エピローグ  ~アル・シオン編~

 夏の暑さが完全に去り、涼しげな風が心地よく感じるようになった頃、俺たちはこの街を離れることになった。とはいっても、この街にいたのはほんの数週間程度なので別に何とも思わないのだが。


「なあ、シオン。学校楽しかったか」


 グレンの入院していた病院から駅まで歩く道すがら思いついたことを口に出していた。


 もともとこの任務にシオンを連れてくる予定はなかった。力の制御に難のあるシオンを使うというのは逆に被害を増やす恐れがあったからだ。その懸念に対して、俺の師である魔法使いが提示したのがあの力を抑える指輪だった。


 新開発されたあの指輪は、効率的に魔術師の力を抑えることができ、なおかつ同じ特性をもった手錠とは違い日常的に使える形状をしている。あれをつけることで被害を減らすことができる想定で今回の任務に就かせたのだが、結果はあのざまだ。


 と、話がそれてしまったが、本題はそっちじゃない。任務に関係がない学校に通うという行為をさせた理由が言いたかった。それは、師匠の親心だろう。


 俺たちの島に学校はない。正確には近いものは存在するがそれは俺たちがこの仕事に関わるようになってから作られたものだ。だから、学校というものに通った経験がない。


 俺はまだ近い集団生活をしたことがあるため、なんとなくは感覚が分かっているが、シオンはある年齢まで屋敷から出たことのない、まさに箱入り娘だったので、一度は通わせてあげたいと思ったらしい。————あとは制服を着たシオンが見たかったという、個人的な趣向が半分くらいだろうか。


 そのおかげでグレンと出会って、氷結鬼もすぐに捕まえられたのだからいい判断だったと思おう。


「うん、たぶん、楽しかったのだと思う。みんないい子ばかりだったから」


 シオンの返答は少しだけ意外だった。彼女がこうやってストレートな言葉を口にするような印象はなかったからだ。だからそれくらい彼女にとってはいい経験になったのだというのも、少ない言葉からでもよく分かった。


「そっか、ならよかった」


 うれしくなっていつものように頭を撫でた。シオンは今日も髪を纏めているため、撫で心地はいつもとは違う。それでようやく意識の外に合ったことに気がついた。


「というか、いつもでその格好してるんだ?楽しかったとはいえ、島に学校はないぞ」


 シオンはなぜかいまだに学校の制服を着ていたのだ。もう学校に行くことはないし、行くにしてもすでに学校の関係者の記憶は消してしまっている。それに今日は日曜日だ。制服を着る必要性はない。


 俺の指摘にこれまた珍しく俺の方から視線を逸らして、泳がせた。これはまた誰かになにか吹き込まれたな。


「ねえ、アル!ちょっと寄り道がしたいの。……まだ帰りの船には早いし、ダメ?」


 明らかに聞かれたくないことを聞かれて、無理やり話を変えたように見えるのだが、それを言うのは野暮というものだろう。前はこういう頼みをしてくるような娘じゃなかったのだ。それに今回はシオンの頑張りもあって、これだけ早く依頼を終えられたのだ。それくらいの褒美はあげなくては。————別に彼女に特別甘いなんてことはない。ないったらない。


 笑顔とうなずきだけで返事を返すと、少しだけ不安を帯びていた瞳に輝きが戻った。


「じゃあ、行こう。すぐに行こう。時間がもったいない」


 右手を無理やりつかまれて、魔術でも使ってるんじゃないかってくらいの力で目的地へと引っ張られた。



 アルは知らない。シオンがクラスメイトから制服デートなるものを聞いてひそかにあこがれを持っていたことを。



 彼らは知らない。後日、グレンたちの学校では、自分たちの学校の制服を着た見知らぬ美少女がデートをしていて、大きな話題になったことを。


 そして、その正体を突き止めよう躍起になった美墨紗季という少女にグレンがふりまわされることを。

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