止揚

「最初から最後まで、全部駄目じゃないの! この中のどこに法と秩序があるの? 無法地帯もいいところじゃない! あんた、あたしをなめてるでしょ? ちょっと弱味を見せたからって、調子に乗りすぎてない?」


 エネルギーの変換が終わっておらず、等身大のままのロッポーちゃん。

 あまり強くない力でキヨシの体をポカポカと殴るが、もちろんキヨシにダメージなどほとんどない。


「ちょっと落ち着いて、もう一つあるから。むしろこっちが結論」


 ここちよい殴打を受け笑いながら、キヨシが別のテキストをパソコンの画面に開く。



 ☆


 帝国の圧制とテロリズムで混乱する、かつて日本と呼ばれた国。

 しかしそこに、愛と正義の美しい妖精が舞い降りた。

 彼女は国中を飛び回り、嘆く人を励まし、悪人に法と秩序の大切さを説いて回った。

 最初は誰も、彼女のやることに賛同しなかった。

 そんなことをしても無駄だという空気が、国中に蔓延していたのだ。

 しかし、バカで変態でどうしようもなく駄目と評判な男、カトーという若者が、その妖精の言うことをハイハイ聞いている。

 カトーも少しずつ真人間になり、一生懸命働き、悪事を見過ごせない好人物に変わった。

 あれほどクズ人間で知られたカトーがまじめになるんだから、実はすごい妖精なのかもしれない。

 妖精にまつわる噂が少しずつ広まり、妖精の話に耳を傾ける人が増えた。

 そしてその力は、衝突を繰り返す帝国とテロリストにまで及んだ。

 皇帝は不条理な圧制を改善し、テロリストの首謀者であるカイという青年も、破壊行為をやめて罪に服する、その誓いを立てたのだ。

 国民は大いに喜び、新しい議会を作った。

 そして新しい国の出発として、法を決めることにした。

 もちろん、その中心にこの国を救った妖精を招くつもりで。

 しかし妖精は、平和と秩序が戻ったこの世界に満足し、名前も告げずに妖精の国に帰っていった。

 その後も、国には長い平和が訪れた。

 人類の歴史が終わるまでそれは続いた。



 ☆



「同じ人間が心を入れ替えて、法と秩序のすばらしさを理解してくれました。そのビフォーアフターです。なんてのはどうだ。ロッポーちゃんが帰ったときに書く、その報告書とやらでさ」


 ロッポーちゃんはそれを読んだまま、何も言えずにいる。

 目に涙がたまっているのをこらえているようだ。


「ロッポーちゃん的には、こういう展開でもやっぱアウトかね。お別れの前に、キッツイ一撃をもらいたい気分でもあるから、殴るのは一向に構わんけど」

「バカ、こ、こんなの、全然駄目よ。なっちゃいないわ」

「残念。じゃあ消しちまうか」


 キヨシがマウスを操作して、ファイルを削除しようとした。

 しかしその手を、か細いロッポーちゃんの腕が止めた。


「で、でもせっかく一生懸命書いたんでしょ。私は、法の妖精だから面白い面白くないの判断はできないけど、それを面白いと思う人が、世の中のどこかには、一人くらい、いるかもしれないわよ。残しておきなさいよ」


 泣きじゃくりながら、ロッポーちゃんは何度も何度もそのテキストファイルを読み直していた。

 キヨシはその様をニヤニヤしながら見つめ、つぶやいた。


「やっぱり、ヒロインはツンデレに限る」

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