今求められる精神バージョン

ちびまるフォイ

求められるのは自分が求める人物像

「見て! すごいわ! ほら!」


「ああ……」


「なにその反応? 来たいって行ったじゃない。楽しくないの?」


「いやそんなことはないけど。

 そんな女子高生みたいにはしゃがないだけ」


「はぁ……つまんない人。いつからそんな退屈な人間になったの?」


「別に昔と変わらないよ」


「いいえ、あなたは変わったわ。

 昔はもっと何にでもキラキラした目をしていたし、

 どんなことにも挑戦する好奇心があったわ。

 

 でも今はなに? クールぶってるか知らないけど

 一歩引いた感じで見ていてすごくイライラする」


「そうかなぁ」


「あーーあ、こんなことなら最初から夫とじゃなく

 女友達とくるんだったわ」


妻の機嫌が露骨に悪くなってしまった。

けれど、まだパークに入ってから数時間しか経っていない。


このまま悪い空気のまま見て回るのはつらすぎる。


夫は慌てて自分の精神バージョンを見た。


「わかったよ。楽しめるようにすりゃいいんだろ」


精神バージョンは『36歳ver.』とある。

目盛りをいじってどんどん数値を下げていく。


精神バージョンを『10歳ver.』にした。


すると、それまで見飽きた風景のようだったパークやアトラクションが

一気にキラキラしてワクワクの冒険を届けてくれるように見えてきた。


夫のテンションは急激に上昇する。


「うおおお!! すっげぇぇぇ!!!

 次! 次あれに乗ろう!!!」


精神バージョンを下げたことで、考え方は10歳へ戻る。

「遊園地へ行く」という言葉がどんな麻薬よりも強く響くお年頃。


「ちょっと、どうしたの?」


「はやく! 走って! 走ったほうがはやく並べる!!」


妻の手を引いて、アトラクションの待機列へと並んだ。

急激に変わった夫を見て妻は目を点にしている。


「さっきまであんなに退屈そうにしてたじゃない」


「そんなことないよ。本当は我慢してたんだ」


「そう? それならいいけど」


「ああ! 見て! コースターがこっからちょっと見える!!

 あっちには山だ!! こっちには水が流れてる! ねえ! ねえねえ!!」


目に入る"驚きの新情報"を誰かに伝えたくてたまらない。


アトラクションに乗るまでの数時間もハイテンションで、

乗った後も乗り終わってからもやっぱりハイテンションだった。


疲れたのはむしろ妻の方だった。


「ねえ、次は何に乗る!? それともあっちへ行く!?

 こっちでご飯食べる!? ねえねえねえ!?」


「ちょっと疲れたから休ませて!」


「まだ1回しか乗ってないじゃん。もっと遊びに行こうよ。

 時間は限られてるんだし、もっと回らなくちゃ損だ」


「いいから聞いて。今めっちゃ恥ずかしいんだから!!」


「恥ずかしい……?」


「列に並んでいるときもずっと恥ずかしかった。

 おとなげなくはしゃいで……ホント帰りたかった」


「ええ!? だって、一緒にいると退屈だって言ったじゃないか」


「だからって、あんな子供みたいに飛んだり跳ねたりされるのはキツいわよ」


「えええ……」


「もっと大人らしくしてよ。一緒にいても楽なくらいがいい」


「うーーん……」


夫は再び考えてしまった。

退屈だと言われたから楽しめるように精神バージョンを下げた。

またさっきの『36歳ver.』にバージョン上げてもまた小言を言われるだろう。


「もっと落ち着きゃいいんだろ」


今度は『78歳ver.』まで年齢をひきあげた。


さっきまで桃源郷のように見えていた世界が色を落とし、

ゆっくりと時間が流れるような穏やかな気持ちへと切り替わった。


「さあ、それじゃ行こうか」


「え、ええ。大丈夫? なんかまた雰囲気変わったけど」


「なにも変わらないよ。次に行きたい場所はあるかい?」


「〇〇は見たいかな」


「いいよ。それじゃそうしよう」


「いいの? あなたは?」


「僕は君に合わせるよ」


「あそう……ふうん……」


慌てることなくゆっくりと待機列に向かって歩いて行く。


その間も、空がキレイだねとか言っている。

並んでいる間に横入りされても夫は穏やかな顔で、


「いやぁ、抜かされちゃったねぇ」


などと言って、落ち着き払っていた。


アトラクションに乗ってもテンションの浮き沈みはなく、

常に妻を気づかうような行動で優しかった。


そんな夫に妻は安心するかと思いきや、不満げだった。


「なんか……楽しくない」


「また!?」


「さっきから、あなたは落ち着いているのに

 私だけはしゃいでバカみたいじゃない」


「じゃあどうすればいいんだよ!

 子供のように楽しんだらやめろと言われ、

 大人っぽくしたら楽しくないと言われたら

 もうどうしようもないだろ!」


「そんなこと知らないわよ!」


「はあ……なんで、お互いに楽しみに来ててケンカになるんだ」


「あなたがつまらないからでしょう?」


「そっちが文句ばかり言うからだろ」


「言わなきゃわかってくれないじゃない!」


昔はお互いが何を考えているか手にとるようにわかっていて衝突は少なかった。

日を追うごとにお互いのズレがケンカの火種になっていった。


そんな昔を思い出して夫は気がついた。

妻のつむじの中央を確認する。


「ちょっと何するの!?」


「やっぱり!」


夫はつむじの中央に表示されている精神ver.の状態を確認すると、

自分の精神バージョンも妻と同じ年齢に引き下げる。


精神バージョンのバージョンアップ速度は人により違う。


夫のアップグレード頻度と妻の更新頻度が異なることで、

お互いに精神バージョンの格差が生まれた結果に価値観ズレが起きていた。


「いったい何だったのよ」


「なんでもないよ。さあ、もう大丈夫」


夫はそれまでのちぐはぐな対応ではなく、

妻が求める"年相応"の精神バージョンでエスコートした。


そして、次のアトラクションに向かうとき、妻の友達とばったり遭遇した。


「あ、こんにちは~~! 今日は夫婦で来てるんですか?」


「ええ、そうなんです」

「夫の△△です」


初めて夫婦で並ぶ姿を見て、友達はうんうんと感心した。


「夫婦は似るって言うけど、本当にふたりともそっくりですね」


友達のコメントに夫婦は声をそろえて返事した。


「「 そんなことないですよ~~! 」」


しだいに精神にひっぱられ顔つきまで夫婦は似始めていた。

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