夢とロマンと蛮勇と

 ヴィキタス荒野。

 

 緑の一掃された大地は世界の終わりすら幻視しそうなほどに活気ある生命の脈動が感じられない。美しい自然を求め此処へやってくる観光客がいたならば一目見て卒倒してしまうことだろう。その証拠に自然に住まうほとんどの『妖精』達からこの地は嫌われており、果たして真実か否か『旧世界復興の失敗例』などという噂がされている程度には有名である。

 

 しかしこんな生命末期の地でも不思議なことに生態系は存在している。命がこの世界に誕生して幾憶年、生き延びるために故郷を捨てた種が多くいる中、過酷な環境に適応しようと試行錯誤を繰り返しこの地に残ることを選択した種も数える程度には存在したのだ。進化の過程で得た生存能力の偉大さがよくわかる。


 

「ほんとにいるのか?…もう半日は経ってるんだが…」


 

 荒野西部に人影二つ。

 一つはやや背の高い黒髪の男。もう一つは中肉中背の金髪だ。双方全身に軽装の鉄鎧を身に着けており、黒髪の男は腰に同じく鉄のショートソード一本、金髪の男は背にロングボウを背負っている。胸当てや籠手は若干サビいているようで、あまり純度の高い鉄ではないことが分かる。高純度の鉄であれば早々サビることもないのであろうが、彼らには用意する金もなかったようだ。

 

 そんな荒野をなめ腐った装備でやってきた彼らであるが、その目的は何なのか。

 ズバリ、希少な魔物の討伐による一攫千金である。

なんともまあ、危機管理の欠片もない金欠の遣兵が思いつきそうなことだ。


 

「ギルドが希少っていうくらいなんだから、俺ら二人だけで見つけようと思えばこんなもんだろ…」


「…だから調兵一人でも雇おうって言ったのによ…!」

 

「そんな金あったらこんなことしてねえよ…」


「……」


 

 遠い目で虚空を眺めながらいう男にいら立ったように言う金髪男。

 

 今回の彼らの目的の大部分は捜索に在る。そのため本来であれば索敵、偵察に優れた調兵を雇うべきであったのだが、そんな余裕さえない彼らは泣く泣く野郎二人で向かうこととなってしまった。

 しかし当然のことながら戦闘ならともかくその分野に関して素人に毛が生えた程度の彼らではとてもではないが効率の良い仕事などできようはずもない。

 粗方の事前知識を入手していたならば希望もあったことだろうが、後先考えず金を使い果し現状に陥っている阿呆二人にそんな発想はできなかった。「こいつ捕まえりゃ大金持ちだヒャッハー!」などと言って荒野に直行した過去の自分たちを恨む。

 

 さらに言えば彼らが求めているのは値千金の希少生物。当たり前であるが誰だって金になるなら捕まえたい。彼らは所詮そんな守銭奴のごく一部であって、彼ら以外にも求めているものは多くいるのだ。

 

 そして二人と違って他の者たちは十分な準備を行ってから捜索に乗り出すわけで…


 

「もう捕りつくされちまったのかなぁ…」

 

「……、」

 

「……俺らの半日って、無駄───」

 

「やめろ!それ以上言うな…!」


 

 黒髪の男の言葉を制止する。

 

 それを言ってはおしまいだ、と。


 

「でもよぉ…俺ら以外にも探してる奴なんていっぱいいるだろ…。あーあ、出発する前に気づくんだった…」

 

「…それは…そうだが…」

 

 どうせ少し探せばひょっこり出てくるんじゃないか、などという期待に身を任せやってきた二人。当然そんなことがあるはずもなく、長くとも数時間程度で見つかるだろう、と甘い見積もりのもと用意した食料も底を突こうとしている。バイアスというものは恐ろしい。

 魔物を狩って腹の足しにしようにももとよりここは枯れ切った荒野。目的の存在どころか生き物自体そうそう見つからない。

 

 ギルドに連絡することができるならば助けてもらえるかもしれない。昔まで遣兵は「冒険者」と呼ばれ、自己判断で何処かへ向かうならば自己責任が基本であった。それが近年では無責任なのではないかという的外れな世論に流されたのか、いくらか保証はされるようになった。当然その分規定も増え昔ほどの自由というものは無くなってしまったが、安心して仕事ができるに越したことはない。

 そうした保証がなかったからこそならず者の集まりとされまともな仕事として扱われていなかったのであって、改善された今では一就職先としての立場を確立している。

 

 しかしここにはそんな連絡手段など一つもない。

 

 

 黒髪の男が足を止め、おもむろに座り込む。


 

「…おい…どうした…?」


 

 金髪の男は彼の不審な行動にそう尋ねる。

 

 

「…おれ、もう駄目だわ…」

 

 

 彼は覇気のない声でそう呟く。

 言っていることがよくわからない。


 

「…いや、いやいやいや…!何言ってんだよ───」

 

「───食い物もない、知識もない、助けが来ない以前にここがどこだかもわかんねぇ…終わりだろ、こんなの…」

 

「……」


 

 信じられないといった風に詰め寄る金髪の男に半笑いでそう返す。

 

 ───諦め。

 それが彼の選択であった。

 

 人間、本当に絶望すれば笑うしかないものなのだと、そんなことを考えながら言葉を零す。


 

「…最初は良かったよな…『二人で英雄になるんだぁっ!』とか夢見て…そこそこ強くなって、でも結局そこまでで…」


 

 二人で遣兵となって三年。

 かつての幻想も今は想像すらできない。実力がすべてであるこの世界は、凡人であった彼らにはあまりに過酷過ぎた。当然そんな人間は数えきれない程いる。むしろそんな人間がほとんどだろう。たまたま彼らがその内の一部だっただけのことだ。

 

『自分ならもしかしたら』

 

 そんなことを考えて申請を出し厳しい審査と研修を越えた先に手に入れたものが、今はひどく煤けて見える。

 

 黒髪の男は持っていた荷物から袋を取り出し投げ渡す。渡された男は反射的をそれを受け取った。


 

「…?……っ!」


 

 中身を確認すれば、入っていたのは残り僅かな食料と飲み水だった。


 

「おい…なんだよ…これ…」


 

 まるで意味が分からない。

あるいは理解したくないだけなのかもしれない。

 

 黒髪の男はそんな彼にかまうことなく押し付けるように言う。


 

「持ってけよ。」

 

「………は?」


 

 呆けたような顔で困惑する金髪の男。黒髪の彼はこちらを見ない。


 

「一人分ならきついだろうが、それならギリ耐えるだろ。」

 

「お前は、お前はどうすんだよ…」


 

 震えた声で尋ねる。

 いや、分かっている。分かってはいるが聞かずにはいられなかった。


 

「俺は…まあ、どうにかするよ。」

 

「っ!ふざけんなよっ!お前置いて俺だけ帰るなんざ───」

 

「──じゃあどうすんだ!二人仲良く此処で野垂れ死ぬのか!?それこそふざけてんだろ!」


 

 爆発したように声を荒げる。

 彼とて分かっている、このままいけば自分がどういった末路を辿るのかくらいは。


 

「…もともと誘ったのは俺だ…オルト、お前までお前まで一緒になって死ぬこたねえよ…」

 

「…テレンス…」


 

 オルトと呼ばれた金髪の男はそれでも動かない。

 確かに誘ったのはテレンスだ。しかしその誘いに危機として乗ったもまた事実である。調兵を雇おうと提案して否定されはしたが、そもそも金がないのだから雇えなかった。事前情報を持っていないが故に食料が足りなかったことも何も彼だけの責任ではない。彼は彼の意思でここにやってきたのだ。


 

「できれば…そうだな、間に合ったらでいいから助けでも呼んできてくれ…」

 

「……っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 万事休す。

 

 まさにそんなときであった。


 

「…!」


 

 何か救いはないか、そうオルトが周囲を見渡したときあるモノが視界に飛び込んできた。

 彼は眼を見開きテレンスに声を投げかける。


 

「おい、あれ…」


 

 明らかに様子の変わった彼のその呼びかけに従い彼の指さす方へと視線を向ける。

 

 そこにはあったのは、

 

 

「カリブライム…なのか…?」

 

 

───カリブライム。

 

 スライム類の一種であり、確認されている個体数の少ない希少種の一つ。

 常に転がるようにして移動し全身に鉱物をまといながら進む。体内から発する磁力によって金属を引き寄せており、ごく稀に大金に成り得る宝石を取り込んでいることもある。

 

 探し求めていたものがそこにはあった。

 

 暫し呆然としていたオルトであったが、はっとしたように正気に戻りすぐさまロングボウに矢を番え構える。

 


「(通じるか…?)」


 

 彼が取り出したのは爆矢とよばれる矢である。

通常の矢の先端に矢じりは無く爆薬が仕込まれており、着火剤を注いだ状態で大きな衝撃を与えると爆破する。非常に扱いの難しく、彼も興味本位で買ったはいいものの結局使うことのなかった代物であった。


 しかし元より頑強な体を持つカリブライムを仕留めるために仕入れたものだ。

 相棒がここまでボロボロになってまで探し回った宝の山をみすみす逃してなるものか。


 オルトは最後の希望をその弓に番え対象に向ける。


 額から汗を垂らしつつ矢の先にその目を真っ直ぐに定める。



「(コイツを仕留めて、俺等はもう一度やり直すんだ!)」



 弦のテンションが限界まで張り詰めた時、彼はその手を離す。



 ——————ッ



 荒野には軌道を荒らすような風や塵はない。


 彼の手元を離れた爆矢は弦の弾ける音と矢の風を切る音と共に吸い込まれるようにソレへと向かった。


 そうして、




 ——————ッッ!!




 静かな荒野に相応しくない空気を震わすような爆音が鳴り響く。


 目の前にいたはずのカリブライムはまるで風船が割れたかのように粉々になり、キラキラと輝く破片をその場に散らす。


 恐らくはそれが彼らが求めていたものなのだろう。

 テレンスは感極まったように振り向き相棒へと呼びかけた。



「おいオルト!やったぜ俺が…いや俺等がやったんだ!」



 そう投げかけられたオルトは仰向けに倒れたまま疲れたような声で応える。



「マジかよ…やったな…コレで、もう一度…」


「…おいオルト…どうしたんだよ、おい!あとは帰るだけだろ!」


「ハハッ…あー疲れた…」


「おいっ!しっかりしろよ!」



 全てが終わったと言うのに飽きられたかのように目を瞑るオルト。



「くそっ、やっと見つけたってのに…!」


「ここで…終わりだってのか…!」



 彼は嘆く。

 自分たちの冒険が幕を閉じてしまうことを悟った——————
















「こちら捜索部隊…対象と思われる二名を発見。直ちに救助し帰還いたします。」













 『遣兵は夢とロマンの溢れた職業である』


 よくそんなことが囁かれる。


 これは遣兵というものが元は冒険者と呼ばれていたこととその冒険者というものの起源にある。


 遣兵の前身であった冒険者は文字通り冒険し何かを成すことを目的とした者達の総称であった。

 彼らは特定の職に就くことも無くひたすらに夢を追い続け、その果てで得たものを己の糧としていた。

 この頃は今のように一つの職業として確立されてはおらず、どちらかというと不成者ならずものの集まりという認識が一般的で総じて野蛮な奴等と思われることも少なくはなかった。


 しかし現実を知った大人達とまだ見ぬ世界に目を輝かせる少年少女達とでは見える世界が違ったらしい。


 ある少年は朝から晩まで木製の棒を振り回し、ある少女は図書館に篭って魔術本を読み漁ったりと冒険者を目指す子供達が後を絶たなかったのだ。


 彼等になぜそんなものを目指すのか、と問えば答えは決まって、


『絵本に出てくる英雄様のようになりたい』


 というものばかりであった。


 どうやら彼等には御伽の英雄と冒険者が重なって見えたらしい。

 そうしてそんな彼等が冒険者になり己の夢を成し遂げることでまた新たな世代が憧れを抱く。


 それが遣兵という法的に保護された存在へと変わっても彼等の求めるものの本質は変わらなかった。


『英雄になりたい』

『財宝を手に入れたい』

『世界の果てに行ってみたい』


 彼らはそんな夢とロマンを胸にギルドへと足を運ぶのだ。













「「すみませんでした…。」」



 俺は現在、正座をし縮こまった背中を丸くした2人の若い遣兵の前で腕を組んで仁王立ちを決め込んでいた。


 数時間ほど前、ヴィキタス荒野へと向かう二人組を見たという門番から、


『あそこに行くにはえらく荷物が少なかったから注意したんだがそのまま行っちまってなぁ。ああいうやつが死んじまうのかね。若いってのは怖いな。』


 彼らの知り合いを名乗る遣兵から、軽装備に見合わず半日も戻ってきていないと要請を受けたために仕方なく捜索部隊を出動。


 結果、荒原にて戦闘中の彼らを発見し、その状態から保護することとなった。


 当然だが正式に受注したなら兎も角、受付を通すことも無く勝手にどこかへ行った彼等を救助するのは本来我々の仕事ではない。

 しかしそれが報酬のある依頼として要請されてしまえば出動せざるを得ない。


 結果的には2人とも無事であったとはいえあのままのたれ死んでしてもおかしくはなかった。

 さらにはそれがギルドの管理不足のせいだなんて言われてしまうのだから世知辛い。



「…二度目はありません。救助要請そのものには応じますが、その際には遣兵証の剥奪は確実だと心に留めておいてください。」


「「はい…。」」



 説教を終えた俺は一つため息を吐くと彼等に「もう良いですよ」と許しを出し踵を返す。


『遣兵は夢とロマンの溢れた職業である』


 誰が言ったかその噂は今や世界中で囁かれている。


 曰く、英雄になりたい

 曰く、世界中を旅したい

 曰く、宝を手に入れたい


 そんな夢を口々にする若者は増えるばかりである。


 きっと彼らもその一部だったのだろう。

 彼等が今回狙っていたカリブライムは運が良ければ一攫千金のチャンスともなり得る存在である。


 実際富豪が更なる資金目当てに乱獲していたという記録もあり、金のなる木などと呼ばれるのもわからないでもない。


 しかしその実それだけの価値がある個体は過去にも数えるほどしか存在しておらず、乱獲された影響で母数自体もここ最近で大きく減少している。


 彼等のようなろくに装備も整えることのできなかったルーキーではあまりにもリスクが大きいだろう。

 どうやら今回は偶々当たり・・・を引き当てることに成功したようだが、誰も彼もがそんな結果を得るなど不可能だ。



 ——————夢は所詮夢。



 あまりに非情ではあるが、そう考えるのが賢明であると思う。


 英雄になりたいという夢もまた同じだ。


 英雄と呼ばれるほどの存在であろうクラス9やクラス10の遣兵になるというのは、それこそ魔法をその身に宿していたり天賦の才が無ければ現実的ではない。


 散々上位遣兵が欲しいなどと言ってはいるものの、正直その辺りの諦めはついているのだ。


 だから俺ができるのは、その夢を応援しつつできるだけ現実的で堅実で安全な冒険を提供すること———




「———遣兵ギルドというのはここで合っていますの!?」




 ———なんだけどなぁ…。


 

 

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