思いあう世界で
第55話 子ウサギとヒト
「みんなー! パンが焼けたから棚に並べてくれるぅー!」
元気いっぱいの獅子獣人の声に応えて「はーい」と三人の返事が店内に響く光景は店内にいる客を和ませてくれた。
三人の子ウサギ達は頭に白いコック帽をかぶり、モフモフの上には白いエプロンを着け、トコトコと店内をパンの乗ったトレーを持って移動する。
「あれ、今日の配達当番は誰だったかしらー」
サリの声に手を「はーい」と上げたのは末っ子のニータだった。
「今日はボクが建設現場に届けに行く担当だよー」
「オッケー! じゃあそこに配達用のパンができているからお願いねっ!」
サリが指し示したカウンターの上には袋詰めされたパンの山がある。その数ざっと五十人前だ。
「え、うわ……ボク、一人でこれ持ってくの?」
「あはは、さすがに一人じゃ無理だよねー。ありがたいことにおいしいって好評で注文数が増えちゃって。もう一人手伝ってあげて! ピアかニータ行けるー?」
「……僕は今日はアップルパイの担当なんだよねー」
珍しく、長男のピアが渋っている。最近はアップルパイを作るのにハマってしまったピアはできればこの担当を外れたくないのだ。
その様子を見たディアがチッと舌打ちをした。
「仕方ねぇな、オレが行くよ……」
「おっ、偉いねディア、ありがとう!」
サリから頭をナデナデしてもらい、ディアはフンッと鼻を鳴らしながらも頬を赤くしている。ディアにとって、サリは常に身近にいる初めての異性であり、憧れのお姉さん的存在でもあるらしい。何かと緊張しては照れている姿が見受けられる。
「ふふ、ディア、よかったね」
ニータが照れるディアをからかうと、ディアは「うっせ」と言ってそっぽを向いた。
「じゃあ、みんな! お仕事が終わったら私の新作ブルーベリーチョコパンあげるからね!」
サリの言葉に三人は「やったぁ」と大盛り上がりだ。そうと決まれば仕事を早く終わらせてしまおう。
ニータとディアは大量のパンの入った袋を抱え、ランスの中心で行われている建設現場に向かった。
そこでは今、お城の建設が進められている。まだ巨大な木の骨組みや一部の壁しかできていないが、そのうちにはここに立派なお城が建つことだろう。
「ルザックさぁーん」
ニータが声をかけたのは建設現場の指揮を執ることになったルザックだ。
「お、ウサギコンビお疲れさーん。配達ありがとうな、そこのテントに入れといてくれ」
ルザックに言われた通り、テントの中にパンを運び入れてから。ニータは城の骨組みを見上げた。
「お城、まだ時間がかかりそうだね」
「まぁな、城なんて簡単なもんじゃねーし。ましてや、室内に日光が当たらないような構造だから、なかなかな。けど腕の立つ建築家が協力してくれてるし、数ヶ月もすれば立派な城ができて王もフィンも一緒に地上で生活ができるだろうよ」
「へぇ、でもヒトの手でお城も作れちゃうんだから、ヒトの力ってすごいよね~」
あのあと、フィンの演説によって王族の事情を知った国民は二人が地上で生活できるようにしようと力と知恵を出し合った。その結果がこれだ。
どんな形であれ、フィンと王の二人が今まで国のことを考え、動いてくれていたことに変わりはない。国民は二人が引き続き、国のために存在してくれることを心から望んでいるのだ。
「でも、もしかしたらなぁ」
ルザックがポツリとつぶやく。
「魔法が世界から消えた今、王の呪いも解けた可能性はあるが……確かめるすべはないもんな。まぁ、国民が一致団結している今、余計なことは言わんさ」
「ねぇ、ルザックさん、次はフィンが王様になるんでしょ? ルザックさんもエラくなるの?」
「はは、俺はそこまでエラくなりたくねぇや、めんどくさいから」
今度フィンの戴冠式があると知らせがあった。今回の件でフィンは声は出せなくても国民を惹きつける力のある存在だと王は気づき、フィンに全てを任せることにしたようだ。
今までフィンに歩み寄れなかった王も、ようやくフィンの大切さ、その強さを知ったのだ。
「どんな存在でも力はあるんだね、お互いの歩み寄りって大事だよね」
「だな、どんな相手でも最初から否定せず、相手を知ろうとする努力はしないといけないよな」
「そうだね……」
ニータがちょっとだけしんみりした気持ちになっていると、頭をワシャワシャとルザックになでられた。
「そういえば他のヤツらは元気か。もう二ヶ月も経つもんな」
「うん、元気みたい。リカルド様のところにたまに伝書鳥の手紙が届くって」
「そっか、こっちに寄ることがあったら寄ってくれて伝えてくれ。フィンもあの時のこと、謝りたいみたいだしな」
「わかった、じゃあルザックさん、またね」
ルザックと別れ、配達が完了したニータはサリの店に戻った。
一方のディアはもう一つ仕事があるということでランスから少し離れた森の中に入っていた。
目的の場所は――以前は森の奥深く、魔法の結界を張って人々から見えないようにしていた。
だが今は奥に入った泉のふもとにあるとわかり、迷うことなくたどり着くことができる。
「リカルド様、入りますよ」
ディアは慣れた手つきでドアを開け、室内に入る。
青い髪の魔法使いリカルドは机に伏していた態勢から身体を起こし、メガネを指で釣り上げた。
「……おう、寝てた」
「見ればわかりますよ。これ、依頼主からもらった諸々の薬代です」
ディアはテーブルの上に金の入った袋を置いた。リカルドはそれを受け取ると「毎度ごくろうさん」と言って硬貨をお駄賃としてディアに手渡した。
「そもそもリカルド様がランスに住めば、ここまで歩いて来なくても済むし、薬が欲しいヒトだってすぐに手に入って助かるのに」
「はぁ? ……イヤだっ、ヒト混みなんか嫌いだもーん、っていうか、マジでヒトって大変だよなぁ。風邪は引く、病気になる、ケガはする……おかげで俺は毎日薬作りだ」
「それが生きてるってことですからね。それに薬売ってパン代稼げてるんですから、いいじゃないですか」
ディアがフンッと鼻を鳴らして答えると、リカルドは「ちっこいくせに哲学的なことを言うじゃねぇか」と笑った。
「ところでよ、今日は俺の大好きパンないの」
「今日はサリさんが多忙で焼けませんでした。今、急ピッチで城の建設が進んでるんで」
「チェー、不便っ、ホンット不便! 魔法使えればちょいちょいと建設だってできんのによ」
リカルドは立ち上がると「あーあー」とブツブツ言いながら部屋の奥に顔を洗いに行った。
そんな後ろ姿を見送り、ディアは「ルディに怒られますよ」と苦笑いしながら、こっそりつぶやいた。
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