第19話「前座だって立派なお仕事!!」
◆
「そんで一ヶ月よ!!」
「どうしたのクルミン!?」
クルミの言った通り、あれから一ヶ月が経過していた。あのライブから数日後には村から全員が避難し一週間をかけ安全圏まで護衛すると王国軍に村人達の護衛を引き継ぎ二人は王都に帰還した。
「ま、だから正確には王都に戻って二週間ちょっとね」
「だからさっきから誰に?」
誰に言ってるか分からないが言いたくなったから仕方ない謎の衝動に駆られたクルミだった。これもギャル男神の仕業かもと言ってるが当たってそうで恐いと思うイツカズだった。
「自分への確認よ!! 指差し確認みたいなもんだから!!」
「なるほど?」
疑問と違和感が無くならないイツカズも忘れていたが彼女が向こうの世界に戻るのは、いつだろうかと疑問が頭を過った。
「とりあえずイツカズ!! 今日の予定は?」
「本日は、これからジムでトレーニングの後に昼食後は例の仮スタジオ施設で発声練習とライブのリハですね」
手に持ったメモ帳を読み上げるイツカズは今や完全に付き人やマネージャー業務を粛々とこなしていた。そこには勇者としての面影は皆無だった。
「ありがと、じゃあ馬車出して!!」
「分かりました手配します」
他の人間の目が有る時は違うが二人きりになった時は基本このような関係になっていた。もし他人が二人の関係を見たら間違いなく女王と下僕にしか見えないだろう。
「ふぅ、こんなものかしら……イツカズ、柔軟手伝って」
「わ、分かりました……」
軽い運動で汗を流し最後に柔軟運動をしたがイツカズは少し頬を赤らめて不自然にぎこちなくなるイツカズだった。
「別に今さらでしょ、もう何回も触ってるんだし」
「で、ですが……」
さらに専属トレーナー等は間者や暗殺者の危険性を考慮した結果イツカズが付きっ切りとなっていた。だから二人きりの状況が増え今回のような事態も増えた。
「別に背中押してもらうだけだし……それに元推しなんでしょ?」
「あっ、はい……」
イツカズは今さら間違っても推しに戻りますなんて言えなかった。黒前世の真相を聞いたら自分の勘違いで最後に迷惑までかけていた。こんな自分が今さらどの面下げてファンだ推しだなどと言えようかと心中ずっとモヤモヤを抱えていた。
「もう、早く押して、ほらっ!!」
「はい、強かったら言って下さい」
(心頭滅却すれば推しの匂いなど……ああ、クルミンの匂い、クルミン最高!!)
「んっ、やれば……できるじゃないっ……はぁ、はぁ……」
その吐息が漏れた唇を見てさらに興奮してしまうイツカズ。このような生殺し状態が日々続いているのだ。前世では推しでガチ恋勢という過去を持ち今生は付き人という悲しき定めを受け入れサポートしている彼は控えめに言って頑張っていた。
◆
「え? それ本当?」
「はいっ!! パラパラ大会青年の部の前座の仕事を取って来ました!!」
「でかしたわイツカズ!!」
今日は一人でボイトレ後に一人でも歌えるよう曲を練習していたり歌詞をアレンジしていたクルミは突然入った朗報に叫んでいた。
「仕事を取って来た俺が言うのもアレなんですが……良いんですか?」
「何がよ?」
イツカズは売れっ子アイドルに前座それもパラパラ大会で良いのだろうかと疑問が有った。しかし、いくら勇者とはいえ戦う以外は普通の営業力ではこの仕事を取って来るのが限界だった。
「だって、クルミンの仕事にふさわしくないって……思うし」
「はぁ、イツカズ、あんた私のファン何年してたの? 推し活して何年よ?」
「い、いや、今は元だし、そ、それに……」
ガチ恋勢という邪な気持ちが有ったから推し活していた。つまり貢いでいたようなものだと転生してから気付いた。自分は純粋なファンでは無かったとクルミと再会してから強く思っていた。だから答えられなかった。
「そういうの今は良いから、私がCDショップの脇でデビューした時からでしょ?」
「……最初の六人の内の一人だったから」
それでも無駄にプライドは残っていた。クルミのデビュー時にいた六人の内の一人だという数少ない転生前の名誉にはこだわっていた。
「ええ、覚えてる……私と店の人だけでチラシ配って受け取った後に店先で残ってくれた六人の顔は覚えてるわよ」
「あの時のチラシ額に入れて部屋に飾ってたよ!! 向こうで!!」
しかしアピールは忘れない……絶対に譲れない物がイツカズにも有るのだ。
「あっ、そうなんだ……じゃあ今の私が仕事を選べない立場なくらいは分かってるし、こっちじゃキャリア無いんだしさ」
やっぱりコイツは少し危ないと再認識するクルミだった。だが今はそれより仕事の話と割り切り話をするように言った。
「すいません、では……お仕事の話なんですが――――」
「……ふ~ん、なるほどね、時間的には二曲は行けそうね……」
ステージの詳細その他を詳しく話すとクルミの表情は一気に変わっていた。その顔は完全にプロフェッショナルのそれだった。
「ただ開催が三日後なんで……時間が」
「大丈夫、こういう時のために毎日レッスンしてたんだから」
その顔は自信に満ちていてイツカズが好きなアイドルの顔だった。だから自分に出来る精一杯のサポートをしようと決意した。それが今の自分の役割だとイツカズは気を引き締めた。
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