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ウィネスの叫び声が響く中、ライズと悪魔の涙メフィストの戦いは続いている。


先ほどから優勢なのはライズのほうだ。


人間離れした動きと、それに反する柔と剛を兼ね備えた剣技で、ティアの姿をした化け物を圧倒している。


「幾人もの怨念をため込み、それを昇華させた我が力を持ってしてもこの力量差!? 貴様は……いや、ティア·ジニアスクラフトと貴様は一体どれだけの闇を抱えているのだ!?」


右腕が肩ごと斬り飛ばされる。


しかし、それでもどうしてなのか?


悪魔の涙メフィストは声を張り上げながらも笑っていた。


それはまるで、異性、同性すら魅了する者の裸を見たかのような恍惚な笑みだった。


「いい……いいぞ、その憎悪! 体が引き千切れるこの感触……。貴様たちの闇が伝わってくる!」


止まらぬライズの連撃を受ける度に、悪魔の涙メフィストはさらにうっとりとした表情になっていく。


まるで薬を使った性交で絶頂に達した人間のように、あまりの快楽に頬まで赤く染まっている。


「だが、まだ足りない……。貴様たちの怒りを、悲しみを、絶望を! もっと私に浴びせてみろ! もっと、もっとだ!」


これまで、一心不乱に大剣を振り回していたライズの動きが止まる。


ティアの姿をした化け物の不可解な恐怖に、思わず身がすくんでしまう。


この化け物はどうすれば殺せるのだと、恐れが思考を支配していく。


《怯まないで》


そのとき、ライズの頭の中で声が聞こえた。


ティアの声だ。


彼女は言葉を続ける。


《魔石と融合した私の魂は、今あなたと共にある……。その魂とあなたのすべてが一つになれば……悪魔の涙メフィストを葬ることも可能》


ライズは敵を見つめる。


激しく血が噴き出し、悪魔の涙メフィストの体は人間とは思えないほどいびつになっていた。


刃を防いでもその重さと衝撃に耐えられず、骨と肉が歪んでいる状態だ。


最初に引き裂いた胴体は再生していたが、黒い液状の物体を取り込んでからのライズの攻撃は元に戻っていない。


これならば殺せる。


《貫くのよ、ライズ!》


ティアの声と同時に、ライズの大剣が悪魔の涙メフィストの土手っ腹を貫いた。


内蔵はすべて床に撒き散らされ、部屋中に飛び散っていく。


部屋にいたウィネスまで血がかかって真っ赤に染まり、彼女は震えながら立ち尽くしている。


「や、やったか……」


手ごたえはあった。


腹に切り株の断面のような穴をあけてやった。


ライズは自分の勝利を確信したが、大剣で貫かれたままの悪魔の涙メフィストは、突然、彼女のくちびるを奪った。


唖然とするライズにティアの顔で、悪魔の涙メフィストは彼女の耳元で囁く。


「気が変わった。貴様の闇も私が頂く。だが、まだその時期ではない」


悪魔の涙メフィストの全身から光が放たれる。


あまりの眩しさに目を瞑ってしまったライズだったが、特に攻撃はされなかった。


ティアと同じ声で、化け物の言葉が聞こえてくる。


「絶望の魂と混じりし者よ。さらなる憎悪を抱え、私を殺しに来い。そのときこそ貴様の魂は極上の美酒となり、私を満足させるであろう!」


「なにふざけたこと言ってんだ! アタシの魂もティアの魂もアタシだけのもんだ! テメェなんぞにやるかよ! 今すぐトドメを――ぐわッ!?」


目を瞑っていても感じる凄まじい光を浴び、次にライズが両目を開いたときには、そこに悪魔の涙メフィストの姿はなかった。


戦いで半壊した室内に、返り血で赤黒く染まった王女ウィネスがいるだけだった。


敵がいなくなったと知ったライズは、その表情を歪めると、大剣を思いっきり振って壁を破壊する。


「逃げやがった……逃げやがったな、バケモンが! いいぜ、望み通り殺しに行ってやる! 今日で開戦の狼煙のろしは上がった! アタシとティアとで、バケモンを狩るいくさの始まりだ!」


――ジニアスクラフト王国の王都が崩壊してから数ヶ月後。


王と王妃の死が発表され、王国の首都は別の場所に移された。


その場所の名はブロッケンフェレス。


ティアの身体で受肉した悪魔の涙メフィストが建てた、ジニアスクラフト王国の新たな王都。


険しい山々に囲まれ、関所の両端には断崖絶壁がそそり立ち、まさに天然の要害と呼ばれるに相応しいところだった。


新王都をわずか一日で完成させた悪魔の涙メフィストは、ティアの姿と声で、反逆者であるライズとウィネスを捕らえるように命令を出した。


王と王妃の殺害。


王宮、城下町を含めた王都の殲滅とそこにいたすべての人間の虐殺。


さらには国を救った英雄だった義賊団――ティア王女直属の兵団の壊滅


これらの罪状も知らされた。


こうしてライズとウィネスは国中から追われることになったが、彼女たちは未だに捕まっていない。


「おい、ウィネス。さっさと来い。ったく、いつになったら王女さま気分が抜けんだよ」


「わたしは今でも王女よ! 大体ライズ! あなたにはわたしを守る騎士になるよう命じたはずなのに、これじゃまるでわたしが従者みたいじゃないの!」


ライズは生き残ったウィネスを連れ、ブロッケンフェレスを目指していた。


賞金首となった彼女たちには、もちろん後ろ盾などなかったが。


幸か不幸か。


彼女たちの懸賞金を目当てに襲ってくる者たちから金を奪い続けているので、旅の資金や食料、さらには戦うための武器や防具の購入などの心配はいらなかった。


たとえどんな屈強な剛の者が集団で現れようと、すでに人知を超えた力を持つライズと、優れた魔法使いでもあったウィネスに敵う者などいない。


「あん? お前は従者なんかじゃねぇよ」


「じゃあ、なによ!? わたしの荷物すら持ってくれないくせに!」


「そうだなぁ……。お前は薬草かポーションか……」


「なッ!? このわたしが薬の代わりだっていうの!?」


「だって得意だろ? 魔法全般。とりあえずこれからもずっと守ってやるから、ケガしたときや毒にかかったときには頼むぜ。あッ、あとついでに敵の牽制とか索敵とかその他もろもろな」


「ふ、ふざけるな、この無礼者ッ!」


ライズは、喚くウィネスの顔を見て思う。


彼女の持つ銀色の髪と青い瞳が、今は奪われた大事な者と同じであることを。


その面影に、胸が熱くなることを。


そして、ライズは繋がった大事な者の魂を感じ、鬼のような形相のまま今日も歩を進める。


〈了〉

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傭兵女と無能な王女 ~持たざる二人の闘争~ コラム @oto_no_oto

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