カナ話デスヨ。古ノ大魔法使イイマスヨ」
「4属性以上使える魔法使いなんか、伝説の中にも出て来ねえんだがなあ?」
全身血塗れのレオン。顔に付着しているのは、薬物過剰摂取によるもの。肩や腕にある無数の血の跡は、
「私が近くで冷気を浴びせるわ。ソフィアはここで休んで」
「あいよ。あまり力になれなくてごめん」
「いいえ、助かったわ! ソフィアが来てくれなかったら、今頃どうなっていたか分からないもの」
その場にソフィアを残し、3人は恐る恐る
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「お~い、ソフィア、いるか? 慌てないで、ゆっくり出て来いよ」
「はいはい、今行き……ぎゃあっ!」
ガラガラ!
ドッシーン!
「ったたぁー……」
「お前なあ、何回躓けば気が済むんだ?」
「あははー、注意力散漫なのは生まれつきじゃん?」
「生まれつきじゃん? って言われても知らないわよ」
「大きな店に引っ越しても、すぐガラクタの山になっちまうな」
以前の狭い路地裏にあった怪しい店から、大通りの一等地に店舗を移したのは、
「例の品は届いているか?」
「あいよっ、ちょっと待っててー」
「あ、ソフィア、危なっ……」
ドンッ!
ガラガラ!
すぐ後ろに積まれていた、得体の知れない物が詰まった木箱を蹴っ飛ばし、1メートルも飛び上がってガラクタの山に突っ込んだソフィア。ヴィルマとレオンは顔を見合わせて笑った。
「ったぁー……」
「お前さあ、そんなんじゃ嫁の貰い手がねえぞ……」
「ウチは宝の山に囲まれていたら幸せ! 男なんて……」
「……オレ以外にはな」
「……えっ? 今なんて?」
「ソフィアは、オレが見てやらねえと心配だぜ。死ぬまで目が離せねえってな」
「レオン?」
「ガラクタの山を整理しながら、少しずつ商売を覚えるのも悪くねえ」
「おおお、おいレオン、ウチを女として見てなかったじゃん」
「女じゃねえよ。何だろな、愛玩動物?」
「おいこら、どういう事だ」
「うふっ、お似合いね。ソフィア、おめでとう」
「ななな、何言ってんだヴィルマまでー」
「幸せになるのよ?」
「おう! オレが一生面倒見てやるぜ。こう見えても掃除と片付けは得意だ」
「そ、そんな事より、これだよ。黒竜の血の杖!」
討伐した
「イェルハルドさんの紹介で、鑑定士ノアに依頼した結果がこれ」
「ほう、興味深いな。読めねえ」
「レオンも少しは勉強しなよ。ウチが読んであげる」
「おう、頼むぜ」
「この竜の骨に染み付いた怨念は、その魂を解放する事で消え去る。そのために必要な物は、この黒竜の血の杖の他に3つ。一、呪いを受けた者の血液。一、呪いを受けた者の肉体の一部。一、呪いを受けた者の強い想いが込められた品物」
「なんだそりゃ?」
「よく分からないわ」
「つまり、ヒューゴの血と、体と、魂が必要って事だね」
「それがあるとどうなるんだ?」
「待って、続きを読むよ。竜の呪いを解いた時、その呪いを刻み付けた者は復活する」
「復……活……!?」
「つまり、竜に呪いを刻み付けて殺された、ヒューゴが生き返る。死者蘇生って事かな」
「な、なんだってー!?」
それは、魔法のスプーンが導いた、大きな希望。
「3つの品物は揃えられそう?」
「ヒューゴの肉体の一部……」
「遺髪! レオンが持って来てくれた、ヒューゴの髪の毛があるわ!」
「まだ取ってあったんだな」
「当然よ。捨てられないわ」
「それとヒューゴの想いが詰まった品だが……」
「クロノグラス!」
「間違いねえ。あの中には、ヒューゴが遺したヴィルマへの想いでいっぱいだ」
「あとはヒューゴの血液だけど……」
「血なんて残っちゃいねえだろうな……いや待てよ? 確か遺髪には、血痕が付いていたな」
「その血液は、間違いなくヒューゴの?」
「何とも言えねえな。多分そうだろうとしか」
「ダメ……」
顔面蒼白になるヴィルマ。
「私、綺麗に洗っちゃったわ」
「な、なんだってー!?」
「汚れていて、あんまりだって思ったから」
「血の一滴も残ってねえのか?」
「分からないけど、多分」
「じゃあさ、この杖に染み付いた血はどうだい? 黒竜の血の杖、って名前だし? 呪いそのものがヒューゴの血液なんじゃないかな」
「実際、ヒューゴを喰らった
「試してみる価値はあるんじゃない?」
「やってみるか?」
「あ、待って。ノアの手紙には続きがある。呪いを解く儀式を行う時、成功か失敗かに関わらず、品々は全て失われる。だってさ。何度も試せないじゃん」
「遺髪は何度かに分けて使えるとしても、クロノグラスは一つしかねえな」
「一発勝負ってわけね」
重い沈黙に包まれた。全員が考え込んでしまった……ように見えるが、ヒューゴを知らないソフィアは何も考えていない。ただボーっと二人の様子を眺めているだけである。
「ねえ。一つだけ、可能性があるんだけど」
「何だ?」
「エイラよ」
「エイラがどうかしたか?」
「アーミラリ天球儀で夢を見た時なんだけど」
「別世界、パラレルワールドのヴィルマの話だね」
「私とヒューゴとエイラ、3人で幸せに暮らしていたの」
「その話は聞いたな」
「エイラはヒューゴの事、パパって呼んでいたわ」
「いや、エイラはオレも、他の奴もパパって呼ぶだろう?」
「そうじゃないの! レオンは本当の血の繋がりがないって、分かり切っているわ。他の男がパパだって可能性がないわけじゃないけど……でも私、エイラとヒューゴが本当に血の繋がった肉親なんじゃないかって。そう思うの」
「根拠は?」
「ないわ。でも強く感じるの! 探査魔法が感知したのだって、きっとそれよ!」
「アーミラリちゃんが見せるのは、別世界じゃん? 前に話したと思うけど、その別世界の中には、同じ世界の、同じ場所の、別の時間も含まれる」
「つまり?」
「今、この世界の、未来の3人だったって可能性があるんじゃないかな」
「な、なんだってー!?」
「あくまで可能性だよ」
「でも私、その可能性を信じたい。エイラの本当のパパがヒューゴなのよ。そしてヒューゴの血を受け継いだエイラの血なら、きっと大丈夫。それに魔法のスプーンも言っていたじゃない? 再び還らぬと諦めた希望を取り戻し、幸福の未来が待つって!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
床に並べられた3つの品々。ヒューゴの遺髪。クロノグラス。黒竜の血の杖。あとはここにエイラの血を足すだけだ。レオンが指先にナイフを当てると、エイラはぎゅっと目を瞑った。後ろからヴィルマが優しく抱き締めた。
「エイラ、いいか?」
「うん。だいじょーぶだよ、レオンパパ」
「パパはもうやめろ」
「うん、レオン」
「すぐに治癒するわ。やって頂戴」
グッとナイフを押し当てた指先から、数条の血液が流れ出る。十分な量が注がれたのを確認して、ヴィルマは治癒魔法をかけた。
「見ろ! 杖が……」
最初に変化したのは杖だった。エイラの血を吸い、ぐにゃりと形を変えた。アメーバのように広がり、ヒューゴの遺髪とクロノグラスを包み込み、混ざり合う。赤黒かった液体は金色に変わり、ひとつの形を生み出していく。上方に一つ、左右に二つ、下方に二つ。大きく広がり、やがて金色の液体は人間の姿を形作った。
「ヒューゴ?」
「マジかよ!? 本当に生き返りやがった!」
「こ……こは……?」
「良かった! ヒューゴ!」
「ヴィルマ? それに……」
「オレが分かるか? レオンだ」
「確か……一緒に旅をした事があった」
「ヒューゴパパ!」
「君は……?」
「ボクだよ、エイラだよ!」
「エイラ……そんなわけ……エイラはまだ5歳だぞ」
「パパがいなくなってから、大きくなったんだよ!」
「いなく……?」
「ヒューゴ、あなたは6年間、死……眠っていたの。この子はエイラ。正真正銘、私とあなたの子よ!」
「正真正銘って……当り前じゃないか……何を言っているんだ?」
「ごめんなさい、私、エイラがあなたとの子じゃな……」
「ヴィルマ! それは言わなくていい」
ポロポロと大粒の涙を零し、懺悔の言葉を口にしようとするヴィルマ。それを制したのはレオンだった。
「だって!」
「ヒューゴにとって真実は一つしかない。エイラをずっとお前との間に出来た子供だと信じ、実際にそうだった。それだけだ。何も問題はない」
「何を言っているのか分からないが……大きくなったな、エイラ。ヴィルマも綺麗になった」
「パパ!」
「ヒューゴ!」
「大丈夫だよ。これからは家族3人、ずっと一緒だぞ」
これは運命に翻弄され、数奇な人生を送った一人の女性の物語。5つの魔法具に導かれ、大切なものを取り戻した家族の物語。これから待ち受ける未来は、アーミラリ天球儀によって既に約束されている。これから4年の後、15歳になったエイラは、最愛の両親と共に冒険の旅に出る。丘の上のヴィルマは、やがて世界最高の大魔法使いヴィルマと呼ばれるようになる。勇敢なる者ヒューゴは、常にヴィルマと共にあり、勇名を馳せる。父の勇気と母の魔力を受け継いだ小さな魔法使いエイラは、やがて果敢な勇士エイラと呼ばれるまでに成長し、この世のあらゆる巨悪を討ち滅ぼす役目を担う事になる。だが、それはまた別の物語である。
ヴィルマ・シリーズ 完
クロノグラスが遺したもの 武藤勇城 @k-d-k-w-yoro
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