第20話「初めての共同作業?いいえ推し活です」


「諸君!! 本日は聖女クルミの大事な舞台である、良いな!!」


「「「はいっ!! 坊ちゃま!!」」」


 今日だけで動員された子爵家の人員は五十名、そしてイツカズが直接指示を出すのは三名で佐藤子爵邸で働いている者達だった。


「坊ちゃまはやめろ!! 勇者と呼んでくれ!!」


「「「かしこまりました!! 勇者様!!」」」


 そこでライブ衣装に着替えたクルミがやって来た。この衣装はイツカズが例の魔物騒動の少し前から極秘発注していた物で細部は違うが彼女が転移前に1stライブで着ていた物と酷似していた。


「皆様、本日はよろしくお願いします……わたくしのデビューいえ、お披露目を」


「皆で聖女クルミを盛り立てようではないか!!」


 そして馬車は二人を乗せ出発した。後ろに続く五台の馬車には機材が満載されていている。それこそがギャル男神から送られて来た機材だ。


「ねえ機材って意外とデリケートだから気をつけてよ?」


「大丈夫です。むしろ向こうの世界より安全です!!」


「いやさ馬車ガタガタ揺れてるんですけど?」


 機材の中には精密機械も多く軽い振動でも故障の原因にもなる。実際クルミも現場での機械トラブルには悩まされた事が一度や二度では無かった。


「だから機材や向こうの馬車には魔法で振動を一切与えないよう調整しました」


 だが、この世界は魔法が発達した世界。そんなもんは魔法で解決できる。むしろ、こういう時のための魔法で科学が無くても進歩してきた理由はここにあった。


「あ、そっか……魔法でなんでも、なるほどね……ん?」


「どうしましたクルミン?」


「ねえ、じゃあ何で私達の馬車は揺れてんのよ?」


 機材の方は揺れをコントロールされているのに自分達の馬車はガタガタ揺れているのだからクルミの疑問は至極当然だった。


「す、すいません、向こうの馬車に使ってる関係で俺の魔力に限界が……」


 嘘である。馬車が揺れる度に軽い吐息を漏らすクルミの唇を見たいだけだった。だから実際の揺れよりは大幅に抑えられ、ほど良い振動になっていたのだ。勇者は自分の欲望のために魔法を使う事を覚えた。


「ふ~ん、そうなんだ……魔法も意外と融通利かないんだ、あっ……」


「向こうの世界と一緒です……、ふぅ、何事も万能じゃないんです……」


 そして元推しの口元をチラチラ見つつ内心で嘘がバレないよう凄い必死なイツカズだった。勇者だって男の子なんです!!




「勇者様!! それに聖女様!! よくぞおいで下さいました!!」


 二人の元に主催者の男が到着と同時にやって来た。緊張した表情の男の頭がキランと光るがイツカズは意に介さず鷹揚に頷き口を開いた。


「ああ、本日はよろしく頼む」


「よろしくお願いしま~す♪」


「は、はい!! よろしくお願い致します……その、実はお二人に折り入ってお話がございまして……はいぃ……」


 その言葉にクルミは不思議そうな顔をしたがイツカズの表情は少し険しくなる。何となく主催者の言いたい事が分かったからだ。


「なんですか~?」


 対して営業スマイル全開のクルミは無邪気な笑みを浮かべ聞き返す。それを見て待ってましたとばかりに主催者が話し出した。


「実は本日の大会の特別審査員を、そのぉ……お二人にお願いできないかと……」


「それは……」


「はい!! 私、がんばりま~す。いいですよね?」


 しかしアイドルであるクルミは脊髄反射で答えていた。彼女は基本どんな仕事でも逃さない。唯一しないのが体を売るような仕事、つまり枕営業で人としての品格を落とす行為だけはするなと祖母からキツく教育を受けていた。


「えっ!? いいの?」


「もちろんですわ、イツカズさま?」

(良いから黙って頷いて)


 その視線から何となく圧を感じたイツカズは頷いておいた。


「おお!! さすが聖女様!! ではお二方とも、よろしくお願いします!!」


 そう言ってニコニコして次の関係者に挨拶回りをしに行ったがイツカズは疑問だった。どうして面倒な仕事を引き受けたか謎だった。


「クルミン、どうして?」


「あのねイツカズ……私は何かしら?」


「元推しでアイドルです!!」


「あっ、それ、まだこだわってるんだ……ま、いっか、それより仕事は何でも笑顔で受けなきゃダメ、後々を考えたら少しでも恩を売っておけば損は無いしね」


 なるほどと頷いてはみたがイツカズには謎だった。先ほどの主催者は貴族ですらないし立場は完全に、こちらが上だとクルミには話していたからだ。


「どういう意味ですか?」


「コネはどこで生まれるか分からない。だから一期一会は大事に!! これ私のモットーだから覚えておいて」


「そんなの初めて聞きましたが?」


「だって今までは業界の人にしか言ってないから……知らないのは当然よ」


 それを聞いたイツカズは歓喜に震えていた。もはや元推しという体面を完全に忘れ大喜びで感情を爆発させていた。


「まさかの初出し情報とか!! そんなの聞いちゃって良かったんですか!?」


「いや、だって今は私のマネみたいなもんでしょ? 知っておいてもらわなきゃ困るから、むしろね?」


「はいっ!!」


 こんな感じでチョロ過ぎる勇者だった。勇者といえどガチ恋相手の推しのアイドルには勝てないし抗えないのだ。


「じゃあイツカズお仕事よ案内して!!」


「はい、こちらです!!」


 そしてクルミの異世界でのデビューステージは始まった。




がんどう感動じたぁ……クルミン輝いてるよぉ~」


 一人ステージの袖で感涙しているイツカズは今すぐにでも騒ぎ出したい所だったが自重した。ここで暴走したらクルミに迷惑だし自分の評判も地に落ちる。


「ふぅ、ありがとうございました~」


「聖女クルミ様による、異世界の歌謡でございました、ありがとうございます。では聖女様には引き続き審査員席から――――」


 司会者の言葉を聞きながらクルミは異世界のアウェーの空気を肌で感じていた。観客は300名弱ながら歌に驚いた人間が7割、嫌悪感を感じている相手が2割そしてイツカズを除いた1割弱が好意的だと確認できた。


「お疲れ様クルミン!!」


「うん、ありがとイツカズ、それと残りも頑張りましょ?」


「そういえば余計な仕事あったんだ」


 うわっ……かったり~と、しっかり顔に出ているイツカズにクルミは溜息を付いた後に言った。


「そういうこと言わないの……お仕事は笑顔で気分良く、よ?」


「はいっ!!」


 全肯定の勇者は全て言う通りに動く。その様子に飽きれながらも今日の課題そして改めて自分の売り込み方を考えるクルミだった。

 なお、その後のパラパラ大会の審査で夫婦漫才のような二人のやり取りの方が新聞で記事になり王都で話題になってしまい頭を抱えるクルミだった。


「またしてもイツカズのお陰でバズったわ!! あ・り・が・と!!」


「怒らないでクルミン!! わざとじゃないんだ!! 元推しと軽快なトークとか俺には無理過ぎたんだ!!」


 イツカズに罪は無い。現世は勇者でも元はコミュ障で陰キャのクソオタクが推しのアイドルの前に出されたら普段通りに喋れるはずもなかった。


「あっそ、あといい加減さ元推しとか言ってないで、さっさと私の最推しのファンに戻りなさい!! めんどくさい!!」


「はい、ごめんなさ~い!!」


 こうして勇者は無事に推しに戻る事が出来た。しかも相手にはガッチリ認知されるという結果的には大成功となった。これもギャル男神の導きか、はたまた二人の運命か……それはまだ分からない。

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