時空超常奇譚5其ノ弐. 起結空話/未来メッセージ

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚5其ノ弐. 起結空話/未来メッセージ

起結空話/未来メッセージ

 西暦2024年のある日。男の前に神が降臨して言った。

『一度しか言わぬから良く聞くのじゃ。西暦2024年中に地球は巨大隕石の衝突によって破壊され、人類は滅亡する』

 男は、いきなりの神の降臨という世界が平伏すとんでもないイベントに驚く事もなく、自身に降ってくるだろう悲劇に息を呑み腰を抜かしそうになった。

「おいおい、2024年と言ったら今年じゃないか。地球人類滅亡までに1年もないって言うのかよ、オレはどうすりゃいいんだ?」

『どうするかはお前の自由じゃ。それから、お前は携帯電話を買い換える。その携帯電話に過去への連絡機能を付けておくから、過去の人間にも人類滅亡を知らせてやるが良いぞ』

 そう言うと神は男の前から消えた。それは一般的には所謂いわゆる神の啓示なのだが、心の準備もなくいきなりそんな事をされた男は、何をどうしたら良いのか途方に暮れた。


 男は考えた。これは昔話題になった1999年のノストラダムスの大予言とは違う。男はその当時小学生だったから良く覚えてはいないが、曖昧で結局何も起こらなかったそんな予言とは顕かに違い、神が姿を現して明言したのだ。だから、人類滅亡は確実に起こるに違いない。そうでなければ神の啓示の意味がないし、神はそんなに暇ではないだろう。


 では、啓示を受けた男は一体何をどうすれば良いのだろうか?

 どんなに考えても、何も思いつかない。警察に、日本政府に、自衛隊に、マスコミに、どこでもいいから連絡しようかと思って……やめた。どこに何をしたところで、変質者か精神障害者と思われるだけだろう。

 いや、何をどうすれば良いのかなんて、冷静になって考えれば簡単にわかる事だ。男が今直ぐやるべき事、それは悔いを残さない前向きな行動なのだ。


 では、悔いを残さない前向きな行動とは何だろうか?

 それは、1年以内に地球が破壊され人類が滅亡するのだから、意味なく騒ぎ立てるのではなく、やるべき事・前向きにやりたいと思う事を確りと確実にやる事なのだ。男は、やるべき事・やりたい事をやり尽くすぞと固く決意した。

 そうなのだ、それこそが神の信託、それこそが神が態々わざわざ降臨してまで男に伝えたかった事に違いないのだ。


 では、やるべき事・やりたい事とは何だろうか?

 それは……豪遊だ。悔いなく豪遊し尽くす事こそが神の崇高なる御意思に他ならない。豪遊、酒池肉林という言葉が男の脳内を元気に駆け巡り、思わず口端が上がっていく。カーニバルだ。

 

 だが、カーニバルに浮かれる男は、あっという間に現実という名の悪魔に追い付かれる。そして、追い付いた悪魔は男に根本的な大問題を突きつける。それは金欠、即ち金が無い、まるっきり無いのだ。

 人類滅亡までに→やるべき事・やりたい事をやる→カーニバルで豪遊する→悔いを残さない→神の信託を実現する。

 この神の信託が込められた文字シーケンスを達成しようと走り出した途端、背後から打ちのめされる。何をどう表現しても同じだ、金が無い。たった今、退職した後の残りの貯金の殆どが、愚かにもパチンコに消えてしまったばかりのスッテンテン。ポケットには数千円があるだけ、豪遊には遥かに程遠い。

 だからと言って、就活に精を出す根性はないし、競馬、競輪、ボート、TOTOに宝くじなんてどれもこれも当てる博才はなく、株投資が出来る程の知識もない。銀行強盗など考えるのも面倒臭いし出来るとも思えない。そもそも1年内には地球も人類も消えてなくなるのだから、そんな事をしても意味はない。


 さて、神の信託である豪遊の為の資金問題を解決するにはどうすれば良いのか?

 そうだ……その答えは神の啓示の中にある。神は男に1つの重要なポイントを与えてくれている。それは携帯電話だ。

『それから、お前は数日後に携帯電話を買い換える。その携帯電話に過去への連絡機能を付けておくから、過去の人間にも知らせてやるが良いぞ』

 神はそう言った。携帯電話の買い替えをする事で「過去の自分と繋がる」のならば、答えは簡単だ。自分が知っている確定した事実を過去の自分が使えば、結果がわかっている八百長のように何をしても思い通りになる筈。具体的に何をするか、考えられる事は『結果の見えたギャンブル』一択だ。

 早速、と思って携帯電話を探すと見当たらない。今し方まで目の前にあったのだがどこにもない。GPSで探しても反応がない。

 男は必然的にガラ携を新しいスマホに買い替えた。最新のiPhoneになり、電話番号が変わった。


 では、「過去の自分と繋がる」にはどうしたら良いのか?

 最新式のスマホにそんな機能が付いている訳もなく、そんなアプリなど聞いた事もない。いや簡単だ、過去に繋がるには旧番号に掛ければいい。男は、新しいスマホから自分の旧携帯電話の番号に掛けた。解約したばかりの番号に掛けたところで「この電話は現在使われておりません」と音声が流れるのが関の山である筈なのだが、受話器の向こうで呼び出し音がする。そして、当然のように応えが返って来た。


 西暦2023年のある日、男のガラ携が鳴った。見知らぬ番号からの電話を不審に思ったが、取りあえず出てみる事にした。

 電話の向こうから、馴れ馴れしい物言いの男の声がした。

「オレは1年後の2024年のお前だ」

「勝手に電話を掛けて来て「一年後のお前だ」はないだろ。お前は誰だ?」

「神の啓示があって、買い替えたばかりの携帯で元のオレの携帯番号に掛けたんだ。オレはお前らしいんだよ」

「ふざけた事を言うな」

 男は携帯画面に表示された相手の番号を確認した。見知らぬ番号であるのは間違いない。相手は元の自分の番号に発信した未来の男自身だと言っているが、おそらくは悪戯なのだろう。


「俺はお前みたいな奴の相手をする程暇じゃないんだよ。じぁな」

「待て、取りあえずオレの話を聞けよ。オレの名前は『烏丸からすまタケル』だ」

 電話を切り掛けた男は、相手の言葉に軽い驚きを覚えた。男の名前は、電話の相手が言った名前と同姓同名の『烏丸タケル』。どうやら相手は男の個人情報を知っているようだ。

「お前の名前も同じだろ?」 

「それがどうした?」

 相手はどうやって手に入れたのかは知らないが、個人情報を持っている。相手の稚拙な手口に笑いが込み上げて来る。面白半分で相手に話を合わせてやる事にした。

「じゃぁ、親父の名前は何だよ?」

「烏丸茂樹。おフクロは旧姓北田真紀だ」

「小学校の時に好きだった娘の名前を言ってみろ、知らないだろ?」

「何て名前だったかな。古い話で忘れてるが、確か中田真由だったかな」

 個人情報どころかブライバシー情報まで全て正解だが、自分の過去を暴かれるのはちょっと恥ずかしい。プライバシー暴露で一つだけわかったのは、相手が男についてかなりの情報を持っている事だ。そしてその個人情報を使って何かをしようとしている。それが何かは謎だ。


 いきなり、未来の男自身だと言う電話の相手が言った。

「あっ?」

「何だよ?」

「……今、オレの頭の中に、こうやってお前と話した記憶が入って来た」

「何を言ってるんだ?」

 男には相手が何を言っているのか理解出来ない。未来の男は続けた。

「実は、オレもお前が過去のオレだって事に半信半疑だったんだけど、今オレとお前が繋がっているのがわかった。お前はオレだ。だから、過去のオレであるお前に頼みたい事があるんだよ」

 これは新たなフィシング詐欺の手口なのか。それにしても何を目的にしているのか不明だ。

「頼む、何とかして金を稼いでくれ。過去のお前がサボっていたから、未来のオレが貧乏で困ってるんだ。尤もサボっていたのもオレ自身なんだけどな」

 相変わらず、何を言っているのか理解に苦しむ。この話の流れの中で巧妙に信じ込ませ「コンビニでアマゾンギフトカードを買って送れ」とでも言うのだろうか。

 電話の相手である未来の男は言った。

「今、そっちは2023年だろ?」

「そうだ」

「何月何日?」

「4月14日だ」

「2023年の4月なら会社を辞めたばかりで毎日パチンコ三昧なんだろう。どうせ今もパチ屋にいるんだろうけど、無駄だから直ぐにやめてその金を他のギャンブルにつぎ込め。そうだな、競馬がいい、競馬場で馬券を買え」

「どういう事だ?」

「どういう理屈なのかオレにも詳しくはわからないが、オレとお前は未来と過去の関係で繋がっている。だから、オレの未来の情報で過去のお前がギャンブルすれば百発百中って事なんだよ。信じなくてもいいからさ、オレの言う通りにしろよ。お前にはデメリットなんて何一つないんだから」

 未来の男の話は一応筋が通っているように聞こえる。何故なら、今のところ詐欺的な要素がないからだ。仮にそれが詐欺だとしても馬券を買うのは男自身だ。もしそれで馬券が的中したら儲けものだし、その後で「オレは予言者だぞ」と言い出したらそれは詐欺師だ。「だからオレに投資しろ」と言ったら無視すればいい。

 尤も、男にはそもそも金が無いから、投資であろうと詐欺であろうと損害の受けようがない。

「調べてからまた電話する」と言い残して2024年の未来の男と名乗る輩の電話が切れた。試しに折返しでその番号に掛けてみたが、電話は使われていなかった。

 狐に抓まれたような不思議な気分だ。1年先の未来の自分からの電話なんてものが、本当にあり得るのだろうか。


 翌日、再び24年の未来の男から電話があった。

「いいか、く聞け。明日、2023年4月16日の日曜日13時25分の出走時間に余裕を持って中山競馬場へ行け。場所は船橋法典駅だから、お前のいる新小岩からならJR総武線で230円で行ける」

 男は言われるままにメモした。

「余計な事はするなよ。まず手持ち金の3,000円で買うのは7レース馬単10-1だ。払戻金は12,110円だから、手持ちが363,300円になる」

「パチンコで消える予定の3,000円が36万円になるのか?」

「そんなんで喜んでる場合じゃない。その後12レースのサンシャインステークスに賭けるのがきもだ」

「12レースが胆なのか?」

「そうだ。11レースが皐月賞だから周りが相当騒いているだろうけど、無視しろ。12レースで3連単13-9-10を363,300円分買う」

「全部?ちょっとくらい残して・」

「煩い。払戻金は65,060円になるから、手持ちは236,362,980円だ」

「えっ、2億3600万円?」

 いきなりのとんでもない絵に描いた餅の金額に、唯笑うしかない。男は決してその話を信じている訳ではない。どちらかと言えば信じてはいないのだが、相手の目的がわからず詐欺としても手口がわからない。その目的が知りたいのだ。最も確率が高いのは、愉快犯の類だろう。


 未来の自分と名乗る男からの電話を信じてはいないながらも、男は取りあえず話の流れに乗って中山競馬場へ向かった。競馬場に行くのは初めてだ。正面入り口には溢れんばかりの人がいる。建物の中は別世界だ。

 レースが始まり、何もわからず言われた通りに馬券を買った。すると、7レースは1着に10番マイアミュレット、2着に1番ムーヴが入り、払戻金は12,110円で手持ち資金は363,300円になった。その後、胆と言われた12レースで3連単13-9-10を363,300円分買った。すると、1着に13番ビジン、2着に9番ホウオウエクレール、3着に10番ヒシゲッコウが入った。払戻金は65,060円となり、手持資金は236,362,980円になった。

 一瞬にして2億を超える資産家となって狂喜乱舞しそうになる男には、実感がまるでない。その上、払戻金の受け取りは銀行振込みではなく、散々待たされた挙句に何と信じ難い事に236,362,980円を現金で手渡しされた。仕方なく、競馬場からタクシーで帰宅する事になった。

 夢か幻のような話に徐々に底知れぬ嬉しさが湧き上がって来た。と同時に、電話の主は本当に未来の男自身に違いないという確信も生まれた。尤も、2億を超える札束の前ではそんな事などどうでもいい事だ。


 帰宅した男に、未来の男から連絡があった。

「今オレの手元には、ほぼそのままの236,000,000円がある。お前に二つ言っておく事がある。一つは、競馬の配当金には税金が掛かる。最も高い税率の場合には55%になるから、払うかどうかは別として、兎に角その金を見境なく使うな」

「半分も税金って事なのか?」

「世の中はそういうものだ」

「納得いかねぇな」と話を合わせつつ、男は殆ど聞いていない。

「二つ目は、余計なものを買うな。お前が今後妙なものや余計なものを買ったりしなければこの金は減らない。絶対に車やブランド品なんか買ったりするなよ。オレの指示なしでギャンブルも駄目だ。パチ屋にも行くなよ。他人からの儲け話には乗るな。レバレッジなんかで投資するのは以ての外だからな」

「わかった。余計な事はしない」

 そう言って早々に電話を切った男は、山と積まれた2億円の現金の束を見ながら呟いた。既に自分を見失っている。

「1万円を2億円にしたのは俺だ、俺は天才なんだ。更に10倍にしてやる」

 有頂天の男は、今度は浅い知識でFXをレバレッジで投資した。FXレバレッジは、自己資金の数十倍をドル/円に投資出来る事で極端に大きな利益を得られるが、その反面自己資金以上に大きな損失を被るリスクがある。


 携帯電話が鳴った。24年の未来の男からの連絡なのだが、電話の向こう側で狂ったように叫ぶ声がする。

「馬鹿野郎、お前買うなって言ったのにFX買いやがったな。しかもレバレッジで?」

「何故知ってるんだ?」

「いい加減に理解しろ。オレは1年先の未来なんだから、お前がレバレッジでFXを買った事も、その結果自己資金が溶けて消える事も知っているんだよ」

「そうなのか?」

「この先、ドル/円が円安にはならない。だから、せめて早く売れ。俺は今、借金地獄で明日にも首を括らなけりゃならないんだよ。だから、直ぐに売ってくれ」

「えっ、そうなのか?」

「お前が競馬で勝ったのは、オレの未来の情報があったからだって事を忘れないでくれ。それと、FXを売ったその金で○○重工業の株を買え」

「○○重工業の株?」

「2023年の暮れに核融合実用化の目途がついて、核融合関連の株が爆上が・」

 電話は話の途中で突然切れた。


 男は言われた通りに○○重工業の株を買った。何とかそれを未来の男自身に伝えたいのだが、電話は未来から過去への一方通行だから方法はない。意識は繋がっている筈だから事実は伝わっているだろう。それでも未来の男自身から連絡が来る事はなかった。

 未来の男自身からの電話がないと言うのはどういう事なのだろうか。その手段がなくなったのか、考えたくはないが、未来の男の存在自体が消えてしまったと考えるしかない。

 だとすると、今いる時点から1年先の未来までに男が存在しなくなる何かが起こる可能性があるという事になる。それは何だろう。事故か病気か……それ以外浮かばない。


 年が明けても特に何かが起こる事はなかったが、4月になって男は携帯電話を失くした。GPSで探したが見つからず、仕方なく新しいスマホに買い替える事にした。最新式のiPhoneで、電話番号も変わった。

 暫くして、ある事に気づいた。新しいスマホの電話番号があの番号なのだ。なる程そういう事なのかと一連の流れを理解した男は、当然の如く以前の携帯番号に掛けてみた。

 解約したばかりの番号に掛けると、きっと過去の自身が「誰だお前は?」と言う筈だ。そして男は「中山競馬場へ行け」と指示をする事になるのだ。

電話の向こうで呼び出し音がした……ような気がしたが、応えが返って来る事はなかった。「この電話は現在使われておりません」と渇いた音声が流れた。


 天界から地球を見つめる中神に、見習いの下神が報告した。

「中神様、α宇宙の人類進級試験が終了しました」

「うむ。ご苦労だったな」

 下神が呆れ顔で言った。

「地球の人間は人類進級試験落第ですかね?」

「そうだな。余りにも点が低くて話にならぬ、予定通り消滅じゃ」

「未来から過去へメッセージを送れるチャンス問題を与えてやったのに、まさか地球滅亡を阻止しようとする未来志向の人間が100人の内1人もいなかったなんて……」

「うむ。前代未聞の低レベル人類だな」

「そうですよね。1人でもいれば合格出来たかも知れないのに、チャンスを金儲けに使う輩しかいなかったなんて、信じられませんよね……」

 中神が吐き捨てるように言った。

「人間など、このα宇宙の中に幾らでもいる。地球という星が消えたところで、宇宙にとっては何の意味もない」


 西暦2024年、天の川銀河にある太陽系を回る小さな惑星が消滅した。

『宇宙に唯一存在する奇跡の人類』と驕る愚かな生命体とともに。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

時空超常奇譚5其ノ弐. 起結空話/未来メッセージ 銀河自衛隊《ヒロカワマモル》 @m195603100

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ