45
王妃が生きているようには見えなかった。
ただ見開いた両目からは、彼女の絶望が伝わってくる。
そんな形相をしていた。
そのすぐ傍で、母を姉に殺されたウィネスが腰を床につけたまま動けずにいる。
「ティア! なんかヤバいんだ! バンディーやポムグラさん、団のみんなが殺されちまって! 町も城も同じ感じで……ともかくよくわかんねぇけど早くこっから逃げよう!」
声をかけられたティアは、ライズのほうを振り向きもしなかった。
ただ目の前で怯えている妹に向かって、ゆっくりと歩を進めている。
当然ライズには状況がわからない。
母である王妃を殺したのはティアなのか?
確かに恨まれても仕方のないことを王妃はしていたと思うが、ティアは一度だって母を悪く言ったことはない。
それは父である王も妹のウィネスのことも――家族のことを憎むようなことを口にしたことなどなかった。
ライズはよく知っている。
ティアは、家族から愛されていないことを悲しみながらも、心から両親と妹を愛していたことを。
そんな彼女が家族を殺すなんてあり得ない。
「おい、ティア!」
ライズは部屋の中に入り、ティアの肩を掴んだ。
だがティアはゆっくりと振り返り、黙ったまま彼女を見つめるだけだった。
その瞳はライズのよく知るものではなかった。
透き通った青い瞳は真っ黒になっており、ライズに視線を向けながらもどこか遠くを見つめているような、そんな目をしている。
「お前……誰だ……? 誰だよ!? ティアをどうした!? あいつをどこへやった!?」
異変に気がついたライズは、声を張り上げていた。
目の前にいる女は確かにティアの姿をしているが、彼女はそれがティアではないと理解した。
それは、女の体からティアが使えるはずのない魔力を感じたからだった。
ティアの姿をした女の全身を、禍々しい黒い魔力が覆っていく。
「私はジニアスクラフト王国の罪を裁く者……。ティア……ティア·ジニアスクラフトだ」
ティアの姿をした女は淡々と話し始めた。
ジニアスクラフト王は国の英雄を皆殺しにするように命を出し、あまつさえ自分のことを幽閉しようとしていた。
そして、今ライズが言ったように、英雄たちは始末された。
すべては奪われた。
愛も信頼も友も。
すでに王と王妃は粛清し、城内にいた差別主義者たちは処分した。
今は自分の駒が国中へと飛び、同じく差別主義者や傍観者らを殲滅している。
今度はこちらの番なのだと、表情一つ変えずに口にした。
「国中だと……? こんな虐殺が……? ふざけんな! テメェがティアのはずねぇだろ!? あいつが……あいつがこんなことするはずねぇ……。あいつは家族を……国を……誰よりも愛していたんだ!」
ライズはティアの姿をした女の胸倉を掴んだ。
強引に自分に引き寄せ、わけがわからないまま怒鳴り続ける。
「テメェがやったことをティアのせいにしてんじゃねぇ! いいから返せ! 国はあいつを裏切ったかもしれねぇが、まだすべてを奪われたわけじゃねぇんだ! アタシが生きてる! あいつにはまだアタシがいるんだよ!」
叫んでいたライズの目に涙が流れた瞬間、彼女の体は吹き飛ばされた。
壁へと叩きつけられ、石に全身がめり込り、左腕と左足が動かせない。
ライズが左腕と左足を見ると、そこには黒い液状のものが鎖のように纏わりついていた。
これは魔法なのか?
振りほどけない。
その気になれば、鉄の
ティアの姿をした女は、動けなくなったライズを興味なさそうに一瞥すると、再び妹ウィネスへと歩を進めた。
ウィネスは泣きながら壁にしがみつき、一歩も動けずにいる。
目の前で起きたことが信じられず、ガタガタと歯を鳴らして震えているだけだった。
ティアの姿をした女が、そんなウィネスの目の前に立つ。
手を伸ばし、王や王妃と同じくその生命活動を止めようと黒い魔力を放とうとしていた。
「やめろぉぉぉッ!」
だがギリギリのところでライズがティアの姿をした女を斬り飛ばし、その行為を止めた。
斬られたティアの姿をした女の胴体には、凄まじく深い切り傷がついていた。
激しく血が噴き出しては流れ、今にも内臓がこぼれ落ちてきそうな致命傷だ。
だが、彼女は気にすることなくライズのことを見ている。
「自分の手足を切り落としたのか。なぜそこまでしてこの娘を助ける? 貴様には関係ないだろう」
「うっせぇ! その顔と声でアタシになんか言うんじゃねぇ! さっさとティアを返せよ、バケモンが!」
「私がティア·ジニアスクラフトだ。貴様こそ、大事な者だと言っていたわりには平気で斬りかかってきたな、狂人め」
「何度も言わせんなよ!テメェがティアじゃねぇのはわかってんだ! さっさとあいつを返せよぉぉぉッ!」
再び斬りかかるライズ。
左腕と左足を自ら切り落とし、百人はいた王国軍との戦いでボロボロになった体を奮い立たせ、残った右足で踏ん張りながら右腕で大剣を振る。
しかし、届かない。
ティアの姿をした女に彼女の刃はかすりもしない。
またも黒液状の物体に捕まり、そのまま宙に吊られてしまう。
「……私に手を出したことは許してやる。ティア·ジニアスクラフトからの慈悲だ。そのままゆっくりと死ね」
言葉の通り――ライズはすでに死にかけていた。
ここまでたどり着いただけでも奇跡。
そして、戦おうと剣を振るったこと自体がおかしい。
出血がひどく、ろくな治療を受けずに動き続けたライズは、後は死を待つだけだったが――。
《ライズ……ライズ……。私の声が聞こえる?》
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