42
――ライズは先に出ていったティアに遅れて、バンディーたちがいる城下町の外へ向かっていた。
かなり時間は経ってしまっていたが、彼女はもう終わってくれているといいなと、あくびを掻きながら馬をゆっくり走らせている。
町を出てしばらく進んでいると、ライズは気がついた。
鼻につくような血の匂い。
それと共に、まるで金属の粉末で風で流れてきたかのような香りがしてきたことに。
これはライズにとっては馴染み深いゆりかご――
「実践訓練にでも切り替えたのか? だったらちょうどいいや。こいつを試すのにいい機会だ」
ライズは背負っていた大剣を手に取ると、馬の速度を上げた。
彼女はつまらない陣形の訓練など無視して、バンディーたち兵団へ切り込むつもりだ。
もちろん傷つけるつもりはない。
ほんの遊び心だ。
後に残るような怪我をさせる気は毛頭ない。
「バンディーやあいつらは怒るだろうな。でも、あとで謝りゃいいだろ!」
それでも多少本気でやらなければ面白くない。
切り傷、打撲、骨折くらいは覚悟してもらおうかと、ライズはその口角を上げて進んでいく。
意気揚々とバンディーたち兵団がいる平原へとたどり着いた彼女だったが、その場の光景を見て言葉を失った。
平原には死体の山が築かれていた
頭を矢で射抜かれた者や、頸動脈を切られて横たわる者。
そこにはろくな装備も身に付けていない仲間たちが、無慈悲にも死んでいる。
青々としていた地面は兵団らの血で真っ赤に染まり、絵画に描かれる地獄がそこにはあった。
「なんだよこりゃ!? 訓練じゃなかったのかよ!? おい! 誰か、誰か生きてる奴はいねぇか!?」
ライズは死体の山の中を走った。
馬から降り、そこら中を駆け回って生存者を必死で見つけようとした。
喉が枯れるまで呼びかけ続けた。
だが、返事はない。
絶望の表情で倒れている仲間の顔が、ただ彼女を見ているだけだ。
「バンディー! ポムグラさん! あんたらが殺して死ぬようなタマかよ! くッ……誰でもいい……誰か一人でもいいからアタシに返事をしてくれぇ……」
息を切らせ、その場で両膝をついたライズ。
この凄惨な現場に来てからどのくらいの時間が経ったのか。
数分、いや数時間。
彼女は時間も忘れて探し回ったが、やはり誰からも声は返ってこなかった。
「ラ、ライズ……なの……かい……?」
そのときだった。
死体の山から女のか細い声が聞こえてきたのだ。
ライズはすぐに死体を退かし、下敷きになって者を引き上げた。
それはポムグラだった。
彼女は片目に矢が突き刺さっており、口からは血が流れ続け、腹部からも出血している状態。
どう見ても助からない――そんなあり様だった。
「ポムグラさん!? なんでこんな……。いや、今は医者か回復魔法を使える奴のとこに!」
「王国軍にやられ……たの……。まだ近くに……」
「喋るなって! こんなケガすぐに治るから!」
「テ、ティア王女と……あんた……だけでも……」
「ポムグラさん!? ポムグラさぁぁぁんッ!」
ポムグラは、ライズとティアのことを心配しながら動かなくなった。
ライズは歯を食いしばりながらポムグラの顔を拭ってやると、なくなっていたフェイスベールの代わりに自分の服を引き千切って、彼女の口元に巻いた。
背後から馬の蹄の音が聞こえてくる。
それも一匹ではない。
何匹もの蹄を踏み鳴らす音と共に、鞘から剣を抜く金属音がいくつも聞こえてくる。
「盗賊団の特攻隊長ライズだな。貴様も国への反逆罪で粛清する」
「なんだよ、お前ら……。ポムグラさんが、みんながなにしたんだよ……。アタシらはみんなティアの仲間だぞ! いろんな奴を犠牲にしてまで国を救ったんだ! それを……どうしてこんな……こんなぁぁぁッ!」
ライズはポムグラの亡きがらをゆっくりと寝かせると、立ち上がった。
その目からは涙が流れているが、凄まじい怒りで顔が歪んでいた。
王国軍の指揮官が、そんなライズのことを哀れだと言いたげな表情で見つめている。
「すでに盗賊団の者はすべて始末した。ここに団長バンディーの首もある。残りは貴様だけだ」
「離せよ……。お前が……お前らが……。バンディーに気安く触ってんじゃねぇ!」
次の瞬間。
指揮官の首が乗っていた馬ごと切り裂かれた。
王国軍は指揮官の死に動揺しながらも、すぐにライズのことを囲み始める。
「とんだ試し斬りになっちまった。なあ、バンディー……。アタシが遅れなきゃ、みんなをこんな目に遭わせずに……くぅぅぅッ!」
ライズは囲まれても気にしていなかった。
拾ったバンディーの顔を片手で抱き、またも涙が溢れていた。
王国軍は百人以上はいるだろうか。
数こそバンディーら兵団よりも少ないが、武器や甲冑を身につけていない団員たちでは戦いにもならなかっただろう。
ジニアスクラフト王国軍は、他国より恐れられている魔法軍隊なのだ。
いくらバンディーたちが魔法で応戦しようとしても、完全武装した魔法兵や魔法騎士を相手に、素手で勝てるはずがない。
「わりぃな、バンディー。ちょっと待っててくれ。とりあえずこいつら全員ぶっ殺すからよ」
「こ、この数を相手に勝てるつもりか! いくら貴様が強いといえ、戦いで個の力など――ッ」
「あん? 知らねぇよ。アタシはお前らを殺す。何人いようがこの場から逃げようが、どんな手を使ってでもテメェらを必ず殺すッ!」
ライズの咆哮の後、彼女を囲んでいた五人の兵と騎士の胴体が真っ二つになった。
甲冑ごと両断された死体を見た王国軍は怯み、これまで余裕を見せていた者たちが一斉に動揺する。
本人は意識していないが、これがライズの強さ――傭兵として生き残れた理由だった。
多勢を相手にしても、彼女が数人斬り殺せば、途端に
ライズ側の軍の士気は上がり、恐怖が伝染した敵側の軍は味方を混乱に巻き込み、戦いどころではなくなるのだ。
実際に指揮官と甲冑を着た五人を同時に斬り殺した敵を見て、王国軍は浮足立ち、誰もが逃げ腰になっていた。
「そんだけ数いてビビッてんじゃねぇよ、バァーカ」
大剣を構え直したライズは、そんな王国軍勢を睨みつけると、歪んだ笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます