第2話 マキエダ


 @macky-makimaki-0128から連絡があったのはヲ型ロボットを壊す数日前。私はなんとなくその連絡主の正体がマキエダであることを察していたのだが、果たしてマキエダが何者であるかは理解に苦しむところだった。

「あんたの秘密を知ってる、警察にバラされたくなかったらうちへ来い」

 妙に子供っぽいその脅迫メッセージはやっぱりマキエダのもので間違いなくて、私は小学校の夏以来初めてママの留守中に家を出たのだった。


「……久しぶり」

 私を見るなりそう言った見覚えのない女の顔を、私はしばらくジッと眺めた。がしかしそれがマキエダであるという事しか分からなかった。

「誰だお前」

 思わず私がそう問うた場所は、マキエダの自室である。

 いかにも女子中学生っぽい部屋の壁にはところどころ、呪いのお札みたいにアイドルのポスターが貼り付けられていた。

 マキエダは実にマキエダらしく(マキエダの字の並びをよく見てほしい。マキは左に倒れる形で、エは安定し、ダは右に倒れる。つまり『マキエダらしい』ということは、その4文字の中に崩壊と孤立、そして誇りが内在しているということだ)、そわそわと不安気にしかし気丈に私を睨んでいた。

「DMでも言ったけど、私はあんたの秘密を知ってる。しらばくれても無駄だから」

 マキエダはなにかそんなことを何度も主張したが、それが譫言・詭弁を弄しているだけなのは確かで、つまりは聞くだけ無駄だった。

 無為に時間を奪われて、視界にレッドアラートの鳴り出した私は漂白用の薬を齧り飲み、少しだけ落ち着いた。

 相変わらず良く分からないうわ言を繰り返すマキエダを無視して、私はその後ろにある点きっぱなしのPCモニタに目をやる。

「それじゃもう十連いきまーすw」「フータン来いフータン来いフータン来い……きちゃあああ!?w」

 異世界的二次元風景を映し出す画面の右下、ぽっかりとくり抜かれた金髪男が叫ぶ言葉は甲高く空回りして、いかにも台詞、或いは虚言という感じだった。

「よっしゃこっから完凸目指すか〜w」

 フータン来いフータン来いフータン来い。

 虚言を繰り返す金髪男の声を遮ったのは、モニタの前に立ち上がったマキエダだった。


「マジお前聞いてんのかよ!?」


 降り掛かるマキエダの声は正に怒号。頭が痛くなるほどのその呵責は、金髪男の佞言を見事に消し去った。

 変わっていないな、マキエダは。やはりなんというか勢いがある。

 なぜかふとそう思った私は、まるであの頃の私のように、マキエダに話しかけていた。

「キモいね、あの金髪。いかにもヲって感じで」

 なぜかそう言った私の胸に、なぜなのかマキエダは抱き着いた。どうやら私の放った突飛な発言が、彼女の突飛中枢まで刺激してしまったらしい。

「そうなんだよっ まじでキモいんだよっ 私がこんなに苦しんでるのにゲームしてっ 絶対裏で他の子にもDMしてるんだっ」

 ギャアギャアと泣き始めたマキエダはやはり勢い良く止まらなくて、私は膝の上の黒い頭に、胃酸ですっぱい涎をこぼした。

 やがてマキエダは、黒い長髪の生え際に真っ白いたまりが出来ていることも気付かずに、

「あいつ殺してやる、そんでそのあと私も死ぬ」

 と。私にそう言い放った。

 勝手にすればと言わなかったのは、やはりマキエダが人間で、そして悲しいほどヲだったからだ。

 重なり合おうとするヲとその補完役は、ピタリとはまらないことが殆どだ。

 そして周知の通りそういう時は、どちらか片方が消滅する。


 モニタの中の金髪男と、よだれまみれになったマキエダの後頭部を良く見比べて、私はすぐに理解した。

 そうつまりマキエダと金髪はどっちもヲで、なのに一つの器を作ろうとした。ヲとヲは互いを埋め合えない。マキエダにもきっとそのくらい分かってただろうに、今どちらかが消えようとしている。ちょっとだけ悲しいことだ。

 だから私はマキエダに、「良いよ殺そう」とそう言った。

 私の膝から顔を上げたマキエダの顔が赤っぽく霞んでいるのは夕焼けのせいか、それとも漂白剤が足りないからか。私にはそれだけが分かりかねた。

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お前のヲとコは電車で轢死 矢尾かおる @tip-tune-8bit

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