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ライズの頭の中に声が聞こえてきた。


耳馴染んだ――何度も彼女が聞いた優しい声。


それはティア·ジニアスクラフトの声だった。


「ティア……なのか? よかった……。生きてたんだなぁ……」


心の底から吐かれた安堵の言葉。


とても死にかけている者とは思えぬ表情と声で、ライズは聞こえてきた声に答えた。


すると、どういうことだろう。


気がつくとライズは、見知らぬ場所にいた。


天地がわからぬ異様な空間。


周囲には、光の群れが川の流れのように一方向へ動いているのが見える。


「ここはあの世か……。アタシは死んじまって夢を見てんだな。でも、それでもいい……。またお前に会えたから……」


《ライズ……。あぁ……ライズ……。ごめんなさい……。私のせいでこんな目に遭って……》


目の前にはティアの姿があった。


ティアは傷ついたライズを抱きしめた。


彼女の流した涙が体へ伝り、湿らせる。


温かい涙を感じてこれは夢ではないと、ライズは思った。


「そんな顔すんなよ。謝らなきゃいけないのはアタシのほうだ。バンディーたちを……みんなを守れなかった……」


泣きながら抱きしめ合うライズとティア。


今の彼女たちに説明がいらなかった。


抱き合っただけで、互いに何があったのかが映像となって流れ込んでくる。


すべてを理解した二人は、抱き合いながら言葉を続けた。


《あなたは悪くない……悪くないよ、ライズ。あなたは頑張ってくれたわ……。これは私の心の弱さが招いたこと……。お父さまがしたことも……私なら止められたかもしれない……。だから悪魔の涙メフィストに隙を突かれてしまった……》


「ティアのなにが悪いんだよ! 悪くなんてねぇ、悪いのは全部他の奴らだ!」


ライズは抱きしめる力を強め、声を張り上げた。


悪いのはティアをそこまで追い詰めた王だ。


それを止めなかった王妃に王女――この国すべての人間だと。


ティアは魔石の誘惑に負けたわけではないと、喉が潰れるかと思うほどの勢いで叫んだ。


「アタシが証明してやるよ! あんなバケモンにティアの姿のままでいさせやしねぇ! お前が欲しいって言ってくれた傭兵が、あのバケモンからティアの姿を取り返してやる!」


《ライズ……。ありがとう……。私……あなたに会えてよかった……》


ティアを抱いていた感触がなくなる。


光輝き、ライズの腕の中から消えていく。


泣きながら叫ぶライズに、ティアは消えゆく最後に笑顔を向けていた。


《私の体はもう取られてしまったけど……。魂はあなたと共にある。一緒に戦いましょう、ライズ!》


「ティア!? なんだよそれ……。いかないでくれよ……。ティアァァァッ!」


――ティアの姿をした悪魔の涙メフィストは、黒い液状の物体でライズを吊るしたまま、ウィネスのほうへと体を向けた。


これですべてが終わると、今度こそ終わりだと、その手をかざそうとした瞬間――。


「うん? この感じ……?」


悪魔の涙メフィストの手が止まり、吊るされているライズのほうを振り返った。


そこには失ったはず左腕と左足があるライズの姿があった。


生えたわけではない。


いくら魔法でもそんな芸当は不可能だ。


「貴様のその姿は……まさか……魔石の力をッ!?」


ライズの失った部分は生えたのではなく、彼女を縛っていた黒い液状の物体を吸収してできたものだった。


闇を固めて作られた腕と足を動かし、ライズは自分を拘束していた黒い物体を吹き飛ばす。


そこから大剣を両手で持ち、刃を前のめりに床に突き刺した勢いで、回転しながら飛び上がった。


宙を回りながらまるで嵐の日の水車のように向かってくるライズは、そのまま悪魔の涙メフィストへと突進していく。


「ぐッ!? 鋼鉄すら砕く私の黒魔術をこうも破壊するとは!?」


ライズの一撃を喰らい、悪魔の涙メフィストを守っていた黒い液状の物体が飛散した。


それからもライズは、驚愕を隠せないティアの姿をした化け物に、容赦せず斬りかかっていく。


そのとても人間と思えない動きは、獣じているというだけでは表せない変幻自在のものだった。


宙を舞い、壁を蹴って飛びかかってくる。


しかもただの腕力頼りではない、見惚れるような剣技まで使っている。


人の背丈をもある大剣で、ティアが見せていた剣技――卓越した技術と剣速で流れるように敵を切る技を見せている。


「バカな!? ただの人が、魔石に取り込まれた者の魂と融合したというのか!? あり得ん、そんなことは断じてあり得んはずだ!」


これまで表情一つ変えなかった悪魔の涙メフィストが、狼狽えながら防戦一方になっている。


ライズは正体不明の魔法に手も足も出なかった敵を相手に、凄まじい剣の連撃で圧倒していく。


傍にいたウィネスは、怯えながらもその光景から目が離せなかった。


逃げることもできず、ただ呆然ぼうぜんと人知を超えた戦いを眺めている。


「姉さまを感じる……。あの化け物二人から……ティア姉さまの命を……」


ウィネスは、代々その魔力の高さを継いできたジニアスクラフト王族の中でも、歴代で最大の才能を持った王女だと言われている。


その才能のためか。


彼女は目の前で戦う超常的な生き物二匹から、姉であるティアの命の光を感じ取っていた。


だがそれだけで、彼女にできることなど何もない。


この戦いに参加することなどできない。


この化け物同士の戦いは、すでに人間が入れるような領域ではないのだ。


「あ、あれが両方とも姉さまなら……どちらが勝ってもどうせわたしは殺される……。だったら……せめて、お母さまとお父さま、城の皆を殺したほうが負ければいいわ……。必ず勝ちなさい! そこの女剣士! あなたが勝ったときわたしは、逃げずに殺されてあげるから!」

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