不遇な生活に耐えてまで出逢いたいか?
鬼のような形相で男を睨み付ける異母妹の母親。
フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! いや、実際には高笑ってはいないが。
「いい加減にしろっ!! わたしとお前はもう既に籍を入れている。そんなことがあるはずがないだろう。落ち着きなさい」
「へぇ……もう既に籍を、ですか」
わたしの低い声と蔑むような視線を感じたのか、異母妹の母親の背がビクリと震えた。
「そうだ! 悪いかっ!?」
「そうですわね。お母様が亡くなって、まだ喪が明けきらぬというのに。自分と血の繋がった実子と愛人親子を家に連れ込んだ挙げ句、既に入籍済み。これはこれは、随分と薄情なことで。さすが、他人を利用するのに躊躇いが無い冷酷な貴族ですこと。新しいお母様も、さぞや大変でしょうね。貴族の婚姻は、平民の婚姻とは違って、簡単に離縁することはできませんもの。それに、入籍したからと言って、貴族夫人として扱われるとは限りませんもの。妻という名目の下、家族になったのだからと使用人のように……いえ、むしろ使用人と違って、無給でただ働きさせて、奴隷のように扱き使うという殿方もいらっしゃるそうですからね。新しいお母様も、本当にお可哀想に」
「お、お前はなにを言ってるんだっ!?」
「大丈夫ですわ。新しいお母様? お父様……いえ、この冷酷な伯爵様があなた方母子にそのような仕打ちをしたとしても、わたくしが守って差し上げます」
「ほ、本当ですかっ!?」
男へ向ける怯えと警戒が、わたしの言葉へ縋るような視線に変わる。もう一押しと言ったところか。
「ええ。では、使用人として扱われないように、まずは貴族夫人としての心得やマナーを教えて差し上げますわ」
安心させるように微笑みを浮かべ、しっかりと頷く。
「ありがとうございます」
「では、新しいお母様と妹をお部屋へ案内してあげて」
と、執事に言い付けた。
「ま、待てっ!? 勝手は許さんぞっ!!」
追い掛けて来る怒声に、
「あら、伯爵様は新しいお母様が貴族夫人としての振る舞いを覚えることを、お望みではないと? やはり、娘が目的でしたか?」
そう返すと、ヒロインの父はなにも言えずに沈黙する。
まぁ、ここでわたしの邪魔をするということは、彼女を貴族夫人としては扱わないというのと同義。
とは言え、邪魔をしようがしまいが、既に異母妹の母親の心はあの男からは離れたようだけど。
✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧
こうして、わたしはドアマットヒロインのフラグをへし折り、異母妹とその母親とは義理の姉妹、義理の母子として仲良くなった。
わたしが、貴族夫人、そして貴族令嬢の常識やらなにやらをキッチリ叩き込んで躾けたお陰か、平民出身なのに弁えた後妻だとして、割と上々な評判を得ている。若干、マナー講師とその生徒っぽい関係にも思えなくもないが。
うん? ヒロインの父? 愛人だった異母妹の母親に、それはそれは警戒され、異母妹にも同じく「お父さんは、アンタを利用するつもりだから気を付けるんだよ」と言い聞かせた結果――――
うちの中では『家族』の輪に入れず、寂しそうにしている。偶に、仲間に入れてほしそうなじっとりとした視線を感じるが、そんなの知らん。今の異母妹の母親は、わたしと仲良しなのだよ。
オマケに、お母様の喪が明ける前に強引に後妻を娶った男だと、社交界での評判もガタ落ちだ。自業自得ではあるが、その影響でうちもちょっと傾いて来ている。
あれだな。わたしも、そろそろ十五歳。母方の親戚に後見人になってもらって、このクソ親父からさっさと爵位を取り上げた方がいいかもしれない。
転生者のお約束として、経営チートでがっぽがっぽ儲けて高笑いしながら左
そのためにも、もうひとがんばりするとしよう。
左団扇への第一歩として、まずはヒロイン父の排除に本腰を入れよう。
うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって?
そんなの知らん。もしかしたら、わたしじゃない、ドアマットにされている不遇なお嬢さんとでも結ばれるんじゃね?
ほら? わたしがドアマットヒロインになるフラグをへし折ったからね。
物語的には、大分破綻している。今更、わたしがドアマットヒロインとしてヒーローに拾われるという展開なんてもう、絶対にあり得ないでしょ。
つか、数年間にも渡ってのドアマットで不憫、不遇な生活に耐えてまで出逢いたいか? って聞かれると、わたしならイケメン溺愛なヒーローよりも、現在進行形での快適な生活を選ぶわ。
まぁ、でも・・・わたしが
わたしが、ヒーローに惹かれるかはそのとき次第……かなぁ?
――おしまい――
ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした 月白ヤトヒコ @YATO-HIKO
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