プロローグのエピローグ

 夜更けの山岳地帯、爆音と衝撃が駆け巡った。

 それは山道を走っていた一台のトラックが事故を起こした音である。

 前方のタイヤを両方パンクさせられたトラックはコントロールを失い、蛇行を繰り返して擁壁とガードレールに交互に衝突すると、そのまま道路に対して水平に倒れた。

 ぷすぷすと煙を上げるトラックから運転手と同乗者が這いながら出てくるが、そこへ影が一つ通り過ぎ、糸の切れた人形のように地面に横たわってしまった。

「終わりましたよ。僕、あんまりこういうの得意じゃないんですが」

 トラックの炎によって照らされた人物は、最場星。アイドル黒崎玲の事件や氷結鬼事件でアルたちと戦った人物である。そして、その視線の先にもう一人、組織の中でもそれなりの地位にいる最場を顎でつかえるほどの人物である。

 その人物は、文句を言う最場を無視して倒れているトラックの荷台を開けた。荷台には荷物はなく、ほとんど空であった。それもそのはず、このトラックは荷を運ぶものに偽装して、ほかの用途で使われていたからだ。

「こんにちは、氷結鬼さん」

 声をかけられたのは、荷台の中で拘束されていた氷結鬼。グレンの学校で理科教師をしていた氷室という男だ。このトラックはこの男を秘密裏に移送するためのものだったのだ。

 突然の来訪者にも氷室は声すら上げない。特殊なマスクで声を出せなくされているのもあるが、タブレットの副作用で呆然自失になっている彼の瞳には何も映ってはいないのだ。おそらく今自分が陥っている状況すらもわかっていないだろう。

 ゆっくりと影が氷結鬼へと近づく。

「最後に、————恋を教えてあげる」

 近づいてきた影が手を伸ばし、頬に触れた。そのままゆっくりとなぞられると、魔力の刃で口を封じていたマスクは切り裂かれ、床へと落ちた。

 あらわになった顔は青白く、無精ひげが目立った。だが、そんなことを気にするそぶりもなく、

「甘い甘い毒の中、夢見るように、溶けるように————殺してあげる」

 蠱惑的な甘いつぶやきとともに、唇を重ねた。瞬間、氷室は目を見開くと、青白かった顔がさらに色を失っていく。体は徐々に枯れるように細く骨ばってくる。そして数秒後には指先から崩壊し始め、氷室の体は粉々になって塵に還ってしまった。

「……まずい」

 何もなくなった虚空から唇を離すと、用の無くなった荷台から顔を出す。その時、ちょうど月が顔を出した。

 荷台から出てきたのは美しい女性であった。年齢は二十いかないくらいだろうか。背は女性にしては高く、百七十ほどある最場とほとんど変わらない。肩くらいの長さの髪を纏め、パンツスーツにスレンダーな体型。それでいて最低限の女性的なラインはあるのでキャリアウーマンという言葉がよく似合う。彼女こそ、組織の最上位能力者『七つの大罪』の一人、色欲のアリア。


「お疲れ様です。お味はどうでしたか」

 氷室の魔力を吸い尽くして殺した後にも関わらず、最場の口調は軽い。彼にとって、氷室の処分は、今回の件の後始末に過ぎないのだ。

「まずい。栄養食はまずいと言うけれどあれはさすがに度が過ぎているわ」

 アリアはその態度が気に食わないのか、ムッとした様子で吐き捨てた。吸収の異能をもつ彼女にとって、タブレット常用者は魔力量的にはおいしい相手なのだが、味的には口に合わなかったらしい。

 そんな対応をされても、最場は気にする様子もなく、

「そうでしたか。次はまともなのだといいですね」

 なんて気のない言葉をかけた。最場にとって七つの大罪の一人であるアリアは、上司である以上に自分の踏み台なのだ。命令されれば従うが、基本的に敬いはしない。

「言われなくても、さっさと次を探すわ。————今度は私の街で」

 どこか遠くを見ながら、つぶやくと二人は闇の中に消えていった。


 To be continued


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↓あとがきはこちら↓

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初恋 ~夏に見た雪の話~ ヌン @Nun1121

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