この恋の行方神のみぞ知るー還暦間近の女性の三十四歳男性への恋
すどう零
第1話 三年前の出会いから芽生えた恋心
彼と初めて出会ったのは、三年前、まだ冷たい春風の吹くシーズンだった。
私は還暦間近の元OL。松井まこ。
松嶋菜々子に似ていると言われる。
それがきっかけで、素人参加のお笑い番組に三回出演させて頂いた。
毎日欠かさず通う地元の商店街の一角に、いきなりスマホショップが開店した。
この機会に携帯からいったん中止していたスマホへと移行しようと思い、開店したばかりのスマホショップを訪れたのが三年越しの恋ーといっても私の一方的な片恋でしかないがーの始まりだった。
スマホショップのロゴマークの入ったシャツを着た彼は、驚くほどスマートに対応してくれた。
彼を信用して、一晩携帯を預けることを承知すると、彼は目を細めた。
最後に「ダンナさんは? お子さんは?」と聞かれたとき「いません」と答えるしかなかった。
多分、家族割りでスマホを勧めようとしていたのだろう。
二度目に訪れたのは、今までの充電器を返却するためだった。
今度は私の方から聞いてみた。
「奥さんはお元気ですか?」
彼は少々ネガティブに答えた。
「奥さんはいません」
チャラチャラしたプレイボーイといった風でもないし、あまり深い恋愛もしてこなかったのだろう。
私はすっかり彼に好感をもった。
翌日、私は彼にお手拭きを渡すことにした。
彼は少々戸惑いながら「有難うございます」と受け取ってくれた。
もちろん、客からは金のかかったプレゼントを受け取ってはならないことになっているが、まあ、無料のお手拭きくらいならアリだという。
私は、毎日買い物帰りの商店街で、彼にお手拭きを渡すことが日課になっていた。
たとえ片思いでも、私のなかで彼はアイドルになっていた。
彼の姿を見ているだけで幸せだった。
還暦間近ながら、中学生のようなピュアな純情恋心を抱き始めた。
私は今まで、恋らしい恋をしたことがなかった。
もちろん、男性とつきあいはあったが、肉体の触れ合いと心から発する愛とは別物である。
私の豊かとはいえない恋愛体験をふと、振り返ってみた。
初めて男性と付き合ったのは、高校一年のとき。
友人の紹介で、大学生と付き合っていた。
私立大学一年でバスケットクラブに所属していた彼は、面白い話をして私を笑わせてくれた。
初めはお茶を飲みながら、ジョークを言い合う程度の付き合いであった。
ある日、彼はお好み焼き屋に行こうと言い、私は誘われるがままについて行った。
そこは個室のお好み焼き屋だった。
一瞬、入室するのを躊躇したが、彼を拒否すると彼は私から離れていくだろう。
それに、ラブホテルでもあるまいし、個室のお好み焼き屋でセックスは不可能であるという安心感から、入室することにした。
男性が女性をオトす手段として、初めは優しくして自分を信頼させ、セックスにまで持ち込む。
女性の方は、相手の男性を信頼しきっているので、セックス=自分を捧げ、身を任せることのできる身内のような存在だと悲しい勘違い(!?)をしてしまう。
まあ、だいたいこういう口先だけの身体目的の男性ほど、避妊など露ほども考えていない。
ただセックスの快楽を求めるだけなので、避妊など考えず、コンドームをつけることすらもしてくれない。
しかし、セックス目的の男に引っかかる女性は、同性の親友がいなかったり守るものがなかったりするケースが多い。
もちろん私は、男の言いなりになった挙句の果てのセックスなどする気などなかった。
個室のお好み焼き屋で、最初は中居が運んで来た二人でお好み焼きを食べていた。
私の方から「さあ、もう帰ろうか」と促すと、大学生は「えっ、もう帰るの」と言ったその瞬間、私にキスをしてきた。
それは慣れた手つきであり、抵抗する余裕もなかった。
私にとっては初めてのキス。
ただ彼に身を任せるだけのキスだったが、それ以来、私は彼を拒まなくなった。
彼は最初は映画を見たり私を楽しませておいてから、彼の部屋に行くというのがデートのパターンになってきていた。
幸い、彼はキス、ペッティングとまりでセックスにまで発展することはなかった。
繁華街のカフェで待ち合わせして、流行りの映画を見たり、当時私の好きだったアイドルのイベントに行ったあと、彼の部屋に行く。
そんなつきあいが、十回ほど続いた頃だろうか。
私は彼とは切ることに決め、電話でそのことを告げると、彼はあっさり
「もう付き合うのやめるよ。悪いな。元気でな」
これで彼とは、縁を切った。
心まで染まることのない、風のようなつきあいだった。
現代のパパ活とは全くわけが違う。
話を元に戻そう。
携帯ショップの店長である彼は、いつも黒いスーツを着て颯爽としていた。
苦情を言いにくる客もいるだろう。
まあしかしこの少子高齢化の世の中、そうひどい嫌がらせもないかもしれない。
私にとって、彼の姿を見てお手拭きを渡すことが日常となっていた。
本当は、客からのプレゼントなど受け取ってはいけないのだが、彼はお金のかからないお手拭きくらいならと「有難うございます」と快く受け取ってくれた。
そんなときが、一年以上続いた。
私が「今度PayPayをしてみたいと思うんです」とスマホの画面に映ったPayPayのアプリを見せると、即座に彼は「あれは詐欺が多いんですよ。だから僕らもあまりしないことにしてるんです」
私は驚いた。そういえば、PayPayは一度クリックすれば、もう取り消すことは難しいという。
パソコンでカートに入れた商品を削除するといったわけにはいかないのである。
だからそれに便乗して、詐欺師も活躍(!!)するのだろう。
しかし、彼はやはり職業上Paypayのやり方を教えてくれた。
私が帰ろうとすると、彼は背中越しに「辞めた方がいいですよ」と止めてくれたおかげで、私は現金を使ったPaypayをきっぱり辞めることにした。
彼はやはり私を守って下さったのである。
私の愛もどきが通じたのだろうか。
愛とは相手を守ることである。
その守る方法としては、ときには相手に逆らい厳しい忠告をしたり、制御することも必要である。
それでも相手が言うことを聞かないのなら、体罰に訴えるということも有りかもしれない。
最初は相手の言いなりになり、相手のご機嫌を伺う詐欺師とは正反対である。
「にせ預言者たちに気をつけなさい。
彼らは従順な羊の皮をかぶっているが、その中身は貪欲な狼である」(聖書)
まさにその通りである。
三十歳くらいで、新店の店長に抜擢されるくらいだから、彼は以前の店舗では店長としての実績を上げてきた人なのだろう。
携帯ショップというのは、年配者の苦情処理係でもある。
彼は、そつなく年配者に説明をし、スマホを駆使してきたのであろう。
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