第2話 半夜(はんや)

「逃げ出そう」


 君は楽しそうに言った。僕の中では驚きと嬉しさと悔しさが絡まって解けない。

「何から?」

一応、聞いてみた。答えは分かっていたけれど、聞いておきたかった。

「分かってるでしょ。」

いつだってもったいぶる。良くも悪くも、君の癖だ。

「この村から、この日常からだよ」

強い風が吹きつけたみたいに、全身が震えるのが分かった。僕は興奮している。ここ何年もこの感覚を忘れてた。何か、新しいものが始まる予感。

 それは何度も描いた夢物語だった。こんな日々を抜け出そうぜ、と僕を連れていってくれる人間を待っていた。ただ待っているだけだった。自分では何一つ行動しようとしなかったのに。つくづく僕は愚かだと思わされる。

 だが、本当に現れてしまった。僕の目の前に、僕の手を取ろうとする人間が。

「でも、どうやって」

問題はそれだ。二人で徒歩であの道を行くのか。自転車ならあるが、それも無理がある。

「トラックだよ」

「トラックって、あれのこと…?」

「もちろん」

あれ、とは赤垣(あかがき)おじさんの軽トラだ。この村は小さすぎて車など必要なかったたから、誰もそんなもの持っていない。しかし、おじさんは持っていた。なぜか分からないが、使いもしない軽トラを、頑なに誰にも触らせないように持っていた。

「盗むんだろう?」

「そうだよ」

「どうやって」

「車庫から気づかれないように車を出せばいいんだよ。運転の仕方はちゃんとわかる」

本当だろうか。どこでそんなこと学んだのだろう。だがそれ以前に。

「カギはどうするの」

「え」

「エンジンかけられないでしょ」

君はやってしまったという顔をして黙った。君にはこういう考え無しなところがある。幸いおじさんの家は村の端にあるから、盗んでしまえばあの道に出るのは容易いが、カギが無ければ話にならない。

「一つ思い当たるところがある」

僕がそういうと、君は目を輝かせてじっと僕を見つめた。

***

「確かここにエンジンが…これだ」

君は慣れない感じで車を触る。

「それにしても君、なんでカギの場所が分かったの?表札の裏に隠されてるなんて誰も分からないよ」

君は少し楽しそうに聞く。

「家を出る時、必ずおじさんは表札を触るんだ。だから、そうかもなって」

「すごいね、君」

君には敵わないよ、と思った。でも口には出さなかった。

「それにしても、いいのかな…」

僕は荷台に乗り込みながら呟いた。君は運転席に乗り込みながら聞く。

「何が?」

「盗んで、逃げ出して、本当にいいのかなって。ほら、まだ僕ら未成年だろ」

君の笑い声が小さく藍色の空に響いた。そして君は言った。

「何言ってるのさ。カギを見つけるのに協力したんだよ?もう君も立派な共犯者だ」

僕は言葉をなくす。共犯者になれたことが嬉しかった。役に立てたことが嬉しかった。

「君は不安がりすぎなんだよ。どうせもう止まれるはずないんだ、楽しんだもの勝ちだよ」


君が僕を変えていく。


エンジン音が響く。そしてトラックは走りだす。

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