第2話 学校って、どんなところ?

「あっ、アレッドが帰ってきた」


 アレッドが仕事から帰ってくると、足音でわかる。アレッドは体が大きいから、足音も大きいの。地面をふみ鳴らすような音だけれど、わたしはアレッドの歩く音も姿も好き。だって安心するもの。


「おかえりなさい、アレッド」


 扉を開けてアレッドをおむかえすると、アレッドはうれしそうに笑った。かがやく銀色の毛並みが気持ちよさそうに風に揺れている。


「ただいま、ユーナ」

 

 アレッドは両手いっぱいの荷物を抱えて帰ってきた。

 こんなにたくさんの荷物、どうしたんだろう?


「たくさん荷物あるね。なにかあったの?」

「今日はユーナの誕生日だろう。お祝いの品に決まってるじゃないか。誕生日おめでとう、ユーナ」


 たくさんの荷物は、わたしへの誕生日プレゼントだった。中を見ると、わたしが欲しがっていた本や編み物用の毛糸、布地などが袋の中いっぱいに入っていた。お祝い用にラッピングされてないところを見ると、わたしが欲しいと思っているものを手あたり次第に買い、どんどん袋の中につめこんで帰ってきたのかな。男らしくて、ちょっぴり不器用なところがアレッドらしいなって思う。


「ありがとう、アレッド。すごくうれしい」


 わたしがお礼を伝えると、アレッドは満足そうに笑った。


「それとな、今日はもうひとつ良い報告ほうこくがあるんだよ」

「良い報告?」


 荷物を下ろしたアレッドは、手洗いをすませ、テーブルに座った。

 テーブルの上には、アレッドが好きなお魚の香草焼きやフライ、木の実のサラダに豆と野菜のスープ、ライ麦のパン、デザートには卵とミルクのプディングなどをずらっと並べている。


「今日はごちそうだなぁ」

「うん。今日はがんばってお料理したよ」

「そうか。それはありがとう。でもオレの好物ばかりのような気がするが」

「だってアレッドに、よろこんでほしかったんだもん」

「今日はユーナの誕生日だろう? おまえの好きなものにしたらよかったんだよ」

「アレッドの好物が、わたしの好きなものだからいいの」


 アレッドは少し困ったような顔で笑っているけれど、本当のことだもの。アレッドがよろこんで食べてくれるのが、わたしは一番うれしい。


「料理はロリナおばあちゃんに教えてもらってるから、味はいいと思う。さぁ、食べて」


 ロリナおばあちゃんというのは、近所に住んでる牛の獣人の女性のことだ。足を痛めて引退してるけれど、昔は町で料理店を経営していたんだって。立つのが辛いロリナおばあちゃんのお手伝いをする代わりに、料理の作り方を教わってるんだ。


「じゃあ、いただくとしよう。ユーナもいっしょに食べよう」

「うん」


 アレッドとわたしは手を合わせ、神様にお祈りをした。食事の前は簡単なお祈りをするのがライドラの礼儀れいぎなの。


「神様、今日の祝福しゅくふくと恵みに心からの感謝を」


 祈りを終えたら、楽しいお食事の時間だ。わたしはアレッド用の大皿に次々に料理を取り分けていく。アレッドはたくさん食べるから、たっぷりのせておかないとね。


「ユーナ、食事の前に良い報告のことを話しておきたいのだが」


 アレッドはこほんと軽くせきばらいをして、一枚の紙を取りだした。


「喜べ、ユーナ。来週からおまえも学校に通えることになった」

「がっこう……? 学校って、子どもたちが集まって勉強するところだよね?」

「そうだ。遅くなってすまないが、ようやくユーナも入学できることになったんだ」


 ライドラでは子どもたちは学校に登校し、同じ年頃の仲間と共に学ぶことになっている。

 けれどライドラでたったひとりの人間であるわたしは、なかなか入学の許可きょかがでなかったの。


「われわれとちがう種族である人間の娘が学校に来ると、生徒が混乱してしまいますので」


 というのが私の入学を断る理由だった。みにくい人間の娘が、大切な子どもたちが通う学校に来るなんてとんでもない! って怒る人もいたみたい。人間であるわたしの存在を嫌がる人たちが、それだけ多いのだと思う。

 アレッドはユーナがライドラに来た以上、どの子も差別なく学べるようにするべきだと、何度も何度も学校と話し合ってくれたみたい。

 

「ありがとう、アレッド。でもわたし、無理して学校に通わなくてもいいんじゃないかって思う。この家でアレッドの帰りを待つ生活も好きだし」

 

 家の中をきれいにそうじして、洗たくをして毎日の料理を作る。近所に住むロリナおばあちゃんのお手伝いもある。どれも大切なお仕事だもの。

 

「ユーナ、家のそうじや料理などを全部やってくれるのはうれしいし、ありがたいって思うよ。でもユーナには学校でたくさんのことを学んで、広い世界のことを知ってほしいんだ。そして将来の夢を見つけてほしい」

「将来の夢?」

「そうだ。夢を見つけて将来への道について考えてみてほしい」


 アレッドはわたしに多くのことを学び、将来の夢を見つけてほしいって思ってるんだ。伝えようとしていることは、なんとなくわかる。わかるけれど……。


「みにくい人間の娘であるわたしが、夢なんて見てもいいのかな?」


 わたしはライドラでたったひとりの人間。みにくくて、ちっぽけな体のわたしには、学校に通って勉強して、夢を見ることなんて許されないんじゃないかって思ってしまう。


「ユーナ、自分のことを、『みにくい』なんていうんじゃない!」


 アレッドは突然大きな声でさけんだ。その声の大きさに、わたしの体がびくりと揺れた。


「たしかにユーナはライドラでたったひとりの人間だ。だが見た目が違うだけで、おまえを『みにくい』といっていいはずがない。おまえ自身も口にしてはいけないよ。ユーナはオレの大切な娘。「みにくい」というその言葉は、ユーナを愛するオレに対してもいっていることになるのだから。ユーナはオレのことをみにくいと思うのかい?」


 アレッドの言葉が、わたしの心に深くささる気がした。わたしが、わたしのことを見下していう言葉は、アレッドにいっていることと同じなんだ。


「アレッドとは見た目がまるでちがうことがずっと辛かったの。いつかアレッドみたいに、もふもふでふさふさの体になれるって信じてたから。でもそれは決し叶わない夢って今はわかる。だから悲しくて、自分のことを「みにくい」って思ってしまったの。アレッド、ごめんなさい……」


 アレッドを悲しませたかったわけじゃない。自分がアレッドやみんなみたいに、もふもふの体になれないのが辛かったのだと思う。


「そういうことか……。すまん。ユーナの気持ちを思いやってやれなかった」

「ううん。悪いのはわたし。アレッドは謝らないで」

「いや。ユーナもなにも悪くない。悪いのはオレだ」

「ちがうの、悪いのはわたし」

「いや、オレだ」

「ちがうよ。悪いのは……」

「……オレもユーナも、自分のほうが悪いっていってると話が終わらんな」


 アレッドと目が合い、どちらからともなく笑ってしまった。

 アレッドはいつもわたしの気持ちを考えてくれている。それがすごくうれしいんだ。


「今日のところはこのぐらいにして、まずはごちそうをいただこう」

「うん!」

「誕生日おめでとう、ユーナ」

「ありがとう、アレッド」

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