第2話

「りす。可愛いなあ、りす」

 手のひらに乗せて、ためつすがめつ、感嘆の溜息をばひとつ。

華恋かれんさんは、ヒトの子ですよ。悪しからず」

 私は、鷹揚おうように頷いてみせる。

「りすと言えば、小学一年生の時分に、一つか二つ上の女の子が、自宅までりすを見に来ないかと誘ってくれたものだっけ」

 そこで、息を呑む。

「もしや、あれが人生初ナンパか!」

「はい?」

 首を傾げている。

「私は、あいにく、海なし県の出身ですので、船のことには詳しくないのです」

 なんだか落語のような返しをしてくる。

 そうか。この子供は、小学校入学前には、親元を離れたのだった。恋のこの字も知らないまま…。そして、女狐に囲まれて、育つ…。うん? そこで、私は、首を傾げた。大丈夫なのであろうか。色々と。

「まあ、ナンパの話は置いておくとして。菫童子すみれどうじよ、この子は口を利けるのか」

「いいえ」

 元気よく答える。

「うん…」

 対照的、私は顔を青くする。

「うん? 待てよ。たとえば、相手が幼児ならばまだいい。こちらが、歩み寄れば、それで済む。しかし、そもそも言葉が通じないとなると…」

 詰んだ。完全に、詰んだ。顔を背けた先まで、とてとてと近寄り、顔を覗き込む。

「だから、それは、あなたが考えて下さるのでしょう」

「おおう…」

 頭を抱えた。そして、何やらそわそわする菫童子。

「あの、せっかくなので、お父さん御師おしとおじいさん御師にも、お目通り願いたいのですが」

 私は、眉間にしわを寄せる。

「義父ならともかく、じじいに会っても面白くも何ともないと思うぞ。この子ならばともかく、じじいは初対面の男に辛く当たる」

「やだなあ。そんなことないですよ」

 まあ、子供だしな…。鬼の貴公子だし。

「うん。それじゃあ、二人に会ってから、考えよう」

「はい」

 菫童子が自然と、私の服に掴まる。

「えっ。何この子可愛いんだけど!」

「あっ、おてて、つなぎますか?」

「おてて!」

 可愛すぎて、死ぬかと思った。いや、もう死んでいるけど。




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杜の御師と菫童子 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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