第3話 今夜は少しだけ

 楽しい食事をおえて、二人でかたづけをすませると、順にお風呂に入る。その後はそれぞれの部屋で休むのが一日の終わり。


「おやすみ、ユーナ。いい夢を」

「おやすみなさい、アレッド」


 アレッドとはずっといっしょの部屋で寝ていたのだけれど、二年ほど前に個室を用意してもらったの。


「ユーナは女の子だから、そろそろ寝る場所を別にしたほうがいいと思うんだ」


 わたしはずっとアレッドと寝ていたかったんだけどね。なんで部屋を別にしないといけないんだろう? ひとりで過ごせるようになることが、大人になるってことなのかな。

 枕と布団を整えると、ベッドにごろんと横になった。


「学校かぁ。いろんなことを勉強できるのって楽しそう」


 文字の読み書きとかお金の計算とか、一通りのことはアレッドに教えてもらった。自分でも本を読んだりして勉強は続けているつもり。でももっと勉強したいって気持ちはあった。学校なら面白い本もたくさんありそうだもの。


「でも、他の子に受け入れてもらえるかな?」


 わたしの一番の不安は、同じ年頃の子たちと仲良くやっていけるかどうかだった。もちろんわたしはみんなと楽しくしたいし、友だちもほしい。でも他の子たちはどうかな? 人間であるわたしのことを、あまりよく思ってない人は多いと思うもの。


「ちょっとこわいな……。学校に通うのって」


 こわいなら、この家の中にずっといたほうがいいんじゃないかって思う。今の生活も楽しいから。でもアレッドはもっと多くのことを学んで、夢を見つけてほしいっていってた。


「夢……わたしの夢ってなんだろう?」

 

 夢をもてって急にいわれても、正直よくわからない。アレッドとずっといっしょにいたいと思うことが夢です、っていったらダメなのかな?

 ベッドの上でごろごろと体を転がしながら、学校とこれからの毎日を考える。

 そうしたらその晩は、眠れなくなってしまったの。しばらくの間はがんばって寝ようとしていたけれど、どうしても無理そうだった。


「アレッドといっしょに寝たいな、昔みたいに」


 今夜は少しだけ、アレッドに甘えたい。そうしたら学校へ入学する勇気がもてそうだもの。

 枕だけを抱えると、静かに部屋をでた。むかったのは、アレッドの部屋。

 音をひびかせないように、そっと扉をノックした。アレッドがぐっすり寝ているなら、自分の部屋に戻ろうと思ったの。

 こん、こん。

 かすかな音が鳴ると、扉の向こうからアレッドの低い声が聞こえた。


「ユーナか? 入りなさい」


 すぐに返事がした。アレッドはまだ寝てなかったのかな?

 しずかに扉を開けると、わたしのより一回り大きいベッドの上にアレッドが座っていた。窓からさしこむ月の光が、アレッドの銀色の毛並みをきらきらとかがやかせている。

 ああ、アレッドはきれいだなって、こんなとき思う。


「ユーナ、眠れないのか?」

「うん……。あのね、今晩だけいっしょに寝てもいい? 明日からは自分の部屋で寝るから、今日だけは。ダメ、かな?」


 枕を抱きしめながら、おずおずとお願いすると、アレッドは優しくほほえんだ。


「今日はユーナの誕生日だからな。特別だぞ?」

「うん!」


 お気にいりの枕をかかえ、アレッドの布団にもぐりこむ。アレッドの銀色の毛が鼻の先をくすぐる。アレッドの体はね、草原の香りがするの。わたしにとっては大好きな香りなんだ。


「ユーナ、食事の時に話したことなんだが」


 布団の上からわたしの体をぽんぽんと軽くたたきながら、アレッドが話し始める。昔はよくこうやって寝かしつけてもらったっけ。なんだか小さな頃に戻ったみたい。


「ユーナを無理に外の世界に引きずりだすつもりはないんだ。ユーナにとっては、きっとすごく勇気がいることだと思うから。オレは今、荷物の運搬や警護の仕事をしているが、危険が絶対にないわけではない。もしもオレが、帰ってこなかった場合……」

「そんなの絶対にイヤっ!!」


 がばっと布団から体を起こし、さけんでしまった。

 アレッドがこの家に帰ってこないなんて、絶対にいやだ。考えたくもないよ。


「落ち着け、ユーナ。もしもの話だ。おまえひとりを置いていくつもりはないから安心しろ」

「よかった……」


 アレッドはもしもの話をしてるってわかるけど、わたしには怖すぎる話なんだもの。


「オレの身になにかあったときのことも、考えるべきだと思ったんだよ。仕事によっては数日家を空けることだってあるかもしれない。そんなとき、ユーナひとりでも生きていけるように、将来への夢や目標をもってほしいってオレは思う。そのためにはユーナが学校に通うことは必要だと考えた」


 アレッドはわたしの将来のことをすごく考えて、学校に通えるようにしてくれたんだ。


「だがな、ユーナが学校にどうしても行きたくなければ、無理に行くことはない。おまえが嫌がることを無理に押しつけたくないから」


 アレッドの黄金色こがねいろの瞳が、わたしを優しく見つめている。

 アレッドの目を見ていると、小さいときのことを思い出す。

 ライドラに来て、アレッドといっしょに暮らすことになったころのこと。わたしはどこのだれなのか、ここはどんなところなのか、なにもわからなくて毎日泣いていた。わたしがあまりに泣くものだから、アレッドは困ってしまって、いろんな方法でなぐさめてくれたの。


「ユーナ。腹が減ってるのか? おやつ食べないか?」

「オレといっしょにあそぼう。おもちゃ買ってきたぞ」

「どうしたら泣きやんでくれるんだ? さっぱりわからん……」


 泣きじゃくるわたしが落ちつくまで、アレッドはずっとそばにいてくれた。夜寝るときも、わたしが眠るまで体をとんとんと軽くたたき続けてくれて。赤ちゃんみたいだけれど、そうしないと寝なかったんだって。すすり泣きながら眠るわたしを抱っこひもで背中におんぶして、仕事にも行っていたみたい。きっとすごく大変だったと思う。

 やがて草原や花畑に散歩につれていくと、わたしが泣きやむことに気づき、それからは毎日散歩につれていってくれた。わたしが草や花を見るのが好きだとアレッドは思ったようだけれど、本当はちょっとだけちがうの。

 草原に立つアレッドが、とても美しくて、かっこよかったから。風にそよぐ銀の毛並みが、きらきらと宝石のようにかがやいていたんだもの。アレッドを見ていたら、泣くことさえ忘れてしまう。

 この人のそばにいたい。ずっといっしょに。

 そう思った日から、わたしは泣くのをやめた。体は小さいけれど、アレッドのためにできることをがんばろうって思ったの。毎日泣いていたら、なにもできないものね。

 やっと泣かなくなったわたしに安心したアレッドは、様々なことをわたしに教えてくれた。わたしひとりでもなんとか生活できるようになると、アレッドは朝から仕事にでかけ、わたしはアレッドの帰りを待つようになったの。

 わたしが今こうして生きていられるのは、すべてアレッドのおかげなんだ。

 わたしの親であり恩人おんじんでもあるアレッドが、わたしの将来のことを心配して学校に通えるようにしてくれた。ならわたしも、少しは勇気をだしてみるべきなんじゃないかな?


「アレッド、わたし、学校に通う。がんばってみるね」


 せいいっぱい笑顔を見せながら、アレッドに思いを伝えた。勉強することは嫌いじゃないし、もっと多くのことを知りたいって思うもの。ちょっとだけ怖い気もするけれど、それはアレッドにはないしょ。心配させたくないから。

 するとアレッドは、わたしの体を優しくだきしめ、背中をぽんぽんとたたいた。


「ユーナはいい子だ。そしてオレの自慢じまんの娘だ。困ったことがあったら、いつでも相談するんだぞ」


 アレッドはわたしの思いをすべてわかってくれている。そう思ったら、また泣いてしまいそう。ちっちゃなころみたいに。

 でも、だめ。ここで泣いたらまたアレッドを困らせてしまうから。


「ありがとう、アレッド」


 がんばって学校に通ってみよう。アレッドのために、そしてわたし自身の未来のために。


 

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