クラウデイ・ピンク

西しまこ

第1話

 わたしは今日、彼氏と別れた。

 年下の、すごくかわいい男の子。


 嫉妬するさまもかわいくて、ただただ愛しかった。なんでも赦してしまいそうだった。いや、なんでも赦してしまった。何もかもすべて。

 我が儘も愛しい。独占欲も愛しい。

 わたしの何もかもを知りたがり、わたしの何もかもを欲しがった。どうしたらいいの。


 すみれ。

 わたしの名を呼ぶ声が聞こえる。声がとても好きだった。少し低い、落ち着いた声。

 すみれ、ごめん。

 謝らなくていい。不安な気持ちにさせたのはわたしなんだから。

 すみれ、僕。

 泣かないで。もう泣かなくていいから。


 違う。

 泣いているのはわたし。

 涙が、あとからあとから溢れてきて、止まらなかった。

 涙で風景が滲む。

 事故を起こさないために、右手はハンドルを握ったまま、左手で涙を拭った。

 別れたくないよ。ごめん、赦して。

 わたしも別れたくないよ。……赦しているよ、初めから。怒っていないんだよ。さとしくんは知らないと思うけれど。

 でも。

 風景が滲んで見えたのは、涙のせいだけじゃなかった。


 クラウデイ・ピンク。


 曇っていてそれでいて一面ピンク色のそらだった。そのピンク色に景色が溶けているような。まるでわたしのこころをあらわすように、滲んで溶けているようなピンクのそら。


 さよなら。

 さよならさよなら。

 もう、二度と会わない。


 わたしは車をコンビニに停めて、決心が鈍らないうちにスマホから連絡先を消した。これまでのやりとりも全部消した。写真も。


 写真。

 なるべく撮らないようにしていた。ばれると困るから。

 聡くんはわたしの生徒で、わたしは聡くんのセンセイだった。


 いっしょに映った写真を見ていたら、手が震えた。

 わたしは白いワンピースを着ていて、聡くんは私服で、わたしたちは少し恥ずかしそうに、でもとても幸せそうに笑っていた。……まだ、つきあいはじめのころだった。

 未来に起こる哀しみも苦しみも何一つ知らない、二人の笑顔を、どうしても消すことが出来なかった。


 ピンク色のそらに何もかも溶けていくといい。聡くんの哀しみも。

 ――ごめんね。




   了



一話完結です。

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☆これまでのショートショート☆

◎ショートショート(1)

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000

◎ショートショート(2)

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330655210643549


☆関連したお話☆

◎金の鳩シリーズ

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330656718381893

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クラウデイ・ピンク 西しまこ @nishi-shima

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