第3話 この世界

「さん、はやめてくれよ」

「え…?でも助けてくれた恩もあるし、呼び捨てなんて僕には出来ないですよ」

 オーランドさんは俺の返答に、げぇーっととても気分悪そうな顔で更に付け加える。

「その敬語ももういいだろう。なんだか距離があるみたいでムズムズする」

 そう言われても………。

 とそんな事をオーランドさんから言われたのは、あれから一夜明けていよいよ旅に出ようという時の事。

 ちなみに今俺たちがいるのは昨夜いた林の中から一番近かったらしい街の門の前だ。

 らしいって言うのは俺がここに来るまでの経路を知らないから。

 なんでも……昨日の俺はあの後泣き疲れて眠ってしまったらしい、赤子かってんだ。

 背負われたまま宿屋に入り、誇張なく親子として名簿に記入されていて若干引いた。

「ルカ・バド・グラーフて……」

「どうしてもさんで呼びたいなら父さんと呼ぶ事だ!」

「大人げないぞあんた!」

「なんとでも言うんだな!はっは!」

 確かに親子くらいの歳の差なのかもしれないけど、まぁ見た目上は。


 この世界の年齢の仕組みも、ましてや暦も何もかも分からないからその話は置いとくとして。

 こんな事になってしまったらもう従うより仕方がない。

 この旅立ちに至るまでにもう何度も恥ずかしい思いはしている。

 今更幾らか増えたところでそう変わるものでもない。

「オーランド!これでいいんだろ、もう!」

「そうそう。それでいいんだそれで」

 選びようが無いにしても、もっとこう普通で丸い人がよかったなぁ……。


 日が登って落ちるっていう昼と夜の概念があって、昨日は月も見えたし地球とかなり共通している点も多そうだ。

 そうなると惑星なはずだからこの地域が当てはまるか分からないけど、日照時間の長い短いとか何処かしらは季節の移り変わりがあるだろうし否が応でも一年の周期が分かるか。

 日本のように綺麗に四季が移り変わる程じゃなくても、地球みたいなら差はあれど気候の変化はあるだろうし。

 っていうかまず扱ってる言語が日本語って所をどう解釈したらいいんだ…いや俺としてはありがたいけどさ。

「あぁそうだ。これ」

 不貞腐れて目を逸らしてからが長かったが、日の光が視界に入ってしまったから仕方がない。

 オーランドが何歳なんだろうという疑問から地動説か天動説かまで………そこまで話は発展しなかったか。

「これは…?」

 渡された物を見るとなんだか奇妙で存在感のある布で、一体何かとオーランドを見ると、

「左目。そのままにしてたら目立つだろ?」

「あ、そっか」

 宿には鏡があって、俺も自分の目を見たがかなり目立っていた。

 控えめに言うと充血を通り越してとんでもない内出血でもしてるのかと……はっきり言うと怖い。

 隠すのは必要な措置だと分かるので、布を右耳にかけて左目を覆い後頭部に両端を回す。

 ずり落ちないように固定する為、キツく引っ張って端から手を離し頭に近い所で結ぼうとする。


 ………モタモタ…モタモタ……モタモタ……。

「…結ぼうか?」

「くっ………。…じゃあ…うん」

 左目から布がずれたり、持っている布の左右が分からなくなったり、ただ単に上手く結べなかったり。

 なんで俺はこう……はぁ…。

「誰にでも苦手な事はある」

 布を受け取ってオーランドは全く気にしていないように話しながら俺の左目を覆う。

 その手つきは本当に父親のようで……いや、本当の父親のようだった。

 子供がいたら……きっとオーランドはこんな風に…。

「俺にだって苦手な事はあるよ」

 背後に回っているオーランドの声が耳に当たってくすぐったい。

 左目の世界は隠れて、残った右目で見えるのは殺風景な地面だった。


 待っているだけなのも暇だから布の位置どりが完璧になるよう微調整していると、視界の端に小さな赤い花が咲いている事に気づく。

 その一輪がざらついた心を落ち着かせ、手を下ろして深くゆっくりと息をする余裕をくれた。

「どうだ?大丈夫そうか?」

 結び終えて正面に回ったオーランドは俺の両肩に手を置き、目を合わせる。

「うん。右目だけでも慣れれば多分…」

「……左目は全くか?」

「え?まぁうん。全然何も見えないけど……」

 結んでいる時は目に負担がかかって閉じていたけど、それが終わって少し瞼を開いて見ても閉じている時と比較して真っ暗な様はさほど変わらなかった。

 当たり前と言えば当たり前だが、聞いても意味の無さそうな事をオーランドはどうして?

「やはりルカの目は加護の……」

 また加護という言葉がオーランドの口から出た。

「オーランド。加護って?」

 いい加減自分の置かれている状況を無視する事ができず、この左目の事も何か特別な事情がありそうだという事を察してきた。

「…よし。なら旅すがら色々知ってる事を話すか」

 どこに繋がっているか見当もつかない平らな道。

 ……あれ?

 あの花、さっきは赤く見えたような……気のせいだったか。

 地平線を見据えてオーランドは、この旅の楽しみが増えたとそう言って笑顔を作る。


 二、三歩先を歩くと振り向いてオーランドは、

「じゃあそろそろ行こう!時間はどれだけあっても足りないからな!」

 ワクワクした顔をしていて、旅がそもそも好きなんだろうという性分が滲み出ている。

「うん」

 それだけしか言えないが、隣に並んでそのワクワクを分けてもらうような形で歩み始める。

 並んで歩いて、オーランドはその大きな手を俺の頭に乗せて、

「何があっても俺がルカを守るよ。ルカの父親だからな、俺は」

「そ、それはもういいって!恥ずかしいからやめてくれ!」

 そうして俺とオーランドの二人の旅が始まった。


 記憶を失っている……この世界では記憶は無いようなものなのでその助かった気がする。

 知らない事だらけのこの世界では俺は赤子も同然で、以前の卑下はそう遠からずって感じかもしれない。

 どちらにしろ、だ。

 何度夜を超え意識を覚醒させても辺りは見知った俺の家の中ではないというのが、この世界で生きるしかないという事を物語っている。

 俺との旅が始まる前からすでに世界を平和にしようと動いていただけに、オーランドは相当手慣れている様子で次々と場所を移した。

 心のどこかでまだ緊張があったかもしれない俺は、食事も喉を通らない事も多かったし、水を飲む事さえままならない日もあった。

 それに対してオーランドは何も言わなかった。

 ただ何も言わずにそばにいてくれた。

 それにどれだけ救われたか、きっとオーランドは知る由も無いだろう。

 次第に心を開いた……と自分で言うのも何か変な気がするが、そういう心の変化があったという事は分かる。

 無意識のうちに好きになっている。

 こう世話になる機会が多いと、慕う気持ちが湧かないというのも無理な話……。

 俺はオーランドとの旅が楽しかった、そういう事だ。


「加護ってのはその人だけが持つ特別な魔力の結晶だ」

「特別な魔力……?」

 まず魔力というのがなんとも……よくファンタジーの世界で出てくるものと同じ括りの物か?

「んー。まぁそこから説明が必要か」

 オーランドは顎に手を当てて思案し言葉にして、この世界では常識的な事なのだろうが丁寧に教えてくれた。

「魔力ってのは根源的な力の素養だ。多かれ少なかれ誰でも持ってる。もちろんルカ、お前もな」

 持ってるって言われても…うん。

 今まで生きててそんな物に縁なんて無いし、どう実感すればいいのか……。

「魔力そのものは目には見えない。人は自分の中にある魔力を変換して力に変えてるんだ」

「……あ、あの時の火の玉って」

「そうそう。ありゃ魔法だな。まぁ俺は魔法に関しちゃ昔からからっきしだめだけど」

「魔法……」

 魔力で薄々察してはいたが、なかなか夢のようなワードが出てきたものだ。

 細かく言うなら魔力から魔法に変化させる過程には色々とあるんだが…とオーランドは口籠る。

「魔法に拘らなくても、魔力には色々と使い道があるんだ。力である事に変わりはないから」

 オーランドの強靭的な身体能力は魔力を変換したものだったのか……。

 素の力もこの世界じゃ強い方なんだろうが…それは今はいいか。

「ルカ。お前の左目はその普通の人には見えない魔力を見えている可能性があるんだ」

「この左目が?」

 布で隠した左目は相変わらず何も見えない。

 あの赤く見えた世界が魔力によるものだとしたら…。

「魔力は言ってしまえば力の向きだ。それが見えるって事は未来が視えるに等しいかもな」

「そんな大袈裟な…」

 未来を視るなんて神にも等しい力じゃないか。

「それが加護だからな。特別な力だ」

 そう言われてしまうとそれ以上何を言っていいのか分からず黙る事しかできない

「じゃあ……魔力の結晶って?」

 ようやく口を開けば疑問ばかりだが許して欲しい。

 煩わせて申し訳ないが知れるうちに知っておいた方がいい。

「ま、それは次の機会だな。街が見えてきたぞ」


 オーランドの街でのやる事は大まかに分けて二つ。

 街中での聞き込みと、旅人が集まる酒場での依頼状況の確認だ。

 大方それで街の治安が分かるという話だった。

「オーランド。この文字って」

「ん?そういや読み書きは学んでないと難しいか」

「あ、いや、分かるよ。分かるんだけど……」

 手にしたのは新聞紙のようなもの。

 俺が知りたいのはどうして俺の分かる言語なのかって事なんだけど、まぁその答えは得られないだろう。

「分かるって事はそこで育ったって事か…?でも日倫語が公用されるようになって四、五世代は経ってるからなぁ…」

「日倫語?」

 何だそれは。

「今の時代で最も力を持つ日倫国の言語。かつての戦勝国だ」

「戦争があったのか?四、五世代前って…」

 俺の質問にオーランドは酒場の席を取って座る。

 俺もそれに倣って机を挟んで座る。

「……正確にはその一つ前の世代だな。世界を巻き込んだ大きな戦争だ。戦勝国の日倫国及びその同盟国は、同盟国の中でも普及しつつあった日倫語を世界共通の言語にしようとした」

「そして…出来たのか……」

 少なくとも俺が見てきた街では全て、この世界では日倫語という名前の言語が使われている。

「俺の代くらいになるともう、自分の生まれの土地の言語を話せる奴はほとんどいないだろうな。元来日倫語とは言語の起源が似通っていたらしい事も相まって子供はともかく大人への教育も早く進んだという話だ」

 言語の起源……。

 征服され使用言語が変わる事もあれば、自国の発展の為に進んだ語を取り入れる事もある。

 数字がわかりやすいか。

 アラビア数字に、ギリシャ数字に、漢数字。

 パッと挙げられる物はそう多くはない。

 優れた文明に淘汰される事も、迎合する事も言語の衰退に大きく関わる。

 元にある言語を改造して新たな言語を作り出す事もある。

 そうなれば使う文字は同じなのに異なる言語となり案外それは珍しい事じゃない。

 奴隷階級から生まれた言語もあると父と母は教えてくれた事があった。

 そして全く異なる地域で偶然にも似た言語が発生したことがあるという事象も…。

 ………偶然…これが?

 手に持った新聞の題材はやけにきな臭い。

 貧困に差別、デモに兵器の開発など。

 魔力だけでなく科学技術も同時に発展している事は窺い知る事が出来たが、世界の平和はまだまだ遠そうだという事も分かってしまった。

「……オーランド、本当に世界は平和になるのか?」

「なるさ、必ず」

 間髪入れずにはっきりとオーランドはそう答えた。

 このやり取りももう何度目になるだろう。

 今みたいに世界の現状を知る前からだって、ある程度想像はついていた。

 オーランドならきっとこう答えるだろうと、その上で聞いている。

 俺は無邪気な子供みたいに何度も何度も答えを欲しがった。

 その度に俺はオーランドに着いてきてよかったと思えるから。

「ルカ。そろそろ旅人…いや、冒険者らしく依頼を受けてみるか!」

 どうして言い直したんだろう……お約束だからか?


 オーランドと一緒にいると、あまりお金に困窮するという生活はしていないようだった。

 第一、俺が増えるのも気にしていない様子だったし人一人軽々養えるくらいの蓄えはあるようだ。

 広々とした草原をオーランドと並んで歩いていると、数人の冒険者達とすれ違った。

 彼らと軽く挨拶をし、この先の道の状況をオーランドは聞いていた。

 彼らと別れた後オーランドは少し道を変えようと提案してくる。

 長年の勘だそうだ。

「依頼は大体酒場と並んで立っている建物、地域によって呼び方は変わるが……集会所だったり、ギルドだったり民営旧館だったりな」

「民営?国は関与してないのか?」

「援助金は出してるんだが、運営してるのはどこも国とは別の機関だ」

 人々の依頼を仲介する団体って事なら、国が公平性を持って介入してそうだけど……。

 組織がそもそもそういう解釈じゃないって事か?

「ま、民営の方が自由にやれるからな。いい意味でも悪い意味でも」

 グレーな事もやってそうだ。

 酒場には何人か荒くれてそうな奴もいたし、そういう世界なんだろう。

 平和への道はなかなか険しそうだ。

「依頼内容は多岐にわたる。討伐、移送、護衛、人探し、採取。とか色々まぁざっとこんなもん」

 オーランドは依頼を受けて、受け取った標的の特徴が記された紙を広げる。

「今行ってるのが討伐。討伐は採取と兼ねる事もあるし……まぁそれを言い始めたらキリないしやめとくか。依頼文は読めって事だ」

 この依頼は魔物の討伐、及びその魔物が持つ巨大な角を手に入れる事。

 魔力を支えとした攻撃をする時、鉱石などを加工した武器よりも、生物の骨や爪、角など、そうした物を加工して武器にした方がいいらしい。

「さっき挙げた中で、護衛だけは身分を証明する物が必要になる依頼だ。まぁこれも色々とすり抜ける方法があるとか無いとか」

 護衛はすり抜けちゃ駄目だろ……。

「お、やっぱこっちだったか。あいつが今回の討伐対象のクエルノスベスティアだ」

 ……でっけぇ角。

 あんなのがうじゃうじゃいるのか、この世界は。

 頭部に備えた立派な二本の角、頭を支える為の首から肩にかけての発達した筋肉、四足歩行の黒い魔物だ。

 依頼を受けた際、同じような魔物の討伐依頼が他にもごまんとあった。

 オーランドが受けたのはその中で一番依頼料が少ない物。

「民間で出来るからこそ依頼料は自由に設定できる。自由に設定できるから誰でも依頼ができる。そして大抵……額が危険度に見合っていない物は依頼主の資産が多いか、少ないか」

 オーランドは腰に差した剣に手を翳し、抜刀の構えを崩さないように魔物に近づく。

「今回の場合は、後者だ」

 魔物がこちらに気付き、唸り声を上げる。

 獰猛な性格だと聞く。

「手に入れた角はおそらく市場に回すんだろう。状態が良い物なら依頼料よりも高く売れるかもしれない」

 剣の間合いが近づく。

 じりじり、じりじりと……オーランドはそれでもこちらを気にする余裕があるようで口を動かす。

「この依頼は依頼文からそれに慣れた雰囲気を読み取れたが、酷い依頼主はそれこそ数え切れないほどいる。この場合の酷いは、分かるよな?」

 一部の国は、そしてその国の上層部は貧困層を文字通り見捨てている。

 心優しい一握りの冒険者のその優しさに甘え、なんとか今日を過ごしている人たちががいるという事だ。

 都市近郊の安全な地域に住める人たちとは違い、離れた場所で暮らせば暮らすほど魔物の脅威は強まるばかり。

 命の危険を僅かに回避できる最後の受け皿が……この民営の依頼の仕組みか。

「周りに誰もいないな…?丁度いい機会だルカ、左目の布を取れ」

「え?どうして?」

 いきなり何を言い出すかと思えば……。

「魔力は多くの場合、力がぶつかり合った時に初めて自覚する。己の中に流れる魔力が波を作り、自らへの力に還元するのを意識してそこからが始まりだ。強い者ほど魔力の扱いに優れ、魔力の扱いは必ず戦いの結果に直結する」

 オーランドの声に鋭さが増す。

 魔物との命のやり取りが近い。

「見て学べ。それがその目の加護を十分に活かせる」

 巻いている布を解き、世界が少しずつ赤い光で彩られていく。

 オーランドと魔物を右目で見据え……ゆっくりと左目を開いた。


 雪の降る地域はやはりあって……定住はしないから四季は確認しにくいが、オーランドに聞いたところそのような地域はこの世界にいくつもあるという回答だった。

 指に降ってきた雪は結晶の形を保ちそれを確認できる事が度々あるので、寒く厳しい道のりだがそれを楽しみに歩くまである。

「魔力の結晶ってのは身体の部位、もしくは臓器や器官……どこに宿るかは人それぞれだが、普通はそれを持つ事はない」

「じゃあ俺の左目にはその魔力の結晶が?」

 オーランドは頷いて話を続ける。

「魔力ってのは遺伝子みたいに一人一人異なる物なんだ。そして、加護は産まれ持った魔力によってそれを生じさせる」

「産まれ持つ…?」

 俺の場合は前の世界で死んで、転生した時に植え付けられたって事に…。

 もしくは身体そのものを作り直されているか、か?

「……産まれ持った魔力が特別な場合、それは例外なく特異な力を発現させる。それが加護だ」

 雪道をペースを落とさないで歩く。

 暗くなる前に次の街に着かなければならない。

「加護を持っている、そのせいでこれまで何度も政治や戦争、宗教……人生を狂わされた者達は腐るほどいる」

 オーランドの表情が曇る。

 雪は降り続け、傘帽子の鍔を片手で整えながら表情を隠されてしまった。

「悪用する者も後を絶たない。加護を狙う者もそうだが、その本人に限っても、だ。加護への対応は未だ決まっていない……いや、わざと決めていないんだろう」

「権力ってやつか…」

 加護を狙うのは、悪者だけじゃない……権力を持った連中が作った世界そのものがそれを良しとしてしまっている。

「加護ってのはな、与える事もできるんだ」

 オーランドはしばらく自分の手を見つめる。

 その表情はさっきの曇っている表情に近いが、どこか人の温かみが増したような……そしてそれから俺の顔に触った。

 どうやら左目を気にしているようだが……って、

「冷たい!!!」

「あ?あ、あーあー。ごめんごめん!」

 見た通り周りは雪真っ盛りなのだ。

 手も当然冷えている、気をつけて欲しい。

「もうかなり魔力のコツは掴めたみたいだな。左目も右目と比べて普通の色に近い」

 オーランドは俺の左目の事をやっぱり気にしていた。

「まぁまだまだだよ。街では不安だから布は着けて生活してるし」

 こうして周りに人が居なそうで、オーランドといて安心している時は布を外す日が増えてきている。

 これも魔力のコントロールの修行ってやつだ。

 目に魔力を通さずにいると俺の左目は何も異変なく見えるようで、俺から見える世界も布で隠して見える世界と変わりはなくなっていた。

「実はその布な、ただの布じゃなくて魔力を遮断する効力があるんだ。ルカの目が本当に加護が関わっているか知りたくて」

 え…そうだったのか。

 長い間気づかなかった、言われて初めてだ。

 そういえば……。

『……左目は全くか?』

 …この質問って。

「ただの布だと、透けて世界が見えるかもしれなかったからな。実際瞼を閉じるだけじゃ、外の世界なんとなく見えちゃうんだろ?」

「うん…。あ、たしかに」

 オーランドに言われているように開く前から何故か外の世界をなんとなく見えることはこれまで何度かあって、いつかの火の玉の時の視界外からの攻撃も同じような理屈で分かったのだという事を思い知る。

 オーランドはチラリと携えている剣を見る。

 オーランドの物ではなく、俺の腰にある木刀だ。

 もう一本の稽古用に使うオーランドの木刀は背中に背負っている。

 できればそろそろ今まで一度も使われる素振りもない、オーランドが背負っている剣についても聞きたいところだ。

「剣の修行つけてる時にそうなのかなぁって。渡した時は勘だったけど、やっぱ俺の勘は当たるな!」

 生きていく上で必要なものになるだろうとオーランドから剣を教えてもらっている。

 この世界、自分の身は自分で守れた方がいい。

 加護の話を聞いたら尚更だ、この話を聞けてよかった。

 勘が当たったのが嬉しかったようでオーランドははっはっはと大きな声で笑う。

 釣られて俺も笑顔になって、あまりに大きな声で笑うものだから俺も声が漏れてしまった。


 オーランドと過ごして、もうすぐ一年が経つ。

 教えてもらった暦は俺が知っている12進法の月で一年の物と大差なく、この世界の歴史もちゃんとそれなりに長い事もついでに教わって確認した。

 全ては覚え切れてはいないがたしかにこの世界は存在し、自分は今そこに生きているんだという言い切れるだけの自信はいくらあってもいいくらいだ。

 いい加減抵抗もなくなってきて、父さんと口を滑らせそうになる日も少なくない。

 意地でも呼んでやらんけど。

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天命の赤光 秋日和 @akibiyori

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