「ねえ、恋バナボタンって知ってます?」後輩くんが、私に聞く。

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即興小説2023.5.7 恋バナボタン


「ねえ、恋バナボタンって知ってます?」


 隣の席の後輩くんが、私に聞いてきた。


「はあ?」


 私は髪を掻き上げながら、後輩くんを睨みつける。


 それはそうだろう。現在の時刻は、まもなく深夜0時。私の席に肘をついて私の顔をじっと見つめ続けている無駄にイケメンなこいつのせいで、私の終電の時間は刻一刻と近づいてきているのだから。


「あのさ、誰のせいでこんな時間まで残業してると思ってんの?」


 後輩くんが、にこやかに笑う。


「俺です、先輩」

「分かってんなら今から印刷かけるから、フォルダに入れてってよ」

「はーい」


 明日のプレゼン資料まとめを頼まれた後輩くんは、定時のチャイムが鳴る頃になってそれを思い出したらしい。帰ろうと立ち上がった私の袖をツンと摘み、「先輩、助けて」と懇願したのだ。


 放っておけばよかった。今日のドラマ、録画忘れてたのに。


「早くしてよ。終電行っちゃうでしょ!」

「はーい」


 間延びした返事が、腹立つ。こいつは他の人にはきちんとした態度を見せているのに、私にだけ舐めた態度を取るのだ。


 隣で資料をまとめ終わった後輩くんが、ふう、とPCを閉じた私の顔をもう一度覗き込んだ。


「で、知ってます? 恋バナボタン」

「……知らない」

「先輩、流行りに乗らないとどんどんくたびれていきますよ」


 うるさいな。私がギロリと睨むと、後輩くんは朗らかな笑みを浮かべる。


「じゃあ教えてあげます」

「……好きにすれば」


 流行りに乗らないとくたびれるという言葉に若干の危機感を覚え、聞きたくもないのについ聞き返した。


「ここを押すと、俺の恋バナが始まるんです」


 後輩くんが指さしたのは、後輩くんの形のいい唇だ。


 思わず顔を歪める。


「はあ!?」

「知りたくありません? 俺の恋バナ」


 それに流行りに乗らないと、ね?


 生意気そうに微笑まれ、私は渋々頷く。


 後輩くんはフフ、と笑うと、トントンと唇を叩いた。


「じゃあ押して下さい」

「……仕方ないなあ」


 男性の唇に触れるなんて、よほどのことがないとない。だけど、ここは勢いだ! と私は後輩くんの唇に人差し指で触れる。


 すると、後輩くんが口を開いた。


「では、俺の恋バナです。俺の好きな人は、俺のボタンを押した人で――」


 私が目を見開くと、後輩くんは私の唇に指でふれ、


「先輩のも知りたい」


 と言ったのだった。

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