けーすおーばー!

「やあ」


 私たちが揃った大広間の両開きのドアを開けると、麗華は腰に手を当てて軽く胸を張って見せた。


「探偵の私が全ての謎を解く時間だよ」


 そう言って縦ロールの髪の毛を揺らして見せる。

 私は隠す気もなくあからさまに面倒くさそうな溜め息を吐いた。そもそも縦ロールのお嬢様というのを見たことがあるだろうか。少なくとも私は麗華と出会って初めて見た。あのスタイルは漫画の表現ではなくて実際に再現できるものなのかと随分と感心した。さすがにドリルにはなっていなかったが。


「わざわざこんなところに集めて何がしたいんだよ」


 ドアにいちばん近いところに座った馬場が、名前通りの長い顔を少し歪めてみせた。

 そう、しかももっと気に食わないことに、麗華の家は本当のお金持ちである。

 そもそもこんな長テーブルを備えた大広間なんてものがある家も珍しい。そのテーブルを囲んで、今日のパーティに来ていた全員が集められている。麗華を入れて全部で八人。同級生ばかりだ。


「そうだ、俺なんて付き合いで呼ばれたばかりなのに」


 文句を言っている後藤は、縦にも横にもでかいという印象だ。が少し前にご馳走を二人分ぐらい食べていたことは触れずにおこう。


「早く終わらせて欲しいね」


 眼鏡に手を触れながら言っている七三分けは東山。この見かけだと学年トップの優等生に見えるが、実はそうでもない。一位は誰かって? 麗華だよ麗華。


「わ、私なにも知りません……」


 小柄で中学生っぽく見える千和が不安そうに言う。なにも知らないって台詞は何か知っているフラグだよ?


「ははは、何も知らないって言ってる子に限って何か知ってるんだけどね」


 麗華が愉快そうに言う。何がそんなに楽しいんだ。そして私のモノローグと重複させるな。


「みんな何を言ってるのよ!」


 拳をぎゅっと握りしめて叫んだのは中浜。ショートカットで陸上部。なんというのか、麗華とは別の意味で、普段は若干めんどくさい。


「河崎があんなことになったというのに……」


 俯いて目をこする。


「そうだよ、山田もちゃんとやりなよ」

 私が言うと、麗華が一瞬だけきっと私を睨んだ。


「山田って呼ぶな和田-!」


 山田麗華である。

 どんなに着飾っても苗字だけは変えられない。結婚したら変わるかもしれないが高校1年生にそういう話はない。


「まぁ、謎は全て解けたのよ」


 そう言ってもう一度胸を張って見せる。少し揺れた。私にはあんな揺らし方は出来ない。ああ、腹立つ。非常に腹立つ。


「だったら早くしてくれよ」


 後藤がもう一度面倒そうに言って、テーブルクロスを少しなぞった。


「ていうか、全員集める必要あるのか?」

 馬場が言う。


「集めないと駄目なのよ」

 そう言って麗華が人差し指を立てて突き出す。

「だって、犯人はこの中にいるんだから」


「えーーー!?」

 中浜が大きな声を上げた。

「私の推理力をもってすれば簡単なことよ」

 そう言いながら、後ろ手でドアを閉める。

「……わ、私じゃないです……」

 千和がまた不安そうに小声で言ってうつむいた。

「本当かよ。僕でも分からないのに」

 東山が眼鏡を押し上げる。

「とにかく話を進めようよ山田」

「山田って言うな」

 突然低い声で言われた。おー怖い。


「いい? みんな聞いて、ここからがクライマックスよ」

 自分で宣言されても。


「単純なことなのよ。河崎がヤられた時、みんなアリバイがあったって言ってたよね」

 ヤられたってもう少し言葉を選んでください。

「その時の証拠って、5時のグランドファザーズクロックの音だよね」

「ああ。すごい置き時計だな」

 馬場が頷く。私も背後を見た。

 大きなのっぽの古時計だ。私も実物は初めて見たかもしれない。


「じゃあ、その時計がずれていたとしたらどう?」


 麗華はにやにやと私たちを見回す。


「昔のミステリーじゃないんだから、今時腕時計もスマホもみんな持ってるだろ」


 東山が言った。


「忘れた? パーティの最中に水槽の中のプレゼントのつかみ取りとかやってたよね」


 ああ、確かに意味が分からないと思っていた。

「そして、時計がずれていたとすると……」

 麗華はドアを薄く開けると、隙間からホワイトボードを差し込んできた。

「時間をずらした時に、アリバイが成立しなくなるのはこの3人。そしてその中で、後で時計をこっそりと戻す時間があるのはこの一人だけ」

 妙にきれいな字で書かれた図を指さしながら語りかける。

「そして、そもそもつかみ取りを提案するのはあなただったよね? ――千和」

 まっすぐに千和の方を指さした。

「河崎を手に掛けたのは貴方よ、富士見千和!」

 私たちの視線が一斉に千和の方に向いて、しばらく沈黙が訪れた。


「はいはいはい、正解正解」


 部屋の隅っこにいた三つ編みの女の子がて、ぱちぱちと拍手をした。

「だから私に謎を作らせたって駄目だって言ったのに」

「いや、河崎は頑張ったわよ」

 私はぽんぽんと肩を叩いた。

「すまんのう和田さん」

 河崎が感謝する。何故その口調。

「あと、中浜もノリノリで演技しすぎ」

「だってさ……誰か盛り上げないと駄目だし」

「後藤はやる気なさすぎ」

「面倒だろ」

「東山と馬場もお疲れさま」

「さんきゅ」

「千和、犯人役めんどうなのごめんね」

「……もうやりたくないです……」


 みんなで苦労をねぎらい合う中、私は麗華に言った。


「満足?」

「もう一ひねり欲しかったけど面白かったわ」

「……なんでパーティを開催するたびに探偵ごっこさせるのよ」

「楽しくありません?」

「麗華は楽しいわよね」


 私の親友は、とても面倒くさい。

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