第5話 変態

 先程再度廊下を見てきたが、例の繭に変化はなかった。

 窓から外を伺うと、巨大船の天井に映った空は白み始めていた。

(まったく、よくできているよ……)

 ラディリアスは倒れるようにベッドに身を預けた。



「そなた、大丈夫か? 包帯を変えるゆえ起きろ」


 身体に何か重いものが乗っている。

 ラディリアスは睡眠の邪魔をされ、うめきながらうっすら目を開けた。


「起きたか? あ、しまった急いできたゆえ服を着るのを忘れた」


 目の前に、金髪の美女がいた。全裸で自分に乗り上がっている。


「え? は? 誰だお前っ……く!」


 ラディリアスは一瞬で覚醒し、起き上がろうと手をついて痛みに顔をしかめる。

 人間はこの船に自分しかいないはずだ、おかしい、この女、どこからやってきた?

 しかも訛りも何もない完璧な言葉を話している。祖国から潜り込んだか?


「あ、私だ。逃げないでくれ!」

「全裸の女に乗られたら逃げるだろう。陛下に見られたら私の……祖国が危うくなる。どこから着いてきた?」


 儀式の時のナイフを手に取ると、身を翻してベッドの上に戻り、女を床の上に引き倒した。


「今すぐ吐けば命くらいは見逃してやる」

(不覚だ……部屋に入られて乗り上がられるまで気がつかないなんて!)

「怒った顔もなかなかいいな? 暴れると傷が開くぞ。やはりそなたを手っ取り早く食糧にしなくてよかった」


 ラディリアスは文字通り硬直した。

 女が発したのは一度聞いたことのある台詞だったからだ。


「今日は私にとって特別な日。今日より、伴侶と同じ本当の姿を得ることができる。だから人間と同じ姿になった。食性や文化も何もかもが変わる」

「え?」

「重いし床が冷たいからいい加減退かないかラディリアス。やっと同じ音を発することができて名が呼べるな」

「なんですって?」


 彼女は身を起こしたのち、ラディリアスの替えのローブを羽織って己のこめかみを指差した。


「そなたを拾った時、ここをスキャンさせてもらった。あと、そなたの部下も何人か。だから人間の生活様式はわかっている」


 改めてその姿を目に焼き付ける。

 腰までのハチミツのような髪と鳶色の瞳。気の強そうな目元もほのかに色づいた唇も、それら全てが彼の好みで言葉を失う。

 

「そなたの血を取り込み、同じ種族の身体に作り変わったのだ。あの姿は先代が伴侶に選んだヴルギルアという種族の姿だ。先代がなぜあのような姿の男を伴侶に選んだのか……この部屋を見るとわかるだろう。先代は元々ヒューマノイド型の民族の姿であった。生活様式にも合わない大きさで血肉を食らわねば使い物にならない身体など不便で仕方がない。先代は適切な異星人と出会えなかったのだろう。時間切れと言うやつだ」

 

 息もつかずに一気に捲し立てた。

 

 彼女の手が伸びてきて、ラディリアスの右手を取った。彼女は小さく微笑んだ。

 心臓が跳ねた。


「伴侶の姿になるのです?」

「そうだ。これが本当の姿だ」

「他の皆はどうなっているのですか?」

「同じような姿になった。多少見た目は違うがな……見た方が早いか」


 言うなり女王はラディリアスを廊下に引っ張っていった。人間と同じ姿の娘が歩いている。もちろん、侍女のような服を着て。


「ふむ、ずっと見下ろしていたが、見下ろされるのも悪くないな」

「ずっと伺いたかったのですが……」

「なんだ? 申してみよ」

「女性ばかりでどうやって種族を繋ぐのです?」


 部屋に戻ると、彼女はベッドに腰掛けて足を組んだ。


「伴侶を持って有性生殖するのは女王だけだ。女王は何人か子を産むことができる。女王の娘や孫は単為生殖をする。だが、いずれそれもできなくなり、次代の女王が生まれる。それが私だ」


 すぐ隣、ベッドの上をぽんぽんと叩いた彼女に引き寄せられるように隣に腰掛ける。

 華奢な身体だ。先程随分と無体を働いてしまった。急に心配になってラディリアスは謝罪の言葉を口にする。


「あの、先程はすみませんでした。お怪我はありませんでしたか?」

「存外頑丈にできている。問題ない。それよりいきさつを詳しく話せずすまなんだ。掟なんだ……」

「構いませんよ」


 困ったように言う姿がかわいい。どうすればいい?


「そなたの兄は……私が言うのもどうかと思うが、こんな文化の違う種族に人質として実弟を送るなんてどうかしている」


 彼女はこちらを見上げてにこりと微笑んだ。


「明日、乗り込みに行こう。せっかくだ、部下も何人か引き抜いてこい」

「とてもいい考えですな」

「その前に一つ、頼みがある」

「なんでしょう?」

「名が欲しい。人の言葉で発することのできる名前が」


 ふむ、とラディリアスは考え込んだ。以前の姿は凶暴なスズメバチそのものであったが、今やかわいらしいミツバチにしか見えなかった。

 彼は女王の腰に手を回した。


「メリッサ、という名はどうです? 私のことはラディと」

「気に入った」


 了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女王蜂 矢古宇朔也 @sakuya_yako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ