Welcome Home、Music Hour
学校から帰ってくると、部屋の入口の脇のスイッチを入れる。
天井についた蛍光灯が、ちかちかと何度か点滅してから点灯して、私のやや殺風景な部屋を照らし出す。枕元に引き出しのついたテーブル。真ん中に机と椅子。床は少し散らかっている。壁沿いの本棚の上には、サングラスをかけたひまわりの人形が乗っている。
そして、机の上には古い黒いラジオが載っている。
タッチパネルどころかボタンですらない、小さなレバーを爪で動かすようなスイッチを入れる。
時代の流れに逆らうかのような、まして女子高生とは釣り合わないような古めかしい機械が、何故かとても心地よくて。
スイッチを入れるとDJの話し声が聞こえてくる。最初は低い砂嵐のような雑音が聞こえたが、ダイヤルを回すと徐々に音が鮮明になって、やがてDJの話し声が聞こえる。
毎日この時間になると流れてくる、声の低い男の人の声だ。顔を見たことは当然ないし、名前もJJというイニシャルしか名乗らない。年齢も分からない。
ただ、その話し方からすごく優しそうな人だとずっと思っている。
この人に会ってみたい、と思ったのが私にとっての初恋だったのかもしれない。
全く知らない人なのに、何故か「さん」とか付けずに「JJ」と呼び捨てで呼びたくなる、その人はどんな人なんだろうか、会ったらどんな感じで声を掛けてくれるんだろうか、そういう妄想を何度もしてきた。
窓の外は今日も星空が広がっている。街明かりとかはこの窓からは見えない。きれいな星空と言えども正直言えば毎日見ていると少し飽きは来る。
JJが期待の新曲だと言って、「雪吹雪」というアーティストの曲を紹介した。3人組でこの曲がデビュー曲だと説明している。流れて来た音楽は、いかにもJJが好きそうだなと思うようなシンプルなスリーピースバンドの曲だった。
今日も椅子の背もたれに背中を付けて、少し上を見上げる。
かたかたと微かに音がするのは、本棚の上のひまわりだ。このひまわりは音を聞くと体を揺すってリズムを取る。それの何が楽しいんだろうと自分でも思うが、何故か嫌いになれない。
少し目を閉じて、音楽に身を任せる。
音楽が終わりかけると、後奏にJJの声が重なる。まだ知名度がないけどきっと売れると思う、応援して欲しい、これからもこのバンドの曲はかけていきたい、と言った。自分の青春時代の思い出に重なる部分があるらしい。青春時代、と言うからにはJJはそれなりの年なんだろうか。
――JJのことはよく分からないけど、雪吹雪のことはその後何度もJJが紹介しているから知っている。
4曲目の「白い息」がドラマの挿入歌になって少し話題となり、その次の「両思いのシーソー」がスマッシュヒットを飛ばす。しかしどうやらそれがピークだったらしく、その後は数曲を出しただけで解散。ボーカルがソロになってから2曲ほど別の曲を出していたらしいが、その後のことはよく分からない。
「JJ、ラジオを切って、照明を付けて」
DJの名前にちなんで付けたAIに椅子から音声で指示を出すと、部屋の天井と壁が淡い光に包まれた。
蛍光灯も、黒いラジオも、みんなイミテーションだ。蛍光灯は見た目をそのようにしているだけで、実際には単なる電子証明だし、付ける時に点滅する様子は単なるギミックにすぎない。ラジオに至っては、そもそもラジオの電波なんて飛んでいない。ただ船内のサーバに色々な過去の放送のアーカイブを参照しているだけにすぎず、ダイヤルを回しているのはただ、切り替える時にそれっぽい雰囲気を出しているだけだ。
わざわざそんなものを作っているのは、故郷の星の文化を忘れないように、だと聞いた。私が黒いラジオを選んだのは単なるレトロ趣味だけど。
放送順だってランダムだし、そもそも断片的にしか残っていない。だから突然、聞き慣れたアーティストがもうすぐデビューしたり、知らないうちに解散していたりする。
この宇宙船が故郷を離れたのは、私が生まれる前、もう100年以上も前のことだ。
JJも、雪吹雪も、既に間違いなくこの世の人ではないだろう。
窓の外には、今日も星の海が広がっている。
移民船の目的地まではまだ100年は掛かると聞いている。おそらく、私の世界はこの宇宙船の中のままで終わってしまうのだろう。
そろそろ夕食の時間だろうか。
椅子から立って部屋の入口に向かうと、密閉の強い自動ドアがしゅっと空気の音を出して開いた。
「JJ、また明日」
私の後ろで部屋が真っ暗になり、ドアが閉じた。
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