仕事仲間その2

 昼下がり。

 ブツブツと誰に聞かせるつもりでもない独り言を漏らしつつ俺は書類達と向き合っていた。


 危険性の皆無のものから死傷の免れないようなものまで様々である。

 しかし依頼書はどれもこれもが既存のものであり、どこにも新しいものは存在しない。



「これは…一つ下げた方がいいな…」



 手に取っていた依頼書のクラスを一つ下げるよう書き換える。


 今行っているのは今までの各依頼書に設定していたクラスの見直しである。


 依頼内容に対するクラスというのは一度設定したものが永続して使われるわけでは無い。


 いつまでも解決されない依頼なんかは向こうから催促だってくることがあるし、その為に報酬を増やしたりなんかもする。

 何なら依頼者の意思とは関係なく状況が大きく変化することもあれば、勝手に解決してしまうこともある。


 魔物の討伐なんかは自体が動きやすい依頼の代表だ。

 魔物が凶暴化することがあれば依頼者は催促をしたり報酬を跳ね上げたりする。


 報酬の正当性にもよるが、そうなるとこちらとしては依頼書を変更せざるを得ない。

 当然要請書の真偽は不明だが、万が一緊急であった場合取り返しがつかないため請求に執り行う必要があるのだ。ただの嘘なら相応のペナルティを求めるだけである。


 ただ、中には要請書の提出等間に合わず襲われてしまうこともある。

 そのため一定期間が過ぎれば調査・訂正を行うのだ。

 

 また時折通りすがりの人間が勝手に解決することもある。

 その場合には向こうからの取消要請が義務付けられている。

 すでに解決しているのに遣兵が向かっては報酬等で要らぬトラブルを招く。


 まあそんな事態に陥らないようにするためにもギルドは逐一こうしてクラスや内容を変更することで遣兵・依頼者の安全等を確保するのだ。



「…報酬は…うわぁ、上がってる…そこまで危険なエリアじゃないんだから自分で採集すればいいだろうに…」



 しかし今回の依頼書改訂はそうした理由によるものではない。



「———フェルスくん〜?」



 俺が依頼書に目を通しているとポンッ、と背後から両肩に手が置かれる。


 一瞬肩を震わせるも、男性にしては華奢で柔らかな手の感触と間延びした声を聞きすぐに誰かを察する。


 ペンをその手に持ったまま肩越しにその人物を見遣る。



「何か用でしょうか、リリアさん?」



 リリア・バーラル。

 ヴィキタス支部人事担当の職員であり、彼女はそこのまとめ役を担っている。


 桃色の瞳、ふんわりとしたウェーブのかかる同じく桃色の髪をポニーテールに結い、おっとりとした雰囲気を醸し出すギルドの中でも数少ない女性職員である。


 クレール曰く、「癒し枠」であるらしい。


 俺もあまりに仕事が多すぎて間に合わないと確信した時には彼女に頼ることも間々ある。

 頼りすぎると角が生えるが、本当に困っていれば何も言わずに手伝ってくれるのだ。



「何〜?用が無くちゃ話しかけちゃダメなの〜?」


「いや、見ての通り今仕事中なので…」


「…今お昼休みだよね〜?」


「…そうですね。でも早めに済ませておかないと万が一が起きたとき面倒なので…特にコレは。」



 適切なクラス配分をしなくてはいずれ事故が起きる。そうなれば本人にとってはもちろん、こちらとしても良いことなど何もないのだ。


 だから仕事は早めに終わらせるに限る。



「も〜、そんなことしてると体壊しちゃうよ〜?」



 彼女は肩に置いた手を離し横から俺の顔を覗き込むようにしてそんな苦言を溢す。



「こんな程度で壊れる程やわな体はしていないつもりです。いつものことですよ。」



 何なら処理するのは書類だけじゃないんだぞ。直接外に出向いて人やら何やら相手にしないといけないこともあるんだ。

 最近はその場から動かずに処理できる分書類共コイツらはまだマシなのかもしれないと感じ始めたくらいだ。

 錯覚である。


 俺がそう言うと彼女はあからさまに不満そうな顔をし、部屋の扉の方へと向かう。


 そうしてそのまま帰るのかと思いきや椅子を持ってきて隣に座った。



「……あの、何です?」


「これ、昇級試験のやつでしょ〜?」


「ええ、そうですが…」



 今回の依頼書改訂は昇級試験によるクラス変動の処理が終わったために行われているものだ。


 新人が増えたり上位層が増えると依頼の消化率にも大きな変化が起こる。

 特に変動したばかりの時期だと昇級したことで気分が高揚しモチベーションに繋がる。


 結果、消化率が結構上がる。


 依頼を消化してくれることはこちらとしては大変ありがたいことなのだが、問題はそうした人間が少なくはないということと、同時に死傷率もまた非常に高いということだ。


 クラス昇級は試験があるというだけあり受注可能な依頼の難易度もかなり高まる。


 だから気分に任せて初依頼に行くと失敗したり怪我をしたりといったことが後を絶たないのである。


 こちも注意喚起はするし人によってはやめておいたほうが良いと言うが、あちらはあくまで規則に則ったことを果たしているまてであって、こちらには最終的に止める権利はない。


 故に、こうして無理のない範囲でクラス変動を行いより確実性の高い依頼をこちらの口添えと共に彼らに提供するのだ。


 当然これは一時的なものであって、時期を見てまた修正を行わなければならないのだが…



「だったら私も手伝うよ〜。」


「いや良いですよ…」


「昇級者だって把握してるし〜フェルス君一人より効率良いと思うなぁ〜?」



 確かにそもそもこの昇級した者達のデータを纏めたのは他でもない彼女である。


 彼等についての詳細も俺以上に把握しているだろうし仕事が早いのは言うまでもない。


 俺は彼女のお言葉に甘えることにした。



「…ありがとうございます。」


「いいえ〜♪って言っても私も仕事があるからお昼休みの間だけだけどね〜?」


「十分ですよ。」



 正直、助かる。


 昼休憩も始まったばかりなので終わる頃にはかなり片付いていることだろう。











「そういえば、今回はクラス5だけじゃ無くてクラス8の昇級者も居たんですね。」


「そうだよ〜。私もなるとは思ってたけどビックリして〜。」


「一人、でしたっけ?」


「うん、確か桜花の方から来た子〜。」



 へー桜花之国オウカノクニからねぇ。


 あそこは確かえらく和のテイストの強い国だったはずだ。行ったことないけど。


 だからかわからんが刀もあるし言葉も独特で、魔物の名前もあそこだけ特有なものが多かった筈だ。


 ちなみにあっちではギルドが遣兵所けんへいところと呼ばれている。



「…相変わらず第一試験の方は合格者が多いですね。」


「第二試験に比べたらね〜。」


「最近では特異個体も僅かながら増えていますし、これからは出来るだけエリアも絞っていかなければならないかもしれません。」


「…遣兵のみんなには悪いね〜…。」


「オレクシアの森にも砂漠にも未だ奴等は居ますし、近づかなければ問題ないと言うわけでもありません。」



 ここ王国、リディア王国北東部にあるオレクシア針葉樹林帯、そして東部に存在するブレーネン砂漠。ここには既に強力かつ凶暴な特異個体が縄張りを持っており、主として君臨している。


 双方共にクラス7の中でも上位の怪物であり、高クラスの遣兵でもその付近への依頼は危険が伴う。


 そうしてそうした個体は近年徐々に増えてきている。今はいづれもそこまで強力ではないとはいえ、いつ何処で奴等のような存在が生まれるかはわからない。


 それこそ『不可侵存在』のような手に負えないものだって生まれるかもしれない。


 だからこそギルドとしてはそうした時に備えて戦力は確保しなければならない。


 今は高ランクで無くとも可能性を秘めていると言うだけでこちらにとっては貴重な人材達と言えるのだ。


 死なないこと、それが一番である。



「…そろそろ、昼も割りでしょうか。かなり消化できました。」


「そうそんな時間か〜…あっ、お昼食べるの忘れてた〜!」


「…俺もです…」



 仕事に集中し過ぎて昼食を取るのを忘れていた。


 そう意識した途端、身体も今し方思い出したと言うように腹が鳴りだす。


 彼女も同じだったのか、少し恥ずかしそうに頬を赤く染めて困った顔をしている。



「…すみません。」


「ううん、私も忘れちゃってたぢけだから〜…」


「終わったら何か奢らせてください…」


「えぇ〜…うーん、じゃあお願いしようかな〜?」


「えぇ、今日はありがとうございました。」


「いいよ〜、じゃあ午後も頑張ろうね〜。」


「はい。」



 彼女そう言って部屋を出て行った。


 我ながら彼女には申し訳ないことをしてしまった。



「…また、手伝って貰おうかな…」



 程々にね、程々に…。


 そんなことを考えつつ彼女を見届けた俺は空っぽの腹を摩りながら再度席に着き背伸びをする。

 憂鬱になるくらい分厚かった紙の束も今はもう数えられる程度にまで減っていた。



「…さてと…終わらせるか。」



 そうしてペンを取り書類と向かい合うのだった。

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