4、スプーンが選んだもの
魔法のスプーン 制作:Thistle
森の魔法使いが錬成した不思議なデザインのスプーン。シチューを食べるのには使えませんが、たくさんの「幸せ」をすくい取るといわれています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その魔法具の存在を知ったのは、爽やかな風が舞う秋晴れの昼であった。
「あら、レオンさん。今日も良い天気ね」
「ヴィルマ、久しぶりだな。元気だったか?」
「ええ。半年前の遠征以来かしら? さあ上がって」
「すまない、ちょっとだけ失礼する」
透き通るようなプラチナブロンドを揺らしながら、ドアを開けるヴィルマ。すると家の中にいた少女が、レオンの胸に飛び込んで来た。
「レオンパパ!」
「おう、大きくなったな。エイラは何歳になった?」
「もう! いつもそれ聞くよね!? ちょっとは覚えてよ、11歳だよ!」
「すまんすまん。しょっちゅう来れないから忘れちまう」
「ねえレオンパパ、欲しい物があるの! 買って!」
「おう、何だ? 言ってみろ」
「ボク、可愛い服が欲しいんだ」
「服? そんなもん、ママに買って貰えばいいだろ」
「最近のママはケチなんだよ」
「もう、この子ったら」
「べー。ケチなママなんて嫌いだよーだ」
「こら、そんな事言うんじゃねえ。ママも一生懸命働いて……」
「そんなの分かってる! でも服が欲しいの!」
「なあヴィルマ、お前の魔法の才があれば、どこに行っても引っ張りだこだ。王様からの招聘もあったと聞いたぞ」
「その話なら断ったわ」
「勿体ねえ。王宮勤めなら莫大な金も手に入っただろうに。なら、また旅に出ねえか?」
「怖いのはイヤ。もう懲りたの」
「確かに前の遠征は大変だったな。だが結局、傷一つなく帰って来れたじゃねえか。それにお前の治癒魔法があれば……」
「イヤよ! 私はね、後に遺される悲しみを知っているの! ねえレオン。もし私に万が一の事があったら、エイラはどうなるの?」
「それは……」
「出発前、クロノグラスを渡された時、これは危険な旅なのねって思ったし、実際に命の危険を感じて、ヒューゴの気持ちが分かった」
そう言って、後ろからエイラをそっと抱きしめる。
「ママ?」
「命の瀬戸際にあって、愛する人と二度と会えない悲しみと絶望。約束を果たせない無念……そんなの味わいたくないし、この子に味わわせるつもりもないの」
「ヴィルマ、お前そんなにヒューゴを愛してたのか?」
「以前はそうでもなかった。ただのお客さんの一人だったわ。でも今は……」
「おいおい、娘の前だぞ」
「だいじょーぶだよ、レオンパパ」
「エイラはもう知っているわ」
「じゃあオレが本当のパパじゃないってのも……」
「もちろん。分かってるわよね、エイラ?」
「えっ……」
「えっ?」
「え!?」
「レオンパパ、パパじゃないの?」
「えっと、そのだな、パパでちゅよー」
「レオン……」
「そっか、レオンパパも本当のパパじゃないんだ」
「すまん、口が滑った」
「だいじょーぶ」
気まずい雰囲気を生み出してしまった。そんな反省の色を示してから、レオンはわざとらしく咳ばらいを一つして話題を変えた。
「それでエイラ、服が欲しいんだったか」
「うん」
「じゃあ買い物に行こう。親子3人水入らずで!」
「レオン……あなたって人は本当に無神経ね」
「すまん」
「だいじょーぶ。行こ!」
ヴィルマとレオンは顔を見合わせると、3人で手を繋いで家を出た。
「ヴィルマ、仕事の方は順調か」
「ええ。お客さんも少しずつ増えているわ」
「ママの治癒魔法、ヤバいんだよ!」
「おう、そうなのか?」
「レオンったら、知ってるくせに……」
「ここは父親としての面目躍如をだな……」
二人の小声の会話は、エイラの耳には届いていないようだ。嬉々として母親の魔法の凄さを語る。
「怪我も病気も、ぜ~んぶ、すぐ治しちゃうの!」
「おう、そうか。そいつはいいな。オレも今度かけて貰おう」
「高いわよ?」
「そうなのか? じゃあ今日の服代って事で」
「それとこれとは別だよ。ボクの服でしょ!」
「しっかりしてる」
「私の娘ですもの」
「おねだり上手も母親譲りか」
そんな会話をしながら市場までやって来た3人。エイラの服を選び、夕食の食材を買い込み、あれこれ見て回ると怪しげな露天を発見した。涼しくなったとはいえ、少し歩くだけで汗ばむ陽気。それなのに店主の男は、厚手のローブを纏い、目深にフードまで被っていた。茣蓙に並べられているのは僅かな品物のみ。値段も何も書いておらず、道行く人は誰一人として立ち止まろうとしなかった。
「ねえレオン」
「おう、なんだ」
「あのお店なんだけど」
「何か気になるのか? 確かに怪しいが……」
「そうじゃなくてね、私の探査魔法が反応しているの」
ヴィルマが扱える魔法は8属性ある。風、火、水、土の基本4属性と、探査、治癒、心身、時。全ての初級魔法を一通り使える。中でも、よく使う治癒と水が得意だ。
「どういう事だ?」
「私に大きく関係する品物や場所や人物が分かるように、常に範囲魔法をかけているの。あの露天の何かが反応しているわ。有り得ないくらい激しく」
「ソフィアの天球儀みたいなもんか。寄るか?」
「ええ、きっと何か大事な物があるわ」
「えーっ! ボクもう疲れた。早く帰りたいよ」
「もうちょっとだけ待ってね。帰ったら美味しいミートボールを作りましょう」
「ホント?」
「エイラも手伝ってくれる?」
「うん!」
「どれ、肩に乗せてやろう。暫く高い所から周りを見てるといい」
「待って! やだ、怖いってば! ボクこんな高いの……待ってってば!」
「エイラはオレに任せろ」
「お願いね」
ヴィルマは一人、怪しいローブの男の前に座ると、これでもない、これも違う、と一つずつ露天の品を確認していった。二十ほどしかない品々の最後の一つ。何かの樹脂で作られたスプーンには、蔦が幾重にも巻き付いた意匠が施されており、とても実用的とは思えない。
「これ……」
「イラッシャイマセヨ。オ姉サン、オ目ガ高イデスヨ」
「スプーンですよね?」
「普通ノスプーン違イマスヨ。魔法ノスプーンデスヨ」
「魔法の?」
「西ノ森ニアラセラレル遺跡デ発見サレマシタヨ」
「店主さんが見付けたのかしら?」
「ソウデスヨ。ワイデリカ自身デ発見サレマシタヨ」
「ワイデリカさん? っていうお名前?」
「ワイデリカノ名前、イェルハルドデスヨ。世界各地ヲ飛ビ回ッテイラッシャイマセヨ。トレジャーハンターデスヨ」
「それで、そのスプーンですけど」
「昔々、森ニ住ム魔法使イ、作リマシタヨ」
「えっと、あなたが遺跡から発見したのではなくて?」
「ソウデスヨ。ワイデリカ発見サレマシタヨ」
「それはおかしいわ。なぜ森の魔法使いが昔作ったと分かるのかしら? もしかして適当な話で値段を吊り上げようとしてません?」
「オウ~、一本取ラレマスネ。オ姉サン切レ者デスヨ」
「誤魔化しても無駄よ」
「オ姉サン、見クビラナイデクダサイヨ。ソノスプーン正式ナ鑑定ヲ受ケタ結果デスヨ。世界ニ一ツデスヨ。大変貴重デスヨ。確カナ話デスヨ」
「……ほんとぉ?」
「オウ~、疑ッテイラッシャイマセネ?」
「怪しいわ。そんな貴重な品が露天に転がっているなんて」
嘘である。ヴィルマの探査魔法で感知した、運命的な品物。唯一無二の希少品である事は分り切っていた。値段を少しでも下げようという試みである。
「オウ~。本当ニ貴重デスヨ。コノ機会ヲ逃セバモウ巡リ合エマセンヨ」
「お幾らなの?」
「ソウデウネ。金貨二十枚デスヨ」
「高すぎるわ。眉唾の作り話を信じるとでも?」
「オウ~」
「そんな金額だから売れ残っているんでしょう?」
「ソレ違イマスヨ。魔法ノスプーン、幸運ヲ運ビマスヨ。デモ使ウ人アリマセンヨ」
「使う?」
「コレ使ウ人、世界中オ探シサレテモ見付カリマセンヨ」
「どういう事かしら?」
「コレ作ラレマシタ8属性魔法使イデスネ。ダカラ使ワレル方ニモ8属性必要デスヨ」
「はち……属性? なによレオン、他にもいるじゃない」
「何デスネ?」
「何でもないわ。だから買い手がいないのね」
「ソウデスヨ~、困ッテイラッシャイマセヨ~」
「値下げは考えないのかしら? 金貨二枚なら買うわ」
「オウ~、無茶ナゴ注文デスヨ。鑑定代金ニモ及ビマセンコトデスヨ」
「さっき話していた鑑定ね。分かった、じゃあその鑑定士の名前を教えてくれるかしら? ちゃんとした鑑定士だったら半額で考えてもいいわ」
「半額デスネ?」
「それと、そっちの、それも付けて。どう?」
「オウ~。買イ物上手デスネ。参ラレテイラッシャイマセヨ。ソレデ手ヲ打チマスヨ」
「有難う。私はヴィルマよ。あっちの丘に住んでいるの」
「ヴィルマ……モシカシテ丘ノ上ノヴィルマ!?」
「そうだけど?」
「ヴィルマサン仰ラレマスヨ、有名ナ魔法使イ様アリマセンネ?」
「有名?」
「8属性ヲ使イマスヨ、最高ノ魔女デスヨ!」
「最高って、そんな大それたものじゃないわ。他にもいるみたいですし。でも8属性使えるのは本当よ」
「オウ~、ジーザス~! コンナトコロデオ目ニカカラレイラッシャイマセヨ! 運命デスヨ!」
「大袈裟よ」
「大袈裟ナコトゴザイマセンヨ! 左様デゴザイマスヨ、ヴィルマ様デアラセラレマスヨ! オ~ウ、握手サセテ頂カレテ宜シイデスネ?」
「握手? 構わないけど」
「マサカ、マサカ……ソウデスカ。アノ丘ノ上ニ住マワレテイラッシャイマセヨ? 今度、ゴ訪問サセテ頂カレテ宜シイデスネ?」
「うちに来るって事かしら? そうね……常識の範囲なら」
「オウ~、有難ウゴザイマスヨ! ジーザス! 緊急ノ用事出来マスヨ。マタオ目ニカカラレマスヨ!」
「あ、ちょっと、代金!」
「オウ~、丘ノ上ノヴィルマ様カラ、オ金ナンテ賜ワレマセンヨ!」
「鑑定士の名前は? これはどうやって使えば!?」
「鑑定士、ノア言イマスヨ。スプーンノ緑色ノ部分、8箇所全部押サエテ魔力注グデスヨ! 一度使ウト壊ラレマスヨ!」
ヴィルマは走り去る男を呆然と見送った。怪訝そうな表情で二人のやり取りを見守っていたレオンが近付き、ヴィルマの肩を叩くと、三人は和やかに話しながら帰路に就いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「エイラは寝たか」
「今日は歩き疲れたみたい。ぐっすり」
「子供ってのは大変だな。まさか服の1枚や2枚であんなに騒ぐとは思わなかったぜ。お披露目会だって、2着しか買ってねえのに、何度も何度も着替えてよ」
「よほど嬉しかったのね」
「じゃあそろそろ……」
「ええ。やりましょう」
露天商イェルハルドに教わった通りに、魔法のスプーンを手に取るヴィルマ。緑色の葉っぱの部分に魔力を注ぐと、スプーンに絡みつく蔦の文様が虹色に光り、どこからともなく声が響いた。
――汝、可能性を欲するか――
ざわざわと、周囲の空気が騒ぐ。肌が泡立つ。
「聞こえたかヴィルマ?」
「ええ。レオンにも聞こえたのね?」
――汝、可能性を欲するか――
「ヴィルマに言ってるんだと思うぜ?」
「ええ。ええ! そうよ! 可能性を求めているわ!」
――汝の求むるは、多くの幸せか? たった一つか――
「どうするんだ?」
「決まっているわ。私が求めるのは一つよ! たった一つの大きな可能性を示して!」
――汝の求むるものは、すぐ来たる。次に訪れし者を助けよ。東に住まう旧友を
樹脂製のスプーンは、ドロドロに溶けてしまった。短い時間であったが、家の中は張り詰めた緊張感に包まれていた。レオンは、ふうっ、と一息吐くと、額に滲んだ汗を拭った。
「参ったぜ。何だったんだ? 今のは」
「
「なんだそりゃ?」
「私にも分からないわ。けど、今の声の主がそうなのかしらね」
「かもな」
「よく分からなかったわ。次の客人って誰かしら?」
「さあな? オレに聞かれても困る」
「そうよね。ねえレオン、暫く居られない? 出来れば誰が来るのか、一緒に見届けて欲しいの」
「ああ。オレも気になるし、乗り掛かった舟だ。いつ来るのか分からねえ客を待つってのは大変だが、10日やそこらなら……」
しかし10日も待つ必要はなかった。翌朝、早速来訪者が現れた。ドンドンドン、家のドアを激しく叩く音。
「来たか!」
はてさて「次に訪れし者」とは誰なのか? 「東に住まう旧友」とは? 「恐ろしき異形の怪物」とは? 多くの謎を残したまま「再び還らぬと諦めた希望」を求め、「幸福の未来」へと向かう。これは運命に抗うヴィルマの旅立ちの物語。その結末は、また別の物語。
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