ファンヒーター冷やし過ぎ騒動

カニカマもどき

騒動の顛末

「クビよッ! アンタなんか、クビッ!」

 わなわなと身を震わせながら、課長はヒステリックに叫んだ。

 クビかあ。ん? クビ? クビというのは、つまり、いわゆる……

「クビってことですか?! 俺が?」

「だから、そう言ってんじゃないの!」


 水曜日の昼下がり。

 オフィス内、課長デスク前にて。

 呼び出された時点である程度のお叱りは覚悟していたが、課長の予想以上の剣幕と突然のクビ宣告に、俺は少なからず動揺した。

「まま、待ってくださいよ。少しは俺の話も……」

「話ですって?!」

 弁明せんとするその態度が気に障ったのか、課長はデスクを勢いよく叩き、カフェラテ入りのカップを震わせ、さらに怒る。


「今さら何の話をするっていうの! やったことは事実なんでしょう?! それとも何?! 『ファンヒーターをヘリから落下させて、急激に冷やして壊す』っていう、アンタのイカレた行動に、ちゃんとした考えがあったとでもいうの?!」


 *


 思い返すほど昔のことではないが。

 事の発端となったのは、ある顧客からの依頼であった。


 俺の勤める会社、『アンブレイカブル株式会社』は、主に販売前製品の耐久テストを受託している。

 テストの内容は様々であるが……大体は、その製品の使用が想定される、もしくはそれよりも厳しめな環境下において、「このボールペンはインク補充なしでどのくらい書き続けることが可能か」とか、「この物置は何kgの荷重まで耐えられるか(百人乗っても大丈夫か)」とか、そういったテストを実施し、顧客に報告している。


 しかし今回、そのファンヒーターを持ち込んだ顧客は、自信満々にこんなテストの依頼をしてきたのである。

「こいつのキャッチコピーは、もう決めてありましてね。『どんな寒さにも負けないで使える暖かさ』! これですよ! 御社には実際、どんなに寒い環境であってもこいつが動くっていう事を証明していただきたいワケでね」

 思えば、このざっくりとした、ゴールの曖昧な依頼があった時点で、いやその後からでも、テストの条件などに関する認識のすり合わせを行っておくべきではあったのだ。

 しかし、顧客は言いたいことだけ言い、ファンヒーターを置いてとっとと帰ってしまうし、電話で詳しく聴こうにもなかなか連絡がつかないし、納期は短いしで、結局、我々が思い付く限りの条件でテストをやってみようということとなった。


 で、その結果はというと。

 ファンヒーターの性能が実際かなり良かったため、社内の設備を利用したテストはオールクリア。

 日本国内で想定される最強寒波くらいなら、余裕で耐えて作動するというド根性スペックを見せつけてくれた。

 だが、これでキャッチコピー通りの性能を持つ製品として、テストを終了して良いかというと……

「いや、まだだ」

 答えは、否。

 真に『どんな寒さにも負けない』というのは、そういうことではない。

 

 だから俺は、ヘリから製品を落とすという、前代未聞の最終テストを決行。

 これにより急速冷却されたファンヒーターは、ついに性能の限界を迎え、お壊れになられた。

 よって、当該製品はキャッチコピーにふさわしい性能を有してはいなかったということで、今回のテストは終了。

 報告を行ったところ……


「そんな有り得ない状況のテストをやっておいて不合格扱いなんて、どういうことですかッ?!」

 顧客から怒りの苦情。

 俺は、それを知った課長に呼び出され……


 *


 そして、冒頭の状況に至る。

「で?! 結局、なんでヘリからファンヒーターを落としたの? ばかなの?」

 と課長。

「ええ、それを今から説明します」

 回想を挟んだおかげで、課長も俺も少し冷静になった。

 ちなみに課長は興奮するとあのような口調になるが、筋肉モリモリマッチョマンの五十代男性である。


「もちろん俺は、購入者が実際にヘリからファンヒーターを落とすと考えて今回のテストを実施したわけではありません。想定される用途に近いレベルの冷却を行うための代替策として、高所からの落下という手段をとっただけのこと」

「ふーん……それで、想定される用途というのは?」

 課長の問いに、俺は迷いなく答える。

「はい。南極です」


「『どんな寒さにも負けない』と謳うのであれば、本当は絶対零度下でのテストをクリアする必要がありますが……まあ物理的に無理なので、妥協点としては、地球上で最も寒い自然環境に耐えればテストクリアと考えて良いでしょう。つまり、極寒の南極大陸の環境に耐えれば、です」

 俺は話を続ける。

「南極の冬の平均気温は、マイナス20℃。冷凍庫の内部と同程度です。しかし、南極のボストーク基地で1983年に記録された最低気温は、マイナス89.2℃。また、ブリザードという暴風がたびたび吹き荒れることを考慮すると、体感温度はもっと低くなることを想定しなければならない。風速1mにつき、体感温度は約1℃下がりますからね。そこで……」

 俺の話は終盤に差し掛かる。

「実地……南極でテストを行うと費用も時間もオーバーしてしまうため、比較的近場で、南極の寒さに近い環境を再現すべく考えたのが、ヘリからの落下です。高所ゆえの低気圧と低気温。さらに落下時に受ける強風による体感・表面温度の低下。南極の寒さを再現したこのテストに、あのファンヒーターは耐えられなかった。だから、どんな寒さにも耐えるとはいえない。これが、今回のテストの説明です」

 あと念のため言っておくと、落下させたファンヒーターは、ちゃんとパラシュートで安全に回収した。


「……なるほどねえ」

 課長は、どうやら納得してくれたようだ。


 加えて。

 気づくと俺の近くに、例のファンヒーターを持ちこんだ顧客がやってきていた。

 また苦情を言いに来て、偶然、今の話を聞いていたらしい。

「難癖つけて不合格にしてくる滅茶苦茶な奴だと思っていたが、そこまで考えてくれていたとは……!」

 なんか、こちらも納得してくれたみたいだ。


 *


 その後、俺は無事にクビを回避し。

 あのファンヒーターは改良され、『地球上のどんな寒さにも負けない』製品として売り出されている。

 またさらに後日、そのファンヒーターを持って、課長が南極に挑むことになるのだが……それはまた、別の話。

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