後編
「昨日の
放課後。放送部員たちの集まる教室で挨拶をした
そして、わたしに向けて痛いほど刺さる多数の視線。
うう、皇先輩、なんであんなこと。普通に入部します、って言えばいいのに。
でも、皇先輩は、仕事があるから特別に免除されている。
それが、わざわざ。2年になってから。
そこに今の挨拶。もう、完全にわたしのために入部した、と言っているようなものだ。恥ずかしくてたまらない。
皇先輩自身も口にしたように、急な仕事で休む可能性も高いため、当番には入れない。
プロである皇先輩は、アマチュアの大会や制作物には出演できないし、本当に練習にいることしかできない。
つまり、学年の違うわたしと、なるべく一緒にいるために放送部に入ったのだ。
ざわつく教室内の空気を払うように、部長の
「プロの声優が入部してくれるなんて、すごく心強いじゃないか! 歓迎するよ。部長の相良だ。学年は気にせず、俺にもいろいろ教えてくれ」
「ありがとうございます、相良先輩。オレの方こそ、部活動は初めてなので。頼らせてもらいます」
2人が笑顔で握手を交わす。
すごい、あそこだけなんか、別の空間みたい。
同じことを思ったのか、女子生徒たちが、ほうっと溜息を吐いて2人を見つめている。
相良先輩は爽やかイケメン、って言葉が似合う3年生の男子生徒だ。成績も良くて、スポーツも得意。だけどそれを全然鼻にかけなくて、だれに対しても『頼れるお兄ちゃん』のように接してくれる。だから男女問わず人気がある。
「さ、じゃぁ今日の活動を始めよう。今日は、ラジオドラマの脚本を配るぞー」
相良先輩の合図で、全員に脚本のプリントが配られる。
わたしはプリントの束を見て驚いた。
まだ4月なのに、いきなりラジオドラマ?
「行き渡ったな。これから3班に分かれて、ラジオドラマの収録をしてもらう。1年生は、いきなりラジオドラマなんてとまどってるかもしれないな。まぁ、これはお遊びみたいなもんだから。気楽に楽しんでやってもらえれば、出来は気にしなくていい」
「お遊び?」
だれかが疑問を口にすると、相良先輩が笑顔で答えた。
「ああ。放送部の伝統行事なんだ。最初は真面目に基礎練習からやってたらしいんだけどなー、それじゃ演劇部と変わらない、って辞めちゃうやつが多かったみたいで。放送部に来るのは、機材に興味があるやつとか、とにかくいっぱいしゃべりたいやつだからさ。まずは一通り機材を使って、自分たちで形に残る作品を作って、放送部って楽しい! と思ってもらうためのイベントなんだ。要は新入部員を逃さないためのおもてなし」
冗談めかして肩をすくめた相良先輩に、部員たちからくすくすと笑いがこぼれた。
「最後に部内で発表のために全員で聞くけど、校内放送で流したりしないし、何かのコンクールに出したりとかも一切ないから。2、3年生も作り方のアドバイスは積極的にして、技術に関しては口を出さないように。じゃ、班分けはこっちでしてあるから、それぞれ分かれて作業に入ってくれ」
相良先輩の合図で、全員がざわざわと動く。わたしも班分けのプリントを見ながら、同じ班の先輩のところへ行こうとすると、先輩の方から来てくれた。
「小鳥遊さん、よろしくね!」
「よ、よろしくお願いします」
当番が一緒の先輩に声をかけられて、ほっとした。面識のある先輩と組ませてくれているみたいだ。
他の1年生も、同じ当番の先輩に連れられて、C班全員が集まった。
C班は10人。題材はシンデレラ。
配役は、シンデレラ、王子様、いじわるな継母、いじわるな義姉AB、魔法使い、シンデレラのお付きAB、王子様のお付きAB。
全員が1役は回るようになっているようだ。
「ちょっといいか?」
相良先輩が、わたしの班に声をかけてきた。一緒に皇先輩を連れている。
「間宮は今日入ったばかりだから、班分け間に合わなくてさ。この班に入ってもらってもいいか?」
「えっコウくんが!?」
きゃぁ、と小さく悲鳴を上げて、1年生の女子が顔を赤くした。
「いいけど、うちの班配役人数とぴったりだから、人余っちゃうよ?」
「それなら心配いりません。オレ、こういう形に残る物には出られないので。サポートで入ります」
皇先輩の言葉に、対応した3年生の先輩がなるほど、と頷いた。
「A班は俺がいるし、B班は副部長の
「あー、そっか。そうだね、じゃそれでいこっか」
話はまとまったようだ。返事をした3年生の坂上先輩は、どうやら機材をメインで担当しているらしかった。
女の先輩だけど、眼鏡をかけていて、理系っぽい。機械に強いのかも。
そのまま、皇先輩は空いた席に座る……のかと思いきや。
「そこ、いい?」
「えっ!?」
わたしの隣に座っていた1年生女子――確か、
「どどど、どうぞ!」
「ありがと」
……恥ずかしい!!
顔を赤くして俯くわたしに、皇先輩は微笑みかけた。
「一緒の班だな。よろしく、美緒」
「皇先輩……部活では、普通にしてください」
蚊の鳴くような声で進言したわたしの声を、耳のいい皇先輩はしっかり拾って、意地悪く笑った。
「してるよ? これがオレの普通」
嘘ばっかり!
思うけど、言えない。ますます縮こまってしまう。
「あ、あの、コウくん」
席を譲った三森さんが、少し離れたところから声をかける。
「コウくん、小鳥遊さんと、仲いいの?」
探るような視線を受け止めて、皇先輩はすっと空気の温度を下げた。
表情だけは笑顔のままで、皇先輩が答える。
「うん。オレ、美緒と付き合ってるから」
「えっ!?」
「まだお試しだけどね」
皇先輩の言葉に、問いかけた三森さん以外もざわついた。
「こ、皇先輩っ! みんなの前で言わなくてもっ」
「えー? だって牽制しておきたいし。それに、ちょっと勘違いされてるみたいだから」
皇先輩が視線を向けると、三森さんの肩がびくっと跳ねた。
なんだろう、この感じ。
わたしに向けられてるわけじゃないのに、なんか……怖い。
「オレの芸名は『コウ』だし、校内でも陰でそう呼ばれてるの知ってるけどさ。学校では、あくまでオレは『間宮皇』なんだよね。新入生ってことは、後輩だよな? 初対面だし。それで馴れ馴れしく『コウくん』とか呼ばれる覚えないんだけど。オレが皇、って呼ぶのを許したの、美緒だけだから」
皇先輩の冷たい視線に、三森さんが泣きそうな顔をした。
まずい、やりすぎだ。
「はいはい、そこまで」
一触即発な空気の中、坂上先輩が割って入った。
「間宮くん。きみ、迫力あるんだから。まだ小学校出たばっかりの女の子に、本気で凄まないの。きみは大人の中で仕事をしてるかもしれないけど、ここにいるのは同年代ばっかりなんだからね。部活動をする気があるなら、部内の調和を気にしてもらえるかな」
「……すみません、つい。以降気をつけます」
にこ、と笑った皇先輩に、坂上先輩は息を吐いた。
「三森さんも」
「は、はい」
「芸能人が同じ学校で、浮かれるのわかるけどね。彼はここに仕事をしに来てるんじゃなくて、あなたと同じように勉強や部活をしに来ている、ただの生徒なんだから。他の先輩に、いきなりタメ口きいたり、名前で呼んだりしないでしょう。間宮くんだけは許される理由なんてある?」
「……ない、です」
「わかってるなら、謝ろっか」
おずおずと、三森さんが皇先輩に頭を下げた。
「ごめんなさい、間宮先輩」
「いや、オレも怖がらせてごめんな。せっかく一緒の班なんだし、仲良くやろ」
皇先輩は笑顔で答えていたけれど、やっぱりその瞳には温度がない気がして、わたしはまだちょっと怖かった。
それにしても、すごいな、坂上先輩。3年生って、あんな先生みたいなことが言えるんだ。大人っぽい。
「それじゃ、改めて配役決めよっか。基本的にメインは1年生ね。もちろん、強制じゃないから。機材やりたい子は、
「あ、なら俺端役がいいです。機材やりたいんで」
「おっけー。なら綾瀬くんはお付きのどれかだね。お、となると自動的に王子は
「えっ俺ぇ!?」
「だって他に男子いないし。まぁ女子でやりたい子いたら王子やってもいいんだけど」
坂上先輩がそう言って見回すと、1年生の
「あの、女子でもいいなら、私やりたいです」
「マジで! やった! ありがとう蒔田さん!」
ガッツポーツを取った杉本先輩は、王子がやりたくないみたいだった。
そっか。役をやりたくない、って人もいるんだな。
C班に1年生女子は3人。蒔田さんは王子。
となると、シンデレラは。
「なら小鳥遊さんか三森さんのどっちかがシンデレラだね。どっちがやりたい?」
わたしと三森さんが顔を見合わせる。
シンデレラ、やりたいな。でも、三森さんはどうなんだろう。
「オレ、美緒がいいと思うな。透明感のある声だから、お姫様似合うよ」
「えっ!?」
皇先輩が推薦してくれて、わたしは思わず声を上げた。
「うん、いいんじゃない? 私も小鳥遊さん、シンデレラ似合うと思う」
「間宮くんが入ってくれたの、小鳥遊さんのおかげだしね。間宮くんにしっかり指導してもらえたら、いい出来になるんじゃないかな」
2年生の先輩も賛同してくれて、わたしは照れて顔を赤くした。
「なら、シンデレラは小鳥遊さんかな。2人とも、それでいい?」
「は、はい。やりたいです。ありがとうございます」
「……はい。私も、それでいいです」
決定の拍手をもらって、ちらりと三森さんを見ると。
小さく、睨まれた気がした。
メインの2役が決まると、次に台詞の多い魔法使いに三森さんが決まって。
王子のお付きは男子2人がそれぞれ、残りは女子で割り振ってすんなり決まった。
「さて。じゃ、もうちょっとしたら使う機材を見に行こうか。今はまだB班が見に行ってるから」
機材は放送室にしかないけれど、放送部員全員が入るにはちょっと狭い。班ごとに説明してるんだろう。
待ち時間に、放送部の活動や授業のことなどを先輩たちと雑談して。
B班が戻ってきた後で、わたしたちも放送室に行って、機材を確認した。
「わっ! マイク、これ使うんですか?」
「そ。普段の校内放送はダイナミックマイクだけど、ラジオドラマの収録とかはコンデンサー使っていいことになってるから。ただ、めちゃくちゃ高いから、触るのは2年になってからね」
わたしはそのマイクに視線が釘付けになった。
このマイクが、使えるんだ。
そう思うだけで、胸がどきどきした。
頬が緩むのを悟られないように、と手で押さえていると、皇先輩が微笑ましいものを見る顔でわたしを見ていた。
「こ、皇先輩っ! 黙って眺めてないでくださいよ!」
「いや、可愛いなーと思って見てた」
「も、もうっ!」
拗ねたように顔を背けると、部屋の隅にいる三森さんと目が合った。
またちょっと、睨まれた気がした。
*~*~*
皇先輩との帰り道。
落ち込んだ様子のわたしを、皇先輩が心配そうに覗き込んだ。
「どうした? あんなに楽しそうだったのに。放送室出てから、元気ないな」
「皇先輩……。わたし、シンデレラで、良かったんでしょうか」
「ん? どういうこと?」
「三森さん……本当は、シンデレラ、やりたかったのかなって」
暗い声で言ったわたしに、皇先輩はあっけらかんと言った。
「ああ、そうじゃない?」
「えっ!?」
「でもあの場でやりたいって言わなかっただろ。美緒が気にすることじゃないよ」
「で、でも。わたしだって、皇先輩が推薦してくれたから、決まったんだし」
「他の先輩も推薦してくれたじゃん」
「それは、皇先輩が言い出してくれたからで。なんか、わたしだけ……」
「ずるしたみたい、って思ってる?」
言い当てられて、どきりとした。
皇先輩は、からかう様子は全然なくて、真剣な目をしていた。
「なら美緒はどうなれば良かった?」
「それは……えと、じゃんけん、とか?」
「それも結局運じゃん」
「でも、
その言葉に、皇先輩は眉をひそめた。
「贔屓ってなんだよ。オレは、美緒がいいと思ったから美緒を推薦したんだぜ。だれかにいいって思ってもらえたのは、美緒の力だよ。それがずるいこと?」
「それは……」
「本当の公平なんてないよ。勉強だってそうだろ。テストで一番取れるやつって、一番勉強したやつ? 違うよな。全然勉強しなくても、頭いいやつっているじゃん。それって、ずるい? みんな学校で同じことを習ってるけどさ、中には塾に行ってるやつもいるじゃん。それは、ずるなの?」
「……違うと思います」
「だろ。人が持ってるものって、それぞれ違うじゃん。自分が持ってないものを持ってるってだけで、ずる扱いするやつ、たまにいるけど。オレは嫌いだな。ずるいと思うなら、それに代わる何かを自分で手に入れればいいんだ」
怒った風にも見える皇先輩は、わたしを見ていなかった。
だれかに、そう言われたことがあるのかもしれない。ずる扱いされたことが、あるのかもしれない。
せっかく推薦してくれたのに。
わたし、皇先輩を傷つけちゃったのかも。
しゅんとしたわたしを見て、慌てたように皇先輩は続けた。
「だ、だからさ! 贔屓なんて言われないように、収録までにうんとうまくなればいいんだって。そしたら、だれも文句ないだろ。できる限り、オレが教えるから!」
「……ありがとう、ございます。わたし、がんばります」
がんばろう。ずるって思われないように。だれかに認めてもらえるだけのものが、わたしにあったんだって、わたしが思えるように。
*~*~*
それからわたしは、一生懸命練習した。
もらった脚本を、何度も何度も読み込んで。
時間がある時には、皇先輩にも見てもらった。
放送部の先輩は、お楽しみ企画だから、気楽にやればいいんだよって言ってくれたけど。
それでも、わたしがもらった初めての役だから。だれかがやりたい、と思っていたものを、とった役だから。
とれるだけの理由があったんだって、思ってほしかった。
そして迎えた、収録当日。
初めて触る本格的な機材に1年生は興奮して、わいわい言いながらセッティングした。みんな楽しそうで、本当に『お楽しみ企画』なんだと思った。
だけど、わたしは。
マイクの前に座る。軽く、息を吸う。そして。
『おはよう、小鳥さん。いい朝ね』
シンデレラの、最初の台詞。
朝起きて、一日の始まりに、まずは窓の外の小鳥に明るく挨拶をする。
最初の一言で、シンデレラがどんな人物なのかをイメージさせる、大事な台詞だ。
マイクを通した音が聞こえているのは、ディレクター室の方だけ。スタジオ内には、聞こえない。
まだ途中だから、後ろを振り返って反応を確認することもできない。
孤独な作業だ。それでも、わたしは自分のやってきたことを信じて、最後までやりきった。
スタジオの外に出ると、みんなが拍手で迎えてくれた。
「小鳥遊さん、良かったよ~!」
「うんうん、ヒロインって感じだった! マイク通すと、あんなにきれいに聞こえるんだね」
「びっくりした。普段と全然違うね」
口々に褒めてもらえて、わたしは照れ笑いした。
もちろんお世辞もあるだろうけど、受け入れてもらえたのだと、嬉しかった。
「それじゃ次、三森さんね」
「……はい」
スタジオに入る三森さんと、すれ違う。
「あ……」
何か声をかけようと思ったけど、なんて言えばいいのかわからなくて、言葉を詰まらせてしまった。
そうしたら、三森さんの方から、声をかけてくれて。
「……シンデレラ、良かった。今度、コツ教えて」
「……っうん!」
自分でもわかるくらい、弾んだ声が出た。
良かった。三森さんにも、認めてもらえた。
嬉しくて嬉しくて、わたしは皇先輩の方を見た。皇先輩は、良かったな、と言うように親指を立ててくれた。
無事全員の収録が終わって、機材メインの人たちが整音をする。
全部終わったら、音声データが共有サーバーにアップロードされる。
それを各自でダウンロードして、自由に聞くことができるのだ。
今日は収録だけで、部内での発表はまた別日になる。
部活動の時間が終わって解散したわたしは、皇先輩と一緒に下校していた。
「皇先輩、ありがとうございました。先輩のおかげで、わたしやり遂げることができました!」
「オレは手を貸しただけだよ。やり遂げたのは、美緒の努力」
えらいえらい、と皇先輩が頭をなでてくれた。
恥ずかしいけれど、皇先輩からのスキンシップも、ちょっとは慣れた。
照れ笑いで受け入れる。
「あ、でも、せっかくならご褒美が欲しいな」
「ご褒美?」
「美緒から、ぎゅってしてほしい」
「ひええっ!?」
手を広げた皇先輩に、わたしは変な声を上げてしまった。
「え、で、でも」
「オレがんばったと思うなー。感謝の気持ちがほしいなー」
「うう……」
にやにやとする皇先輩を見上げながら、わたしは手を上げたり下げたりして、ついにえいっと飛び込んだ。
ぎゅう、と思い切り抱きしめて、そのままぱっと離す。
「は、はい! おしまいです!」
「んー……」
にやっと笑った皇先輩は、わたしの手を引いて。
「もうちょっと」
ぎゅう、と腕の中に閉じ込めた。
――わああああああ!?
内心で悲鳴を上げながらも、口からは音が出なかった。
やっぱりわたしの心臓、もちそうにないです!
わたしの声が届きますように 谷地雪@悪役令嬢アンソロ発売中 @yuki_taniji
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