断片/月 3

 海が猛くなり、また鎮まるのが、月の満ち欠けによるものだと知った時,ぼくは衝撃を受けた。あんなに遠いところにある月が、ここまで力を及ぼして、海洋の水という水をすべて持ち上げるのだから。

 おおよそすべてのものは、月の輝きに従うようだ。ぼくらのからだのはたらきや心の持ち様などはまさしくそうであり、海と同じように,月が満ちるにつれて伸びていく.ぐんぐん伸びて、満月の日の朝,一斉に花を咲かすのだ.実際、畑を眺めていると,どうもそういうことらしい。

 それに、むかし、老夫婦のもとで育てられた娘が,実は月の国の姫で,ある晩、月あかりに連れられて、はるかかなたへ帰っていってしまうという物語があったそうだが、これも月をよく見て生活されていたあかしだろう。月につきづきし、とでも言うべきか.思えば,大むかしのひとびとは、いかにして、月にも大地があり、ひとが住みうることを知ったのだろうか。大抵の事柄において、むかしの知見は不思議であり、そしてすぐれているものだ。

 そういうわけで、厤月つくよみが月の満ち欠けに従うのも当然だ。あの、果てしなく遠い月と,このからだがつながっている。このことほど、ぼくたちにとって心強いことはなかろう。かつては太陽の出入りにもとづいた厤日こよみのほうが用いられていたらしいが,だんだんと、より自然に合致した厤月が使われるようになったのだとか。

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微糖 黒田那道 @nadot

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