第4話 登校準備とはじめての学校

 学校に入学することを決めたわたしは、アレッドと町で必要なものを買うことになった。お買い物は楽しいけれど、町にでることは少しだけ怖い。


「あの子ってうわさの人間の娘よね。細くて貧相な体ねぇ」

「ママ見て。へんな子いるよ。毛がなくてつるつるだよ」

「まぁ、みにくい子だこと」


 町にでると、いろんな人の声が聞こえる。わたしの姿が他の人とはちがう、みにくい人間の娘だって、ささやく声。あまり聞きたくない声なのに、どうしても聞こえてしまう。わたしのことをじろじろ見たり、クスクス笑っていたりする人もいる。

 いやだな……。顔をあげられなくなってしまうよ。


「ユーナ、下を向くな。前を見ろ」

 

 うつむくわたしの背中を、アレッドがぽんぽんとたたいた。顔をあげると、アレッドがわたしを優しいまなざしで見つめていた。


「ユーナ、学校でもずっとうつむいているつもりか? 背筋を伸ばしなさい」

「アレッド、でも……」

「うつむいてると、悪口を認めたことになるぞ。ユーナはオレの娘だ。堂々としていればいい」


 力強い言葉だった。アレッドの思いが伝わってくる。

 たしかにわたしは他の人とはちがうけれど、アレッドに大切にしてもらってることは本当だよね。ならせめて顔だけは上をむいていたい。

 がんばって顔を顔をあげると、アレッドは優しくほほえんだ。


「いい子だ。さぁ、通学用のバッグを買いにいこう。あとは文房具もそろえないと」

「うん!」


 風がふわりと、わたしの髪の毛をなでつけた。そよぐ風も、わたしを応援してくれてるみたい。


 ***


 一週間はあっという間に経って、いよいよ初めての登校日となった。私ひとりの入学だから、今日はアレッドといっしょに学校へ行き、先生とクラスの子たちにあいさつだけすることになってるの。

 校門前につくと、さすがに緊張してきた。体もかすかにふるえているのがわかる。


「怖いかい、ユーナ」

「うん、ちょっとだけ」

「初めての学校だから当然さ。少しずつ慣れていけばいい」

「友だちできるかな?」

「ユーナならきっと大丈夫だ」


 軽く深呼吸をして、アレッドの言葉を胸に校門をくぐった。

 

「わたしが担任教師のオーレンです。あなたがユーナですか?」


 わたしの担任の先生は、オオカミの獣人の先生だった。つんと伸びた鼻に、すらりと高い身長。耳がぴんと立っていて、スーツがとてもよく似合っている。きらりと光る目が少し怖いけれど、すてきな先生だ。


「ユーナ、あいさつ」


 アレッドに背中をこづかれて、あわてて頭を下げてあいさつをした。


「オーレン先生、はじめまして。ユーナです。よろしくお願いします」

「しっかりあいさつできるお子さんですね。こちらこそよろしくお願いします」


 オーレン先生は表情を変えることなく、わたしのあいさつに応えてくれた。

 先生は人間であるわたしを見ても、なんとも思わないのかな。オーレン先生がわたしのことをどんなふうに思ってるのかよくわからなかった。


「今日はクラス代表の子が迎えに来てくれてます。その子といっしょにクラスへ行きましょう。お入りなさい、キレッタ」

「はい。失礼いたします」


 扉を開けて入室してきたのは、こがね色の毛並みが美しいキツネの獣人の少女だった。瞳の色は青く、とてもきれいな子だって思う。


「わたくしがクラス代表のキレッタですわ。あなたが、のユーナですわね?」


 ていねいなあいさつだけど、「人間」という言葉だけ強めにいっているように思えた。気のせいかな?


「はい、わたしがユーナです。キレッタさん、よろしくお願いします」

「キレッタとお呼びになって。同じクラスになるんですもの。それにしてもでもちゃんとあいさつできるものなのですね。おどろきましたわ」


 上品な言葉使いで、うふふと笑うキレッタは絵本で見たお姫様みたいだ。お嬢様なのかな。なんとなく言葉にとげがあるように思うけれど、きっとわたしの思い過ごしよね。


「ではユーナ。わたくしと共にクラスへまいりましょう。みんな、あなたが来るのを楽しみにしてますのよ」

「はい」


 いよいよ同じクラスの子たちに会えるんだ。どんな人がいるんだろう? ちゃんとあいさつできるかな。友だち、たくさんできたらうれしい。

 ああ、期待と不安で胸がいっぱいだ。

 キレッタとオーレン先生に案内してもらいながら、教室へとむかった。到着したクラスは二階の一番奥にあった。にぎやかな生徒たちの声が聞こえてくる。


「ユーナ、こちらがわたくしたちのクラスとなりますわ」


 キレッタが優雅ゆうがな動きで教室を指さした。キレッタは歩く姿もきれいで、本当にお姫様みたい。


「ユーナはこちらで待っていなさい。先生が呼んだら入室するように」

「はい」


 オーレン先生が教室の扉を開けると、ぴたりと静かになり、生徒たちはすぐに着席した。


「みなさん、おはよう。今日から同じクラスになる子を紹介します。ユーナ、お入りなさい」

「は、はいっ!」


 オーレン先生に名前を呼ばれると、体がびくっとふるえた。すぐに入室しないといけないのに、足が固まって動かなかったの。ここまで来れたのに、どうしよう?

 すがるように後ろをふりむくと、アレッドが少し離れたところからわたしを見守ってくれていた。


「大丈夫だ、ユーナ。がんばれ」


 声は出さないけれど、アレッドは視線でわたしに勇気をだせと伝えてくれてように思った。

 ありがとう、アレッド。おかげでがんばれそうだよ。

 がらりと扉を開けると、その場でぺこりと頭をさげた。


「は、はじめまして! わたし、ユーナです。人間のユーナです。よろしくお願いします!」


 顔をあげると、獣人の生徒たちがわたしをじっと見つめていた。

 わたしにとってはじめての学校。そして同じクラスの生徒たち。

 どんな出会いになるんだろう? 怖いけれど、楽しみでもあるんだ。

 学校でわたしだけの夢、見つかるといいな。

 どうか楽しい学校生活になりますように。



 

 ******



 獣人の国ライドラに、たったひとり迷い込んだ人間の少女ユーナ。

 もふもふでゆたかな毛並みが美しいとされるライドラで、ユーナはみにくい人間の娘でしかありません。記憶を失っているユーナもまた、自分はかわいくないと思っています。

 けれども少女は知らなかったのです。

 ぱっちりと大きな瞳に、さくら色のくちびる。さらさらの長い髪に、すべすべの肌。人間としては、とても美しい少女へと成長していることに、ユーナはまだ気づいていませんでした。

 これは獣人の国で、たったひとり生きる人間の少女の物語。

 獣人の国のユーナには、どんな運命がまっているのでしょうか?

 

 


 





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みにくい人間の娘〜獣人の世界で、今日も私は元気です〜 蒼真まこ @takamiya777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ