ハラルト・スマルンの手紙の発見と、パン工房のお祭り騒ぎに関する短い考察

 ニワラ2世の治世において、首都ニニシアで王権が757年3月から9月まで停止していたとされる問題に関して、現在記録に残っていることは少ない。

 これはおそらく、当時の王家が本件に関する記録の大半を破棄したためだと思われる。更に、その10年後の七六七年にはにパレート朝自体が滅亡しており、辛うじてニニシアに残っていた記録もその際に散逸・消滅したと思われる。

 そのため、当時の状況については、周辺都市に残る文章資料や、僅かに残る考古資料から推測するしかない。今回は新規に発見された資料に基づき、この王権停止問題についての考察を加えようと思う。


 1820年1月、ラゲラ県の農家の蔵から、古い金属の箱が発見された。古くは魔法的に保護されていたと思われる金属の箱は、表面こそ朽ちて見えたものの封印は厳重にされており、中からは劣化の少ない羊皮紙の束が発見されている。ハロア大学のヤン・カーラー教授によると、おそらくは100年ほど前までは魔法効果は残存していたと思われ、当時の一流の魔法の使い手により施された封印ではないのかと推測されている(ただし、術者の詳細については今後の研究を待つ必要がある)。

 全部で二十枚ほどの羊皮紙は全て、当時のニニシア在住のハラルト・スマルンという名前の男による手紙文だと思われる。手紙の内容から見て、ハラルトはニニシアで働く上級商人だと思われ、そのほとんどは他の商人に向けた取引の依頼で占められていた。これらの手紙の一つ一つは当時の庶民の生活や経済交流について重要な示唆を持っているが、ここではその中の一通についてのみ注目してみよう。


 757年2月2日の、キルシュという人物に宛てた手紙(残念ながら、このキルシュという人物については特定されていない。商会などの所属についての記述がないことから、おそらくは親しい友人で有ろう)の末尾に、以下の記述があった。


『パン工房がお祭り騒ぎとなっていて、鉱石の発送が少々遅れそうだ。また連絡する。よろしく』


 この手紙自体が羊皮紙1枚に収まるような短い手紙であり、しかも、そこまでの文章は時候の挨拶や家族の状態などを伝える内容が大半で、かなり唐突に思える。

 しかも、仮にパン工房がお祭り騒ぎとなっていたとしても、鉱石の発送とはあまり関係があるとは思えない。


 結論から言うと、このパン工房のお祭り騒ぎというのは、検閲を恐れて曖昧に書いている何かを暗喩しているのではないか、と筆者は考える。

 既に知られていることであるが、ニワラ2世はこの前の年の春から強い体調不良を訴えていたことが分かっている。まだ25歳の青年と言えるような王が病弱であり、皇太子もまだ決定していない状況で、ニニシアには将来に対する強い不安の空気がたゆたっていたことは想像に難くない。また、前年756年は、他国では農作物が不作となっており、ニニシアにおいても同様であったと想像される。

 実際にパン工房で何らかの事件が発生していた可能性もあるが、どちらかと言えば、反王家派の存在などを仮託している可能性が高いと筆者は考えた(例えばパン工房にその中心的存在がいた、というのも考えられるが、わざわざ直接的に書く可能性は低いと想像する)。つまり、この『パン工場のお祭り騒ぎ』というのが何らかの暴動を指しており、それにより王都の治安が乱れており、鉱石の発送がすぐには出来ない状態ではなかったのかと。


 王権の停止については既に先行研究があるため、本稿では深くは分析しない。ただ、この年の9月には3歳のニワラ3世が即位しており、重臣のほとんどがこの時期を境に歴史上から姿を消していることから、大きな政変があったというのが共通する見方であることを確認しておく。

 従来は王権が停止したと思われる3月に突然のクーデターがあったと推測されていたが、この「パン工房のお祭り騒ぎ」の内容如何では、突発的な事態ではなく、以前からかなり明白な問題があったのではないか、と推測できる。


 ただし、この考察には一つだけ大きな疑問がある。

 他ならぬハラルト・スマルン本人が何者かという問題である。

 手紙の内容からは上級商人だと思われると記したが、では何故、この取るに足りない男の手紙が、これほどの厳重な魔法で封印されて保管されていたのだろうか?

 おそらくは手紙の宛先と内容を個別に分析していくことで、その問題を解き明かしていく必要がると思われる。

 ここでは現状の発見と筆者の想像を、短い論考として発表するに留めておく。

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ワンライ作品集 雪村悠佳 @yukimura_haruka

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