第4話


 日が変わって火曜日の夜。

 結局、私は昨日のうちに優くんに新作の話をすることができなかった。

 それどころか今日もダメだった。

 理由は多分分かってて……単純に、幼馴染に彼氏役をやってもらうのが恥ずかしいのだ。例えそれが取材目的100%だとしても。


「ふぅー…………よしっ」


 しかし、恥ずかしがってる場合じゃないと自覚させられたのが、一時間ほど前のこと。

 担当編集から送られてきた血みどろのプロットを目にすれば、誰だって危機感を覚えるというものだ。

 一昨日メールでも貰ったようにあのプロットはすでにボツなのだけど、どこが悪かったとか、どうすれば良くなるとかは編集にチェックしてもらわないと作家は前に進めない。特に新しいジャンルに挑戦する場合は自己採点にも限度がある。それもかなり低めの。


 その辺私の担当編集は意外としっかりしてるなぁ……。

 でも次『ボツ^ ^』とか顔文字つけて送ってきたら真面目に出版社に乗り込んで担当編集のSNSからあることないこと呟いてやる。


 まあそんなわけで私は意を決したのだ。

 これは本当に取材相手がいないと無理だなと。


「……何年振りだろう、電話なんて」


 学校に行けば必ず会える。


 それが幼馴染というものであり、私にとっての優くんなので、電話した記憶なんてものは私の脳内アルバムには記録されておらず。

 長らくぶりに携帯電話に天職を全うさせる。

 わずか2コールで彼は出た。


『もしもし?』


「あ、も、もしもし?」


『どうした? 俺いまから読書するところだったんだけど』


「それだけ聞くと頭良さそうに聞こえるわね」


『あ、ひっでー』


 なんだかジッとしていられずに、私は家の廊下を右往左往。

 終いにはスリッパを履いてベランダへ。

 四月になっても夜風はそれなりに冷たかった。


「あのさ、優くん。ちょっと話があるんだけど」


『ん? カツアゲじゃないなら何でも聞くけど』


「ねえ、私にどんなイメージもってるの……?」


『冗談だって。舞菜香がそんなことしないのはさすがに幼馴染やってたら分かるよ』


「……そ」


 今夜の空は綺麗だった。

 特別綺麗に見えたのは、全身をあらわにした月の輝き。


「……あのさ」


『んー?』


「実は最近、私の担当編集から新作を書こうって話が出ててね」


『おお! そりゃあ十万部も売り上げた作家だもんな舞菜香先生は! え、次回作超楽しみなんだけど!』


「先生はやめてよ、私たち幼馴染なんだから」


『そ、そうだよな。悪い。でも俺本当に舞菜香の新作楽しみにしてる! どんな感じになる予定なの? やっぱりまたディストピア系?』


「えっと、詳しくは言えないけど、新作はラブコメ……かもしれない」


『マジか!?』


 まあ実際は、詳しく言えるだけの情報がないだけなんだけど。


「うん。だから男主人公にも初挑戦」


『うわ、めっちゃ気になる……』


「ほんとに?」


『当たり前だろ? だってほら、舞菜香が、その……どんな男を主人公にするのか普通に興味あるし』


「大衆ウケ狙いだからね。ある程度は優柔不断になる予定」


『へぇー、まあでも詳しくは発売後に読むことにするよ』


「ありがとう。……あのさ、それで実は手伝って欲しいことがあるんだけど、いい?」


『それって舞菜香の新作に俺が関われるってこと!?』


「うん、そういうこと。しかも結構重要な役目」


『え、なになに何でも言って! 大好きな作家の力になれるとかオタクの幸せすぎるから!』


 良さそうな反応。

 ここまで来て怯むほど私は優柔不断じゃない。


「じゃあ、私の新作の取材相手になってほしい」


『……んと、それってつまり?』


「つまりその、私とラブコメのイベントみたいなこといっぱいしてほしいってこと……なんだけど、無理そうなら全然他の男子に頼むのも──」


『それはダメ!』


「ダメ?」


『あぁ、っと、だって舞菜香が作家だってことがみんなに知られちゃうかもしれないだろ?』


「まあ……うん」


『やるよ。俺で良ければ喜んで』


「ホント!? やったーっ!」


 これで次回のプロットはそれなりのものが書けるはず。


『でもさ、ひとつ聞きたいんだけど』


「ん? なに?」


『これって、俺が舞菜香に何してもオッケーってことだよな?』


「うん、一応。ラブコメの範囲内でね?」


『どれだけ甘やかしてもいいってことだよな?』


「まあ……最近の流行りだと溺愛も多いし」


『本気で照れさせてもいいってことだよな?』


「それは、うん。できるならね。その方が参考になると思うし」


『…………分かった』


「えーっと、じゃあ、それだけ。急に電話してごめんね。おやすみ」


『いいよ全然。おやすみ舞菜香。……大好き』


「んな──」


 プー、プー。

 と、虚しく響くのは通話終了の音だけで、セミも出ていない今、私は突然の言葉に月を見上げるしかなかった。


「…‥別に、今すぐ始めなくてもいいのに」

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