第4話 一寸先は闇か光か 生と死を決めるのは自分しかない
女子大生 池上節奈の言葉に思わず、私は答えた。
「ポックリ死って、内情を知らない他人からはそう見えるだけの表面的なものでしかないわ。現実は、もっとうじうじしていて、シビアだわ」
私はしみじみと言った。
「その先輩は、二十歳の頃から喫煙してイライラすると煙草に手を出すという生活、いやその積み重ねの人生を送り続けていたの。
六十歳過ぎてから、そのつけが回ってきたのね」
節奈は、目を丸くした。私は話を続けた。
「その先輩は、まず甲状腺をやられ、海藻類が食べられなくなったの。
その時点できっぱり煙草を辞めればよかったんだけど、そういうわけにもいかなく、一時は電子タバコを吸ってたんだけど、それも長続きせず、結局は元のスモーカーにもどってしまったわ」
節奈はため息まじりに言った。
「その先輩は、タバコの悪霊に取り付かれているのかもしれないわね。
精神までタバコの煙で覆われてしまったみたいね」
「そうね。イライラを煙草の煙でごまかしていたのかもしれないわね。
そうしているうちが、それが癖になってしまったのね。
それからその先輩はバゼドウ病になり、辛そうにしてたと思ったら、スーパーのレジも辞めて、総菜売り場にまわされたのよ」
「総菜売り場って、揚げ物のことでしょう。油臭くって仕方がないんじゃないの」
「あたりい。死ぬ三か月前には、総菜売り場も辞めてしまったわ。
いつも穏やかな笑顔を浮かべ、私が『タバコ辞めなさいよ』というと、先輩は『ありがとう。優しいね。でも辞められないの。ゴメンな』と言うだけだったけどね。地元のカフェで談笑した翌日に、亡くなってしまったというのをマスターから聞いたときは、びっくりしたわ」
節奈は驚いたように言った。
「じゃあ、カフェでの談笑が予期しない最期だったというわけですね。
宿命は変えられないが、運命は変えられるというが、人の死期というのは誰にもわからないものね」
私は思わず、昔通っていた神学校の話をした。
「宿命というのは、その人がもって生まれたものね。
家庭環境や地域環境以外に、いつの時代に生まれるか、昭和に生まれるか、明治に生まれるか、平成に生まれるかによって変わってくるし、日本国籍をもって生まれてくるか、そうでないかによっても変わってくるし、男に生まれるか女に生まれるか、健常者として生まれるか身障者として生まれるかによっても変わってくるわ。
宿命は変えられないが、運命は変えられるというよりも、変えていくしかない」
節奈は納得したように言った。
「そうね、今の時代は就職難だけど、時代のせいにしても仕方がないわ。
その時代を変えるくらいの働きをしなきゃね。
でも、死期というのはなんとなく自分でもわかるというわ。
私の母は、六十歳を目前にして亡くなったけど、死ぬ八か月前と二週間前には、やはり死ぬという予感がしたと言っていたわ」
私は同調した。
「そういえば、私の母方のおばあちゃんは、和裁師だったけどね、老人ホームに入居していたの。亡くなる前日、私がお華を生けようとしたら、細長い花瓶が真っ二つに割れたのを覚えているわ。かけらもなしに、割れてしまったのが不思議だった。
私は十八歳までおばあちゃんと生活していたし、老人ホームに入居してからも、母親の使いで月に一度は、通ってたからね。母親の母だったけど、通ってたのは私だけだったからね。私のことが気がかりだったのかなあ」
節奈はしみじみと言った。
「きっとそうに違いないですよ。以心伝心、心は伝わるものですよ」
西谷君が突然口をはさんだ。
「おい、節奈。ところでこの前貸した算数のドリルは、暗記するまでこなしたか? まあ、五、六回したら暗記できると思うけどな」
「まだ、暗記するまではこなしてない。でもあと三回くらいするとバッチリよ」
私は、思わず口をはさんだ。
「私、今ちょっと法律というか、宅地建物取引主任者の勉強してるの。
そこで初めて知ったんだけどね、保証人よりも怖いものがあるの。それは根保証なんだんって」
節奈はキョトンとした顔をしたが、西谷君は話に食いついてきた。
「昔話だけどね、実は俺の父親は小学校六年のとき、保証人になったのがきっかけで失跡したと、母親から聞かされてたんだ。それから母親は僕を育てることができなくなって、親戚に預けることにしたんだ。
幸い兄貴は、社会人だったので、母親の面倒は兄貴が見ていたんだ」
私は黙って聞くしかなかった。そうか、こんな悲劇があったのか。
「父が失跡して一年後、東北地方で病死したというのを聞いたときは、ショックだったな。まあ、自殺するよりはマシかもしれないが、急に姿を消し、疾病があったわけでもないのに、病死するなんて不思議としかいいようがない」
私は自分の見分上の想像を述べた。
「多分、西谷君のお父さんは保証人になって多額の借金を背負わされ、家族に迷惑をかけたくない一心で、姿を消したんじゃないかな。
そしてその借金を返済するために、肉体労働を強制させられた挙句、過労死したんじゃないかなというのは、私の想像だけどね。
しかし保証人になったら、誰でもそうなる危険性はあるよ。だから保証人になってはならないと、旧約聖書の箴言にも六回も書かれてあるのよね」
「保証人になった者は、寝床まで取られるであろう」(箴言)
「あなたが間違って保証人になってしまった場合、相手に平身低頭してでも取り消してもらいなさい」(箴言)
節奈は納得したように言った。
「そういえば芸能人でも保証人になった余り、多額の借金を背負った人はいるわね。間寛平とか島倉千代子とか、まあ、島倉千代子は占師の細木数子に助けられたけどね」
私は思い出したかのように答えた。
「細木数子曰く、ある夜、車で帰宅するとき、赤信号にも関わらず白装束の女性が飛び出してきたのだった。私が危ないとよけようとすると、髪の毛はざんバラ、白い着物のすそははだけ、何かに追われているような哀れな様子だった。
私は一瞬、幽霊だと思ったが、哀れに思い女性を車に乗せ、自宅に呼び寄せたの。女性はぐったりしていて、私に身を任せきっている様子だった。
女性から保証人になって、借金取りから追われているという話を聞いたとき、余りにもありふれたパターン、またかやれやれと思ったが、なんと目の前にいる人が島倉千代子だと名乗ったとき、私は耳を疑った。そういえばか細い声と面影が島倉千代子そのものだと納得した」と言ってたわ。
それから、細木数子は赤坂のクラブを始め、何軒かの酒場を経営していたが、そのときの知り合いに頼んで、島倉千代子の借金を帳消しにしたというわ」
節奈は、目を丸くして言った。
「へえ、初めて聞く話ね。そういえば島倉千代子の「人生いろいろ、男もいろいろ、女だっていろいろ咲き乱れるの」という歌は、その体験から生まれたというわ。
そういえば細木数子は、テレビで言ってたな。
昔、不動産屋に騙され、金銭ばかりか土地、建物、店舗もみなだまし取られて、一文無し以上の借金を抱え込む羽目になってしまったというわ」
私は呆れた言葉がでた。
「信用できるのは金だけなんて言ってる人に限って、欲にかられ、だまされたりするのよね」
節奈は続けた。
「でも、仕事関係者が細木数子の商才を見込んで、雇われ店長として雇ったというわ。それで借金も帳消しになったという。
細木数子曰く「金を積むより徳を積め」徳というのは人徳のことよ」
私も思わず「今は、金持ちは命を狙われる時代よ。でも積んだ徳は、逃げていかない。たとえば叱りつけ、そのときは逆恨みされても、大人になったら納得し、感謝されることだってあるわ」
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