第3話 残夜(ざんや)
エンジン音が響く。軽トラは走りだす。
車庫からゆっくりと車をだすと、君は右にハンドルをきる。大きな車体は右へと回転してから前進する。軽トラは1分足らずで僕らの家に到着した。その事実は僕らを大いに感動させ、僕らが旅に出ることを煽り、急かした。君は一旦車を止め、僕らは車から降りた。
「さ、急いで支度だ。ばれたらどうなるか考えたくもないや」
君は身震いをしながら言った。トラックの荷台は僕にとってはとても大きくて、何でも持っていける気がしたものだから、僕は食料や娯楽や家具までもを持って行こうとした。が、君は古いラジカセと水しか持っていなかったので、僕は驚いた。何度か説得を試みたが、こうなった時の君は絶対に言うことを聞かないから、途中で諦める。逆に、こんなに持っていってはパンクしてしまうといって、君は僕の荷物から物を減らしていき、最後は僕の荷物も水だけになってしまった。少し文句は言ったけれど、あまり大きなことも言えず、頼りなさすぎる荷物のまま家を出ることになった。なんということだ。
君は鼻歌を歌いながら車に乗り込む。僕も再び荷台に飛び乗る。そしてエンジンがまた音を立てる。その時だ。ガランガランと歪んだ鐘の音が辺りに響き渡った。
鐘は村の中央にあり、普通は日の出と日の入りの時に鳴らされる。しかしこれはすぐに時刻を表す鐘でないとわかった。まだ空が真っ暗だったから、というのもあるが、一番には、その鐘が連続で鳴らされたから、だ。日の出日の入りを表す鐘は二回だ。連続の鐘が表すのは、災害、非常事態、そして犯罪だ。きっと赤垣おじさんが盗まれたのを発見して鳴らしたのだ。これはまずい。
「やばいな」
そう言いつつも君は楽しそうだ。結構本気で「やばい」のだが。そろそろ追っ手がくるかもしれない。
「飛ばすぞー、掴まって!」
僕は車体に捕まりながら後ろを振り返る。人々が少しづつ集まり、追ってくるが分かる。
「俺の車を返せ!」
叫んでいるのはきっと赤垣おじさんだ。走ってこちらに向かってくる。そのほかの村人も、裏切り者だとか犯罪者だとか罵詈雑言を吐き捨てながら、物を投げたりして妨害をする。
僕らに使われるためにあったんだと思えるほど、この軽トラは都合も乗り心地も良かった。君は窓から顔を出して振り返り、そして彼らに向かって大声で叫んだ。
「この村の中で安泰な生活を送ってりゃいいさ!この村の生活を怠惰に感じられないヤツがこんなもの持ってたって、宝の持ち腐れなんだよ!」
僕もあの村で安泰に暮らしていたかもしれない。この車を追って、暴言を吐く側だったかもしれない。君がいなければ。
だんだんと彼らの姿が小さくなってゆく。自転車を飛ばして追ってくる人間をも置き去りにして、僕らは東に向かっていく。
「これはもう戻れそうにないね」
「どうせ戻らないんだからいいんだよ。あ、もしかしてまだ未練があった?」
「いいや、もうない」
僕のその答えを聞いて、安心したように君は前に向き直る。そして古びたラジオで、ミュージックをかける。音は汚く歪んでいるし、籠ってるけれど、最大の音量でかけられたその曲は、僕らの背中を押す。
「うわっ、すごくきれいな空だね」
君に言われて、荷台に仰向けになって僕の目に映り込んだのは、あたり一面の夜空だった。目の前に無限に広がる闇が、美しく僕らに覆い被さっていた。闇に慣れきった僕らの目さえも、その暗さに圧倒されていた。
深い青の空に続く長い道に僕らはぽつんと乗せられている。その姿は遠目で見ればきっと滑稽で貧弱で今にも闇に溶けて消えてしまいそうに思えただろう。が、僕らにはまったくそうは思えなくて、この先に待っているどんな後悔や迷いもどうでもよくなってしまうくらいの、とてつもない無敵感に満ちていた。
君が僕を変えていく。
明日への逃避行 かさたて @ichika_umbrella
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