2、アーミラリが見せたもの
アーミラリ天球儀 制作:古洋天文館
暦の計算にも用いられた天球儀。星たちの動きを見ることで今生きている世界線とは別のパラレル世界を調べられる魔法具。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その魔法具の噂を聞いたのは、降り注ぐ陽光が眩しい初夏の朝であった。
「あら、レオンさん。こんな朝早くにどうしたの?」
「ヴィルマ。もう起きていたか」
「ええ。今日は暖かくなりそうね。さあ上がって」
「すまない、ちょっとだけ失礼する」
筋骨隆々の大男と並ぶと、ヴィルマはあまりにも華奢で頼りなく見える。「お水でいいかしら?」と独り言のように呟くと、レオンの返事も待たずに、肩より少し長いプラチナブロンドを揺らしながら奥の部屋へと消えた。
「よく冷えてるな」
「雪解けの季節ですもの。湧き水が清流になって、そのまま飲めるの」
居間で胡坐をかいてくつろぐレオン。喉が渇いていたのか、出された水をゴクゴクと一息に呷ると、すぐに話を切り出した。
「面白い話があってな」
「あら、何かしら? 今日もダイヤの指輪の話じゃないのね」
「それは期待すんなと言ったろ」
「あら、そうだったかしら? 気が変わったらいつでもいいのよ?」
「その話はナシだ。以前、お前に渡したクロノグラスってあっただろ」
「……ええ、ヒューゴの……」
「そうだ。そのクロノグラスと同じ魔法具の話だ」
「あんな悲しい思いをするのは、もうイヤよ」
「そうじゃない。ヴィルマ、お前は勘違いしてる。魔法具はただの道具だ。クロノグラスは、たまたまヒューゴの記憶が、お前にとって残酷な結末を告げる結果になってしまったに過ぎん」
「……そう」
「だが今回は違う。その魔法具の名前はアーミラリ天球儀」
「アーミ……?」
「アーミラリだ。そいつは貴重な品で今ここにはない。東の町、知り合いの占い師の店にある」
「あら」
「その占い師は探査魔法が得意でな。ちょっと面白い品を見付けりゃ何でも掻き集めちまう。俺から見りゃただのガラクタの山だが……」
興味なさそうに素っ気ない態度のヴィルマを見て、レオンは少しアプローチの方法を変えた。ヴィルマが必ず食い付く殺し文句。
「……そいつが言うには、アーミラリ天球儀は過去最高の発見だそうだ。夜空の星々を小さく集めた魔法具でな。小さいっても人間一人で抱えられる大きさじゃねえ。人間の背丈ほどもあるんだ。星々の煌めき、そりゃあ綺麗なもんだぜ」
「……綺麗な?」
「そうだ。星を眺めて美しいって思うだろ? それを小さくギュッと纏めてんだ」
「あら? それは素敵ね!」
「見てえか?」
「ええ! とっても!」
ヴィルマから見られないよう顔を伏せ、「計画通り!」とでも言うかの如く、一瞬ニヤッと笑みを浮かべたレオン。元々鋭かった眼光は一層鋭く、ギュッと真一文字にひかれた口元は大きく歪んだ。それも一瞬の出来事で、すぐにいつものレオンに戻った。
「エイラはどうしてる?」
「今日は近所のお友達と、外で遊んでいるわ。お昼ご飯の時間までに帰って来るよう言ってあるけど、いつも迎えに行くまで遊んでいるの。困ったものね」
「そうか。何歳になった?」
「もう7歳よ」
「大きくなっただろうな。アーミラリ天球儀がある店まで、往復しても昼は過ぎないだろう。今から出られるか?」
「ええ。あっ、でもお昼の準備もしないと」
「そのぐらい、オレが土産に何か買ってやる。近くに美味いトナカイの串焼き屋があるんだ。それにフルーツソースと、マッシュポテトでどうだ?」
「あら、いいわね。エイラも喜ぶわ」
「決まりだ! 帰ったらエイラの顔も見たいし、一緒にメシにしよう」
こうして、2人は連れ立って家を出たのである。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ここだ」
「本当に、こんなところなの?」
大通りから、迷路のように入り組んだ暗い路地裏を抜けた先、開けた場所にある一軒の大きな家。看板などはなく、薄汚れてボロボロ。周囲は手入れもしていないのか、雑草が生い茂って荒れ放題だった。民家と呼ぶのも躊躇われるような、それは廃墟か幽霊屋敷とでも呼ぶべき建物だった。
「ソフィア、いるか!? 邪魔するぜ」
「はいはーい、今行くからちょっと待ってー」
ドアを開け、ガラクタだらけの店内に足を踏み入れると、レオンは大きな声で店主を呼んだ。足の踏み場もない、とはこの事だろう。床には雑多な書物や革袋、何に使うのか分からない大きな金属の道具から、不思議な小物まで、ありとあらゆる物が雑然と並んでいた。売り物なのか、値札もなく、手入れもされず、すっかり埃を被っていた。
ドシャン!
ガラガラ!
「ったたたぁー……」
「おい、ソフィア。何やってんだ」
「平気平気、慣れてるから」
奥の階段を下りてきたところで、足元にあったガラクタに躓いた若い女。20歳を過ぎた辺りだろうか。ヴィルマも若く見られる方だが、それと同じかやや幼く見える。ボサボサで手入れをしていない髪は、赤みがかかったオレンジで、瞳の色も同じ。転んだ時に付いたか、元から汚れていたのか、膝や腰回りの埃を両手で払いながら、ゆっくり起き上がった。
「例の件で来たんだ。こいつにも見せてやりたくてな」
「この間の?」
「ああ、そうだ。こいつはヴィルマってんだ。こっちがソフィア」
「初めまして、素敵な星空が見られると聞いて来たんですけど?」
「はいはい、ありますとも!」
「あれだけは、ものぐさなソフィアも大切にしてんだよな」
「そらそうよ、レオン。幾らしたと思ってるの?」
「知らねえよ」
「ウチの店の売り上げ5年分よ! 5年分!」
「ここの売り上げじゃ、高が知れてるだろ」
「いやいや、これでも結構売れてるよ? 占いも当たるって評判だしさ」
「まあそれはいい。早速、頼めるか」
「あいよっ。ヴィルマさんだっけ、こっちこっち。奥にあるから。あ、足元に気を付けてね」
「ええ」
「お前が言うか」
「レオンが急に呼び出すから、少し焦っちゃっただけだし」
薄暗い店内を、ソフィアの後に続いて進む。鍵の掛かった扉の奥は、屋根のない吹きっさらしの部屋になっていた。
「じゃーん! 私の探査魔法がギュンギュン反応した運命の子、アーミラリちゃんでーす!」
「なあ、ここに鍵を掛ける意味があるのか?」
「あるある、あるよ」
「いや、こんな部屋、入ろうと思えば簡単に侵入出来ちまうだろ」
「置いてあるのはアーミラリちゃんだけだし?」
「こいつが大事だから鍵掛けてんだろ?」
「ほらほら、こうして壁で囲ってあるじゃん」
「上から簡単には入れるぜ。扉の鍵だって、オレの大剣で一撃だ」
「天井がなくても、こんな大きいの上から持ち出せないじゃん」
「まあ確かに、そうか?」
「だから鍵を掛ければ、壁か扉を壊さなければ入れないって事じゃん!」
「いやまあそうだが……」
「ウチだって、さすがに壁や鍵を壊されれば分かるし? 秘かに持ち出せなければいいってわけ」
「強盗ならいざ知らず、盗難の心配はないってか」
「そゆことー」
だだっ広い部屋の中央で、圧倒的な存在感を放つアーミラリ天球儀。その巨大なオブジェは、降り注ぐ太陽光を反射してキラキラと光り輝いていた。それをウットリ見上げるヴィルマの瞳と、どちらがより輝いていただろうか。
「素敵……」
「どうだ、気に入ったか?」
「ええ、とっても!」
「それは良かった」
「ねえレオン。私、これが欲しいわ」
「あー、ヴィルマさん? 申し訳ないんだけど、これは売り物じゃないんだ」
「あら、そうなの? 残念」
「すまんな、ヴィルマ。お前に買ってやるために連れて来たんじゃねえんだ」
「あら」
「このアーミラリ天球儀にもな、クロノグラスと同じような、不思議な力が込められてんだ。こいつの説明は、ソフィア、頼めるか?」
「あいよっ。このアーミラリちゃんはねえ、星々の力を借りて、不思議な世界を見る事が出来るんだ!」
「不思議な世界?」
「そう! パラレルワールド、って聞いた事ある?」
「いいえ、ないわ」
「別世界って意味なんだ」
「別……世界?」
「ここではない、どこか別の世界。このアーミラリちゃんが見せてくれる世界は、今いるウチらと同じ時間の、別の場所。または、同じ時間の、同じ場所にある、ここではない世界。はたまた、今ではないどこかの時間の、同じ場所にある世界」
「……よく分からないわ」
「だろうね。ウチにも分からないし。まあ夢の世界だと思えばいいかな?」
「夢の世界ね! それは分り易いわ」
「どう? 見てみる?」
「ええ、お願いするわ」
「おう、じゃあ料金はオレ持ちだ。ヴィルマにも見せてやってくれ」
「あいよっ。じゃあこっちに来て、ここに寝っ転がって。もうちょっと奥に。そう、アーミラリちゃんの真下から、ここいら辺を見上げていておくれよ。そのまま、目を閉じてもいい、昼寝でもするつもりで、リラックスしてて」
「ええ、分かったわ」
「それでは夢の世界へ、出っ発ー。いい夢見ろよっ!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「誕生日おめでとう!」
「おめでとう。エイラももう立派な女性ね」
「パパ、ママ、有難う」
「エイラ、今日はプレゼントを持って来たぞ」
「ボクに? 何々? もしかしてキラキラ光るもの?」
「ああ、そうだ。これはな、昔ママに贈ったのと同じダイヤモンドの原石から削り出したんだ」
「ダイヤ?」
「パパが見付けてきた、正真正銘のダイヤモンドだぞ!」
「わあ~キレイ!」
「後ろを向きなさい、パパが首に掛けてあげよう」
「だいじょーぶだよ、自分で出来るから」
「照れなくたっていいだろう。それとも将来、結婚相手が出来た時に取っておきたいか?」
「ボクはパパと結婚するんだ!」
「ハハハ、そうか、それは嬉しいな! じゃあパパが付けても問題ないな?」
ヒューゴが革袋から取り出したのは、エイラの爪ほどもある大きさの、大粒ダイヤのネックレスだった。工廠で名工の手によって、最も美しく反射するようにカットされ、丁寧に磨き上げられた大粒のダイヤは、陽の光に煌めいて虹色の輝きを放っていた。首に掛けられたプラチナ製のネックレスを掌に乗せて、万華鏡のように色が変わるダイヤをウットリ眺めてから、エイラは満面の笑みを浮かべた。
「有難う、パパ!」
「ママもな、昔からこういう光り物が大好きだったんだぞ。ルビー、エメラルド、金銀プラチナ。何度もねだられたもんさ」
「あら? ヒューゴがいつも私を置いて旅に出ちゃうからよ? 寂しく留守番している身にもなって」
「そうだったか?」
「ええ、そうよ」
「一人でお留守番は、寂しいよ」
「そうか。いつも寂しい思いをさせてごめんな。だがママも今では、パパと一緒に旅をする仲間じゃないか」
「ええ、そうね。それもこれも、私に魔力があるって判明したからね」
「それも最強レベルの魔力だったんだよな? 世界で一番の」
「そうなの。ビックリしちゃったわ」
「最初の旅はいつだったかな?」
「確か23歳……24だったかしら? エイラは覚えてる?」
「んーっと、4年前? ボクは11歳だったよ」
「じゃあ私が25歳の時ね」
「それ以来、パパとママはずっと一緒だ。今ではパパが35歳、ママが29歳」
「ふーん」
「そして15歳になったエイラも、これからは旅の仲間だぞ」
「ええ、そうね。エイラの初めての冒険ね」
「ボク、頑張るよ。ママみたいな大魔法使いになるんだ!」
「エイラも最初は怖い体験をするかも知れないわ。でもね、大切なもののためなら、どんな恐怖からも逃げずに立ち向かえるの」
「パパとママが付いている。大丈夫だぞ」
「うん! だいじょーぶ!」
「荷物は整ってるな?」
「ええ、3人分、ちゃんとここに」
大きな革袋が2つと、小さな革袋が一つ。何が入っているのか、パンパンに膨らんでいる。ヒューゴは両手に軽々と持ち上げると、小さなものをエイラに背負わせた。よほど重かったのか、エイラは一瞬よろめいてから、グッと両足で踏ん張って何とか転倒は免れた。心配そうにその様子を見守るヴィルマ。ヒューゴは笑って、「大丈夫だ、ヴィルマ。子供は転んで傷を作って強くなるもんだぞ」と一声掛けてから、ヴィルマの背にも同じように革袋を背負わせた。最後に自分の荷物を担ぎ上げると、キリッと引き締まった顔で号令を発する。
「さあ、出発だ。エイラの初陣だぞ。みんなで無事に帰って来よう!」
「ええ、行きましょう!」
「緊張する。だけどボクもパパやママに負けないからねっ!」
3人の眼前には、眩い朝日が顔を出していた。ヴィルマの指に嵌められた大粒のダイヤモンドが太陽を反射して七色に煌めく。それはまるで3人の旅路を、未来を、行く末を、明るく照らしているかのようだ。
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