最終話 楽しいヒト達
「うそー…うそだろ、これ」
ルディは絶望を吐き出す思いで青空の下、たき火の上で煮える鍋を見つめた。
中身は何を入れたらこうなるのか、真っ黒。中に野菜やキノコを入れたはずなのだが炭化したのかと思うほど、真っ黒……さすがは元・闇の魔法使い?
「ハロルド、一つ聞いていいか? ハロルドって料理したことあるのか?」
その質問に、以前は魔法使い用のローブを着ていた彼――今は身体を動かしやすい綿素材の丈のあるズボンと半袖、革のベストを着た冒険をしやすい格好をしたハロルドは「そんなもん、あるわけないじゃない」と言った。
「な、なんでそんなこと笑顔で言い切れるんだ……じゃあハロルドって今までずっと何食べてたの?」
「えー、ボクは魔法使いだったから。魔法でお腹が空かないようにしていたよ。ボクのやり方だと食欲を“消す”ことができたからね。だって食べるのとか、準備するのがめんどくさかったもん」
「食べるのも、めんどくさいのか……」
こうしてあてもない旅を始めてから二ヶ月くらいが経つが。ハロルドがとんでもなく面倒くさがりな性格だと知ったのは今日のことではない。
だが食べることすら面倒くさがるとは思わなかった。
おまけに料理はできない、旅の支度も一人ではできない。自分でやるのは面倒だから何もしない……だから昔はリカルドがなんでもやってくれたらしい。リカルドが意外と面倒見がいいのはこんなところに理由があったとは思わなかった。
こんな面倒くさがりっぷりじゃ、相手する方も大変だ……まさかリカルドはこんなところに愛想を尽かして彼の元を離れたんじゃないかなぁと思ってしまうが、本当のところはわからない。わからないから余計なことは言わないでおく。
「ルディ、この鍋、調味料を加えてみたらなんとかなるかもしれないぞ」
一方、もう一人の旅の相棒ラズリは、さすが手慣れた冒険者と言うべきか、料理でもケガの手当てでもなんでもできた。
自分も旅は初めてだ。ハロルドよりは身支度や野草の選別などはできるが、ラズリには及ばない。ラズリはこんな二人を引っ張ってくれる、まさにリーダー的存在。
そんなラズリが旅を始めてからずっと食事当番をしてくれていたのだが。今日になったらハロルドが「自分も料理がしてみたい!」と明るく言ってきた。彼の積極的な意志を尊重して、料理をお願いしたはいいが結果は大失敗だった。
「ハロルドはラズリに料理の仕方を習わないとな……基本から」
「えー、でもそうなるとさ、結局ラズリが作った方が早くてうまいってことになんない?」
「確かにそれはそうだけど、ハロルドも覚えられるチャンスがある時は覚えなよ。これから先、まだまだ長いんだ。どっかで役に立つ時が来るかもよ」
ハロルドは若干ふてくされ気味に「はぁい」と答えたあとで「魔法があった方が便利だったかなぁ」とブツブツとつぶやきながら、どこかに行った。
……やれやれだ。
「でもハロルドにもいいところがある」
ラズリが笑みを浮かべて言う。
「一緒に冒険を始めてわかったのは、あいつはいつも元気いっぱいだ。無知だが明るい……そんなヤツが仲間にいるのは楽しいもんだ。手はかかるけど弟みたいで俺は楽しいよ」
「はは、そうか。なら、よかったかな」
旅を始めて自分も感じたことがある。
ラズリは竜の力から解放されたためか、よく笑うようになった。いつも辛そうだった彼が見せるそんな表情を見ていると竜の力をなくしてよかったと思う。
自分はヒトの姿で過ごした時間が長かったせいか、竜の力がなくなっても全く違和感はなかった。リカルドの最後の光の魔法で再生されてから、実はリカルドとまだ顔を合わせていない。自分が再生された時、彼はすでにいなかったから。
プライドばかり高い、性悪なヤツだ。
顔を出しづらいのだ。きっとしばらくは会ってはくれないだろう。
でもいつか自分がもう少したくましくなったら会いに行こうと思っている。パン屋で頑張っているピア達にもたくさんお土産を持っていきたいし。
「ところでラズリ、それ、なんとかなりそう?」
黒くなった鍋の中身をちょっとずつ味見をしながらラズリは何かを混ぜている。
「あぁ、なんとかはなるような、ならないような……他の調味料も試してみるか。せっかく入れた材料がもったいないからな」
「ラズリがいなかったら、この旅は成り立たないな」
「そんなことないさ、誰にも得手不得手はある……まぁ、こんなのも楽しめるもんだ」
鍋をぐるぐるかき混ぜながらラズリは笑っている。
ラズリ、自分も楽しいよ。生きているって楽しい。いろんなことが起こるから。
リカルドにまた手紙を出しておこう。ハロルドの料理は絶望的だよって。お前、甘やかしすぎたんじゃないかって。
でもリカルドのところに帰る時までには料理をできるようになっていたら、喜ぶかな。
ランスは栄えているのかな。リカルドの手紙ではフィンが頑張っていると書いてあった。お前に謝りたいみたいだ、とも。
そうだな、会ったらちゃんと話をしてみよう。今度ならきっと大丈夫だ。フィンも、もしかしたらすごく気が合うかもしれない。だって……あいつ、裸でくっついてきた時があるもんな。嫌われてはいない気がする。
もっとお互いに近づいてみたら変わるものがあるかもしれない。
この世界はみんな、思いあって育っている。
あったかくて色々あるこの世界。
これからもその一部でありたい。
小さな小さな一部でありたい。
この世界で生きていたい。
竜は魔法使いと子ウサギとヒトといたい 神美 @move0622127
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