44
「何事だ……!?」
ジニアスクラフト王の目の前で、光の鎖に拘束されていたティアが暗闇に飲み込まれた。
彼女の中心に、闇が渦を巻く。
ただの暗闇ではない。
これは誰かが意図的に作り出したような……魔術的な禍々しいものを感じる。
「なにをしている!? これは黒魔術か何かだ! ここで払っておかねばこの国が――ッ!?」
王はティアを包んだ闇に危険を感じ、魔導士たちへ声をかけたがすでに遅かった。
黒い闇がまるで鋭い槍のように突き出し、王と魔導士たちの体を貫く。
辛うじて生きてはいたが、それだけでは終わらない。
闇の刃はまるで無数の針の如く、王たちを穴だらけにした。
「テ、ティア……。お前はなぜいつも……儂のぉ……」
王は穴だらけの体のままそう呟くと、人形のような生気のない顔になって動かなくなった。
――城下町の外で無数の悲鳴があがっていた。
ライズは大剣を振るい、彼女が動けば王国軍がミンチと化す。
肉と内臓が飛び交う。
人間の頭部が、上半身が、下半身や手足が、血の霧と混じって転がる。
眼球、歯、頭蓋骨が散る。
ただの一撃で、何人もの人間がバラバラになっていく。
「なにをやってるんだ!? 敵は一人だぞ!」
「ならお前がいけよ! 指揮官でもないのに偉そうにしてんじゃねぇ!」
王国軍にもう戦意はなかった。
いくらライズが凄まじく強くとも、隊列を組み、弓矢で射れば勝機は十分にあったが。
彼女の人間離れした強さに兵たちに恐怖が伝染し、戦いの最中で決着がついてしまったのだ。
「逃げてんじゃねぇぞ! それでも王国軍かよ!」
返り血で全身が赤黒く染まったライズは、敵から馬を奪った。
暴れる馬の腹を蹴って言うこと聞かせ、逃げ惑う敵を皆殺しにしていく。
血塗れの彼女の目がぎらりと輝く。
殺す殺す、殺す。
簡単に殺せる。
普通ならこうはいかない。
ライズだからこそできる。
力量差があり過ぎて、人間が人間に見えない。
敵というより虫を踏み潰すような感覚に見える。
重く長い武器を、ただ早くぶつける。
そこにはティアのように見惚れる剣技も、バンディーのような相手の隙を突く技もない。
だが、ライズの場合はこれでいい。
これは試合ではなく、多勢相手の殺し合いなのだから。
「はぁ……はぁ……」
総勢百人はいた王国軍は全滅。
剣に槍、弓矢やにフルプレートの甲冑など完全武装していた軍隊が、大剣を持った女一人によって全員、返り討ちにあった。
当然、ライズも無傷ではない。
咄嗟に矢を防いだ左腕は握力を失い、四方から飛んできた剣や槍がかすめた顔、手足は切り傷だらけだ。
乗っていた馬はとっくに殺され、仲間と敵の血で真っ赤になった平原で佇んでいる。
呼吸も荒く、さすがにこれ以上戦うことは難しそうだった。
「ティア……ティアは、城か……」
それでもライズは向かう。
まだ彼女には仲間がいる。
自分が欲しいと言ってくれた雇い主がいる。
「生きてるよなぁ……。まさか王さまが自分の娘を殺すわけねぇよなぁ……」
ライズは希望的観測を呟きながら、傷ついた体を引きずって城へと歩を進めた。
――城下町は酷い有り様だった。
建物は半壊し、そこら中から悲鳴が聞こえ、それを煽るように火が轟々と燃えている。
いつも笑顔でいた民たちが泣き叫び、今にも死にかけている者ばかりだ。
ライズは自分の目を疑った。
ここは本当に王都なのか?
毎日活気が絶えなかった町がどうしてこんなことになっている?
こんなの、まるで戦で敗れた国のあり様じゃないか。
母の死体に喚きすがる子どもや、燃えている店から金目のものを奪って走り去る男など、以前に見ていた光景とは何もかもが違う。
例えるなら地獄だ。
仲間の仇を討ち、地獄から生還したはずのライズは、また新しい地獄に迷い込んでしまったのかと思っていた。
「ティアが……ティアが危ねぇッ!」
立ち尽くしていたライズは、ティアのことを思い出すと駆け出した。
体の痛みなど忘れ、城に行くと言っていた彼女の言葉に希望を持ち、街中を走っていく。
その途中で黒い甲冑を身に付けた集団が、生きている民たちを一方的に虐殺していたが、今はそんなことに構ってられないと、王宮へと向かった。
たどり着くと、城門は開いていた。
ライズはそのまま中へと入ると、衛兵たちの死体が山になっていた。
ここも地獄かと、状況など一切わからないまま、ライズは城内を進んでいく。
「ティア、ティア! アタシだよ、ライズだよ! どこにいるんだ! 生きてるなら返事をしてくれ!」
声を張り上げて廊下を走っていく。
そこには、見知った顔の貴族や侍女、さらには甲冑ごとミンチになった騎士や魔導士の姿があった。
襲われたのは自分たちだけじゃないのか?
王の命令で義賊団を皆殺ししたはずなのに、城までこんな……。
ライズが今さらながら町や城の状況から考えていると、遠くから女の悲鳴が聞こえた。
ティアの声ではない。
聞き間違えることなど絶対にない。
だが、何か知っているかもしれない。
ジニアスクラフトの王都を一瞬のうちに地獄に変えた何かを叫んだ女なら把握しているかもしれない。
そう思ったライズは、悲鳴のするほうへと走った。
そして、たどり着いた先で彼女が見たものは――。
「テ、ティア……? お前なのか……?」
倒れている王妃を踏みながら、妹であるウィネスの目の前に立つティアだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます