第16.5話
「邪魔するぜ。グレン、生きてるか?」
目が覚めて二日目、病室に田中(仮)がやってきた。
アルの話で一人盛り上がっていたシオンはその気配を察知すると、瞬時に姿を消した。おかげで俺は一人でこいつの相手をしなくてはならなくなってしまった。いたらいたで面倒なことになるのは予期できてしまうのだが。
それにしても他人の病室に入るときに生きてるか確認するのがマナーなのだろうか。だとしたら、なんて縁起の悪いマナーだろう。
「俺が死んでたら、病室じゃなくて葬式か墓の前に顔を出してるんじゃないか」
俺の軽口に、なぜか満足げな笑みを浮かべると
「うん、元気そうで何よりだ」
なんて言いながら、ベッドわきの椅子に何も言わずにどかっと座った。
「それにしても女の子を助けて骨を折るなんて、グレンらしくないじゃない」
腰かけてくつろぐなり、単刀直入に本題へ入った。こいつが俺の病室に来る理由なんてそれ以外にあろうはずがない。俺を心配して見舞いに来るなんていう、優しさなど微塵もない人物なのだ。
「悪かったな、らしくなくて。柊助けようと必死だったんだよ」
唇を尖らせて、拗ねるように反論すると、田中(仮)は不思議そうな顔で顔を覗き込んでくると何を考えたのか人の額に手のひらを当てた。
「熱は……ないみたいだ。頭に包帯もつけてないから、頭を強く打ったとかもなさそうだし。グレン、なんかあった?」
なにがどうしてだかわからないが本気で心配されてしまった。理由は不明だが、ろくなことじゃないのは確実だ。
「なにもない。……あっても言わない」
ジト目で睨むと逆にそれに安心したらしく、あんまり変なこと言うから心配したじゃないか、なんて肩をすくめてみせた。
「ああ、そうだ。なあ、田中」
「なんだい、グレン」
「お前、ポータブルのプレーヤー持ってただろ。それとライブのディスク貸してくれよ。……黒崎玲のやつ」
俺の頼みにハトが豆鉄砲くらったみたいなぽかんというか唖然というか、とりあえず驚きの表情を浮かべると、そのままもう一度俺の額に手を当てた。
「熱はねえって。そんな驚くようなことか?」
「そりゃあ、驚くさ。あの後から俺たちの中では禁句だった話題を急に口にするから。やっぱり、なにかあったんじゃないか」
「……べつに、ただ、今見たらなにか違うのかなって思ってさ」
氷結鬼騒動の中で黒崎玲は異能者だったと知った。以前ライブを見たときはそんなことを知る由もなかったが、異能者と知った今なら知らなかった時とは何か違うことを感じるかもしれないと思った。というのは、建前でいろいろあってセンチメンタルな気持ちを少しでも忘れたかった。
そんな俺の気持ちを知る由もない田中(仮)は、ふーんと感情の乗っていない声を吐くと、
「いいよ、貸してやる。だけど、条件がある」
「なんだ」
「————年明けにラストライブのディスクが出るんだ。一緒に見て、一緒に泣いてくれよ」
「いいよ、いくらでも一緒に泣いてやる」
俺の返事に満足したのか、よしと一言掛け声を出して立ち上がるとそのまま病室から出て行ってしまった。
田中(仮)のことだから、言ってすぐに取りに行ってくれたのだろう。
なんとなく視線は自然と窓の外を向いていた。
外に広がる大空はとても広くて、とても青かった。それを見て少しだけ胸の奥が軽くなった気がした。
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