第3話
通行の邪魔になるのを避けるため、場所は少し変わり教室後ろの隅っこにて。さすがに可哀想だと思った私は幼馴染を会話に混ぜてあげることにした。
「優くん、意味分かんないと思うけど、ちょっと自己紹介してくれる?」
「何それホントに意味分かんないんだけど…‥俺って今まで空気だったの?」
「あーいや、そういうわけじゃないんだけどね。一応私の頭の中では初登場キャラというか」
実際、私の新作ラブコメの企画が始動(?)してからは初めて会うし、何より、改めて私の取材相手に相応しいか見極める意味もあったりする。
「優馬くんほどキャラの濃い男子、この学校にはいないと思うよ〜?」
「だよな!? 意味分かんないこと言ってんのは舞菜香だけだよな!? さすが
「え、佳奈子とまともに会話が成り立たないのって
「……おい、全方面に失礼だぞ」
「ほんとだよ〜っ!」
どうやら会話の不成立は公式の狙いとは違うらしい。
「だって二人とも普段会話してるところ全然見ないし……行ってても友達くらいでしょ?」
「それはまあ、めちゃめちゃ喋るってわけでもないけどさ」
そもそもからして、優くんは普段から本(ライトノベル)か惰眠(深夜アニメの視聴による寝不足が原因)を貪っている人間なので、周りに人が多いタイプじゃない。かと言って嫌われてるとかでは全くなく、多分、優くんから話しかけられて嫌がる生徒は一人もいない。持ち前のオタク気質……もとい、『好き』に真っ直ぐな姿勢を嫌う人間はそうそういるものじゃない。
あ、当たり前のことだけど、本を貪ってるっていうのは暗喩だからね? 本は食べ物じゃないからね?
「え〜、私は優馬くんのこと親友だと思ってるけどなぁ?」
と意味もなく思考を巡らせている最中、隣の天然っ子がまた変なことを言い出した。
「洋宮……!」
「ねぇ佳奈子、親友の基準が低すぎない?」
もしかしてズッ友も安売りしてたり……いやいやまさかそんな。
「でもぉ、私も優馬くんの自己紹介聞いてみたいかも〜」
「洋宮……?」
「さすが佳奈子! やっぱり親友とズッ友とじゃ格が違うものね!」
「つい最近クラス替え記念で自己紹介したばっかりのはずなんだけどな……わかったよ」
文句を言いながらもやる気になってくれた優くんに、佳奈子が「パチパチパチ〜!」と大喜びで拍手する。合わせて私も適当に手を叩く。
「……じゃあ、今度こそちゃんと聴いてろよ二人とも!」
ごほん、と咳払いし、優くんが仰々しく腕を広げた。
「俺の名前は
「はいそこまで。なんか誇張が多すぎない?」
「ヒドイ!?」
「え〜、私は好きだったけどなぁ〜…………あ!」
「どうしたの?」
「ごめ〜ん、今日私、日直当番だった! 出欠確認とか色々やらないとだ〜っ!」
「あーそういえば」
「洋宮の前くらいまで回って来てたな」
「そうなんだよ〜! じゃあ私行ってくる〜!」
「はーい、またね」
「頑張れよ洋宮」
去っていく佳奈子の背中が小さく……なるほどこの教室は広くないけど、彼女が日直の仕事に取り掛かったのを確認してから、私は優くんの制服の袖を引っ張って窓際のカーテン裏に連れ込んだ。
「ちょ、舞菜香?」
「優くん、さっきディストピアって言いかけたでしょ」
「え? あ、あぁ……だって俺、舞菜香の書いた小説大好きで、数分前まで読んでたし……」
「バカバカ! 学校でその話するのやめてって言ったじゃんっ!」
ディストピアとはつまり、私が人気になっていたりするジャンルなわけで。
苗字は隠しているものの、作家名もそのまま舞菜香でやっている私が不安になるのも理解してもらいたい。
「べ、別に舞菜香の名前まで出そうとしてたわけじゃなくてだな……」
「……ねえ、知ってる?」
「唐突な豆知識ッ!」
「これは私の担当編集から聞いた話なんだけどね……」
「え、なんか怖いんだけど」
「……学生で作家になった人の九割は、学校で作家だということがバレたことが原因で筆を折っているらしいわ。『作家なのに国語満点じゃないんだ』、『作家なら演劇部の台本考えてよ』、『作家なのに字が汚いんだね』等々、一般人の低い想像力で作家のあるべき姿を決めつけられ、創作の苦労も知らない連中にタダ働きさせられたり……。大体、今どきの作家が原稿用紙に万年筆で文字書いてるわけがないことくらい考えればすぐ分かるだろうに……!」
「よしその輝かしい作家の将来を潰した奴らは今すぐ懲らしめに行こう」
「優くんも加害者予備軍だからね……」
「その節は誠に申し訳ございませんでしたッ!」
「分かれば良ろしい」
この世に『楽してお金を稼ぐ方法』なんてないんだから……みんなプロは苦労してるんだから、馬鹿にしたり茶化したりするのはやめようね。
***
「神崎さん、舞菜香先生の件、行けそうですか?」
「んー、半々ってところですかねー」
「具体的には?」
「ラブコメ初心者の文章って感じです」
「プロット来てませんでしたっけ? そんなに酷かったんですか?」
「あーこれねー、読みます?」
「是非……って、修正の数凄すぎませんかこれ」
「そうですよー大変だったんですから。昨日から寝ないで赤入れですよ。ラブコメ素人にしても、プロットに付属させる程度の短編でこれですからね。多く見積もって半々です」
「ラブコメ諦めた方がいいんじゃ……うちまだディストピア出してますし」
「他のジャンルはまず無理ですよ。ディストピアが一番無理」
「ファンタジーも?」
「無理ですねー。だって舞菜香先生、『作中で人が殺せない』んですから。ディストピアでも、作中で人の死を書いたのは舞台設定の都合上世界が崩壊したタイミングだけで、本編からしたらそんなの過去の話です。『何十年か前に世界が崩壊してたくさんの人が命を落としました』なんて説明文に感動する読者はいませんって」
「ほんと、名前付きのキャラクターを殺せないって致命的ですよね」
「本当にねー」
「そもそも何でディストピアなんて書こうと思ったんですかね?」
「さあ。聞いても教えてくれないんですよねー」
「へぇー。まあでも、ディストピアを早めに完結させた神崎さんの判断は流石だってことがよくわかりました」
「あれ以上続けるとネットも批判し始めるでしょうからね。作家のメンタル予防も編集の仕事の内ですよ?」
「ハハッ、気をつけます。それにしてもすごい短編ですねこれ……もどかしさゼロ、って言うと失礼かもですけど」
「いいんですよ実際そうですから。生々しさの欠片もない。市場でもウェブでも評価されない駄文でしょうね」
「…………ほんとに行けるんですかこの作家さん? オレなら切っちゃいますけど」
「んーー、半々ですね」
「半々って言えるのがすごいですよ」
「おっ! もっと褒めてくれていいんですよー?」
「顔が近いですって。はぁ、コーヒーでも買って来ましょうか?」
「あー助かります」
「それじゃ」
「はいよーいってらっしゃい」
「…………………………ま、先生を愛してくれる男がいれば、絶対あの子は化けるけど」
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