第三章『ライブツアーと言う名の巡礼』

第21話「ついに発見?」


 勇者はむせび泣いていた。酒が入っていたのも有るが一番の原因は目の前の元推しだったアイドルのクルミに許してもらい推しに戻れた事だ。


「まさか、まさか迷惑もかけ疑ってファンとして最低な俺が……クルミンのファンに戻れるなんてぇ……」


「はいはい、良かったわね~」


 二人は今、イツカズの部屋で初仕事の打ち上げ中だった。二人の仕事の成果は既に新聞に載り『勇者の意外な一面』とオマケのツッコミの聖女は意外と好評で新たに仕事が三件も舞い込んで来たのだ。


「そのためのお祝いとはいえ……クルミンとお酒が飲める日が来るなんて……俺は、俺はぁ~!!」


「あんた泣き上戸だったのね……こりゃ下手に外に飲みには連れて行けないわね」


 ちなみにアイドルでは有るが彼女は堂々と飲酒していた。そもそも異世界だし、このエイフィアルド王国は13歳が成人だから問題は無い。実は飲酒は初体験で本人は少しドキドキしていたりする。


「こんなにハメ外すの初めてですしぃ~、てか転生前はボッチだったから飲み会なんて……誰にも……友達だっていなかったし……勇者になってからもぉ~」


「あ~、はいはい今日は付き合ってあげるから飲みなさい」


 推しにお酌までしてもらってイツカズは正にこの世の春を謳歌していた。勇者をやってた時の何倍も充実して今が全盛期と勘違いするレベルで盛り上がっていた。


「もう、このまま~、じゅ~っと、クルミンのぉ、付き人ぉ……しゅるぅ……」


 そして眠ってしまった。襲撃すれば今なら完全に倒せるレベルで勇者は油断していた。この世界に生を受けて二十年、ここまで無防備なイツカズは史上初だろう。


「ふぅ、そうね少なくとも、こっちいる間はあんただけが頼りよマネージャー?」


「クルミンのためにぃ~」


「ほんと、根が良い人……こういう人を利用するの気が引けるわ」


 そう言ってワインを一気に飲むとふぅと溜息を吐く。初めて飲んだワインは少し生臭く苦いと思ったクルミだった。




「うぅ~ん、頭が痛い……」


「あっ、起きたわねイツカズ」


「うん、おはよ、ってクルミィィィィン!?」


 少し二日酔い気味な頭を動かし部屋で目覚めると頭上から声が聞こえたが、そこに居たのは着崩した寝間着姿のクルミだった。


「そのリアクション、今はやめて、頭に響くぅ~」


「ごめん、俺も……二人揃って二日酔いかな?」


「そうみたいね、私も楽しい打ち上げってほんと久しぶりだったから」


 クルミは顔繫ぎのために他のメンバーより多くリーダーとして打ち上げには出たがセクハラプロデューサーや仕事をチラつかせ枕を要求するスポンサー関係者それに、おこぼれに預かろうとするADなどから身を守るため常に気を張っていた。


「た、楽しかったなら良かったよ」


「うん、ほんと……気楽でいいわ、こっちは」


 だから今回の飲みは危機感も無く人生初の飲酒を心置きなく楽しめた。実は意外にもクルミも仕事人間でボッチで孤独だった。


「それなら良かった。じゃあ朝食を頼みに食堂に」


「お願いしたらここに運んでくれるって、でも二日酔いにいい料理って何かしら?」


 そこで二人は衝撃的な出会いを果たす事になった。


「なっ……」


「これは……」


 イツカズそしてクルミも衝撃を受けていた特にイツカズの衝撃は測り知れないレベルで驚愕していた。目の前の料理にだ。


「な、何でこれが、シェフをシェフを呼べ!!」


「イツカズ、そんなの漫画の中でしか言わないセリフを……ま、これは私も気になるけどね、今後の食生活のためにね」


 二人に呼び出された佐藤家の料理長は戦々恐々としていた。二日酔いだと言われた彼は当初は王都で定番のアッサリしたスープを提供しようとした。だが運悪く材料を調達出来ず代わりに彼の故郷の遠く離れた郷土料理を二人に振る舞ったのだ。


「な、なんでしょうか……坊ちゃま、そして聖女クルミ様」


 二人の前に出た料理長は蛇に睨まれた蛙で震えていた。田舎も田舎の山奥から料理の腕前だけで出て来た彼は必死に修行した中で故郷の田舎料理をバカにされてかれ封印し結果的に一流のシェフに成り上がり佐藤家のお抱えになった。


「この料理について聞きたい……」


「ええ、私も、是非聞きたいわ」


 今までイツカズは自分の仕える佐藤子爵夫妻に比べ何でも美味しいと言って食べてくれ失敗も許してくれる人格者だった。そんな彼が自分を睨みつけている。このままでは必死に三十年間も頑張って積み上げたキャリアが台無しだ。やはり田舎料理なんて出すんじゃなかったと心底後悔していた。


「も、申し訳ございません!! こんな田舎料理をお出しして!!」


「おかゆが何で当家で普通に出て来るんだ!! てかお米どこで買ったんだ!?」


「そうよ!! どうして梅干しも有るのよ!! 懐かしくて泣きそうよ!!」


 そう、出て来たのはお粥だった。つまり米が有った。イツカズにとって実に二十年振りでクルミにとっても数ヶ月振りのお粥はとてつもなく甘美だった。


「えっ?」


「何で、お粥が有るの? どうして料理長教えてくれなかったの!? 俺、地味に港町とかで米を探してたんだよ!!」


「あの、お怒りでは?」


 呆然としている料理長にイツカズもクルミも二日酔いなど吹き飛ぶ勢いで掴みかかっていた。日本人は米が切れると禁断症状が出る人間もいるのだ。


「違う意味でお怒りだよ!! お米どこで買ったの!?」


「私も久しぶりにお米が恋しいのよ!! 炭水化物と今だけ和解したい気分よ!!」


 こうして偶然にも食生活が、より改善されてしまった勇者とアイドルだった。

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転生勇者は元推しの下僕にジョブチェンジ ――アイドルからは逃れられない運命だった?―― 他津哉 @aekanarukan

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