結 目覚め
翌日の朝、キヨシは自室の椅子の上で目覚めた。
パソコンに向かいながら、そのまま眠っていたようだ。
変な姿勢だったために体のあちこちに痛みを覚え、動きが鈍くなっている。
「執筆しながら眠っちまったか。それだけ集中してるってことだ、クリエイターとして自信が持てるぜ」
「何がクリエイターよ。一度も応募したことすらないのに」
キヨシの独り言に、後ろから突っ込みが入る。
半分開いたドアから女性が顔を覗かせた。
「びっくりした、母さんいたのか。旅行に行ってたんじゃなかったっけ?」
「なに言ってんの、宿の手違いで帰ってきたって言ったじゃない。スキヤキ食べたでしょ。父さんや母さんより先に耄碌しないでよね」
朝ごはんよ、と言い残してキヨシの母はリビングに戻った。
キヨシは開いたままのパソコン画面を眺め、夜の作業がどこまで進んだのかを確認した。
「なんだこのアホみたいな設定、俺が書いたのか?」
起動しているテキストファイルを見て、キヨシは本気で若年性認知症の心配をした。
まったく書いた覚えがない文章がいくつもある。
キヨシは疑問を抱きながらファイルを閉じ、食事に向かった。
彼のパソコン上では、デスクトップ壁紙である「B.Bee」というアニメキャラクター。
いつも変わらぬそのJPG画像の笑顔が、両目開きから、なぜかウインクに変わっていた。
しかしキヨシはバカだから、その些細な変化にいつまでも気づくことはなかった。
「おはようキヨシ。頑張るのはいいが、変な格好で寝ると体を壊すぞ」
リビングでは父が新聞を読んでいた。
地方欄に載っている些細な事件、事故にも眉をひそめている。
「おはよう父さん。そういえばさあ、俺、大学中退したんだから、年金払わなきゃ駄目なんだよな。すっかり忘れてた」
食卓に着くなり、キヨシがまともな発言をしたので父も母も驚いた。
「あ、ああそうだな。連休が終わったら手続きに行け。金はあるのか?」
「ん。バイト代入るし。俺の収入くらいなら、額を減らしてくれるんだろ。今まで払ってなかった分も分割で払えるはずだし」
そう言って箸を持ち、朝餉を取ろうとするキヨシの動きが、ふと停まった。
「……あれ、なんで俺、こんなこと知ってるんだっけ?」
時は春。
少しだけ真人間に近づいた、加藤キヨシの未来に光あれ。
もちろん、世の中すべてのワナビたちにも。
ワナビのゴールデンウィーク 西川 旭 @beerman0726
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