43

――玉座の間で、ティアは父である王の言葉を聞き、固まってしまっていた。


「今日でお前の兵団は壊滅する。我らがジニアスクラフト王国軍の手によってな」


頭の中で聞き間違いかと思い返すが、何度繰り返しても王の言葉は変わらない。


狼狽えているティアに向かって、王は声をかける。


「非情な父だと思うか、我が娘。だが、これが国を統べるということだ」


王は語り始めた。


確かに義賊団は国を救い、王国転覆を企んでいた組織を壊滅させたかもしれない。


ティアが味方にした者たちは、死ぬ気で戦って国を守り、中には命を落とした者もいる。


そのことに関しては、人として、王として、このジニアスクラフト王国に生まれた者として、最大最上の敬意を持っていると、王は言葉を続けた。


「しかし、義賊団には問題があった。大きな問題がな。それはお前だ、ティアよ」


立ったまま身を震わせて動けないティア。


王はまるで子どもを叱りつける親のように、静かながら厳しい声色で話し始めた。


魔法が使えない者が英雄として奉られることは、この国の秩序を崩壊させることに他ならない。


しかもその者の協力者が、これまで身分の高い者らと戦っていた盗賊ならばなおのことだ。


それはティアのことであり、バンディーたち義賊団のことだった。


ジニアスクラフト王は建前では彼女たちを優遇したが、最初から皆殺しにするつもりだったと言う。


義賊団を殲滅後には、彼女らは王女を担ぎ上げ、国家転覆を考えていた悪の盗賊団として民衆へ伝える。


死人に口なし。


殺してしまえば後はどうとでもなると言いながら、王はゆっくりとティアへと歩を進め始めた。


「裏切るのですか……? この国のために命を懸けた彼女たちを……。大事な者を失ってまで国を守った私の仲間たちを!?」


「裏切るのではない。これは初めから決まっていたことだ。だが、安心しろ。お前のことは盗賊団に脅されていたことにし、命までは取らん。もちろん二度と人前に出すことはできんがな」


「嘘だと言って……今言ったことをすべて何かの冗談だと言ってください!」


「王は人の生き死に冗談など言わん。今頃、盗賊団は全滅しているだろう。眠れ、我が娘よ」


王がティアに手をかざすと、光の鎖が出現した。


光の鎖はティアの全身を縛り上げ、王の傍にいた魔導士たちが彼女を捕らえようと近づいてくる。


首まで縛られたティアは、声すらも発せずにただ涙を流していた。


やはり何も変わらないのか。


ここまで皆と頑張ってきたことに意味などなかったのか。


ライズ、バンディー、ポムグラも義賊団の仲間たちも、ジャンの宿屋にいた子どもらも皆、国の秩序とやらのために殺されてしまうのか。


ティアの脳裏にこれまでの記憶が流れていく。


幼い頃から軽んじられてきた過去。


周囲の視線に負けてたまるかと知識を蓄え、己を鍛えてきたひとりぼっちの夜。


王宮に出入りしていた高級娼婦であったポムグラからの――同情ではない人の優しさ。


生まれて初めて他人を自分のものにしたいと思わせた、酒場でのライズとの出会い。


港町ハーバータウンでバンディー、スヴェインら義賊団と繋がった思い出。


ゾルゴルドとの戦い、ジャンや彼の宿屋にいる子どもたちなどの記憶が、目から溢れる涙と共に流れては消えていく。


《その愛と絶望……。お前こそ我が半身と呼ぶに相応しい……》


薄れていく意識の中、声が聞こえてくる。


次の瞬間、ティアは見知らぬ場所にいた。


天地がわからぬ異様な空間、先の見えぬ暗闇の中をただ無数の光が渦巻いている。


ここは地獄か。


ティアが呟くと、彼女の目の前にある人物が現れる。


《時は来た……。お前の渇望が絶頂に達し、我が魂と共鳴したのだ》


「あなたは……私……?」


現れた人物は、ティアと同じ姿をしていた。


まるで鏡でも見ているような気分だったが、確かにもう一人の自分が声をかけてきている。


《我は悪魔の涙メフィスト。欲望から創られた者なり。さあ、我が半身よ。これまで抑え込んでいた魂を開放するのだ。さすれば、お前がずっと願っていたことが成就じょうじゅする》


ティアは、私はいま幻覚を見ているのかと、疑う。


しかし、幻ではない。


体には、父である王の放った光の鎖に縛られている感覚がずっと続いている。


そして、思い出す。


ゾルゴルドが魔石に取り込まれ、その姿を化け物へと変えたことを。


《お前はもうすべてを失った。どこかで期待していた家族と国に裏切られ、友人らは殺され、このままでは罪人のように、死ぬまで閉じ込められて生きることになる》


もう一人の自分が言葉を続ける。


手を差し出し、ティアに掴むように促している。


《だが我ならば、いまのお前に決着をつけさせてやることができる》


「決着……とは?」


《お前が愛し、そして絶望したものすべてを業火で包み、この世界を無に返す》


ティアは無意識に手を伸ばしていた。


これは悪魔の誘惑。


ゾルゴルドの錬金術で生まれた、およそ人の手に余るもの。


そんなことはわかっているのに、ティアは差し出された手を掴まずにはいられなかった。


「どうせすべてを失うなら……私の手で終わらせる!」

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