第3話 憧れの店長と中学時代の同級生との関係

 一方西谷君は、母親が育てることができなくなったので、子供のいない親戚に引き取られるようになった。

 私は西谷君の身の上が心配で仕方がなかった。

 親戚とはうまくやっているのだろうか。

 しかし、私の心配など杞憂であり、西谷君は元気に進学校に通っていたようだった。


 ふと、現実に戻った。

 携帯ショップの彼ー清田店長が口を開いた。

「あれ、マスターと知り合いなの?」

 私はすかさず

「実は、中学時代の同級生だったんだ。こんなところで会えるとは、なにかのお導きかな。気になってたのよ」

 西谷君は答えた。

「僕は親戚に引き取られたよ。この店も親戚の店なんだ。僕がこの店を継ぎたいといったとき、親戚は喜んでくれたよ。

 僕は、今でも松井にもらったピザみみの味が忘れられないんだ」

 そういえば、私は中学二年のとき、西谷君が遠足でひもじそうにしていたとき、ピザトーストもどきのパンのみみでつくったピザみみを、ラップに包んでプレゼントした記憶が蘇ってきた。

 パンのみみを一口大に切って、ピーマンとチーズと私特製の秘伝のソースをかけて電子レンジでチンしたものであったが、西谷君はわあ、きれいといって、その場で完食してくれた。

 西谷くんは私に尋ねた。

「ピザみみには、どんなソースがかけてあったの? できたら教えてよ」

 私は快く教えることにした。

「大したものじゃないわ。玉ねぎと人参とサバをジューサーでジェル状にしたものに、ケチャップと酢を混ぜただけ。要するに余り物をミックスしてジューサーにかけて、ケチャップ、マヨネーズ、ソースをかけて最後はくさり止めの酢で混ぜるの。

 でも美味しかったでしょう。私、今でも作ってるのよ」

 清田店長は感心したように「へえ、これなら僕でもつくれそうですね」と西谷君と同時に頷いた。


 そのとき、小学校四年くらいの子がカウンター越しに、西谷君にテスト答案を見せた。

「やったあ。僕初めて百点とったよ」

 西谷君は、ほっとした安堵感にあふれた笑顔をみせた。

「よかったね。正直これからどうなることかと思ってたんだよ。

 お母さんも、遼太がゲーム漬けになることを心配してたんだよ」

 小学生遼太は口を開いた。

「ゲームってやりすぎるとダメだけどさ、意外と記憶力や瞬発力が身につくんだよ。これからは、それを勉強に生かそうと思うんだ」

 西谷君は答えた。

「これからは、ゲーム関連の本ばかりでなく、図書館でいろんな本を借りてきて読めよ。読書感想文に備えてな」

 小学生の遼太はすかさず言った。

「チャットGPTがでてきてから、今までのようなありきたりのワンパターンの、読書感想文は禁止なんだって。

 それより、このストーリーの続編を自分で創造して書きなさいなんて、ムチャぶりを言うんだよね」

 西谷君は目を丸くして答えた。

「ワオッ、想像力かきたてられるな。でも、思ったことを書いたらいいんじゃない。プロの作家じゃあるまいし、いいものを書こうなんと思わないことだね。

 ダメなものはダメと書けばいいよ」

 遼太は答えた。

「お母さんが言うには、今までは時代劇のような勧善懲悪で「観念しやがれ、悪党ども」で話は終わるが、今はいい人がオレオレ詐欺の影響で、十分で悪の世界に入り、悪党のボスから逃れられなくなるって」

「そうだな。一寸先は闇というが、一瞬先は悪の世界に組み込まれ、身動きできなくなっていたなんてこともあるな」

 遼太は答えた。

「笑い話みたいだけどさ、僕、実はジャパニーズジュニアに入りたいと思ってたんだ」

 私は思わず口をはさんだ。

「ジャパニーズジュニアというと一万人近くいるのよ。そのなかでデビューできるのはほんの数%。あとはレッスンばかりで疲れ切って、授業中は居眠りばかりして、クラスメートからはいじめの対象になることだってあるわ。

 それより今は、義務教育をしっかり楽しんだ方がいいわ」

 私は二人のやり取りを、ただ感心したように見ていた。

 

 すると女子大学生が入店してきた。

「あー、就職決まらない。内定も取り消されちゃった」

 西谷は心配したように

「ええ、どうしたんだ」

「今までひた隠しにしたことが、ついにばれちゃったんだ。私、文系の大学通ってたでしょう。だから、分数もできないし、九九も満足にできないの。 

 だって、九九の場合スマホで計算できるでしょう」

 西谷は、思わず絶句しそうになったが、そこをぐっと堪えた。

「じゃあ、今からでも遅くない。学べばいいじゃない。人間一生、勉強だよ。

 なんなら、遼太に混じって一から勉強し直すか」

 女子大生は恥ずかしそうに顔を覆ったが、西谷はすかさず言った。

「恥ずかしがることないじゃないか。今からでも学ぼうなんて、尊いことだよ。

 聞くはいっときの恥、聞かぬは一生の恥だというじゃないか」

 私も思わず口をはさんだ。

「そうね。時代は移り変わってるし、時代遅れにならないためにも、常に新しいことを勉強し続けなければね」

 女子大生は顔を上げた。

「そうね。このままわからないまま、一生を過ごすなんてことはできないものね」

 西谷は納得したように言った。

「この頃減少していっているが、夜間中学みたいに五十歳以上の人が学び直しているケースもあるぞ。

 さあ、今が人生で一番若いときだ。明日になると確実に年をとってるんだぞ」

 私は思わず笑顔を浮かべながら発言した。

「そうね、明日になると何が起こるかわからない。だから、今のうちにいろんな知識を吸収しとかなきゃね。人生は長いようで短い。

 あまり高齢になってからは、学習能力も乏しくなっていくわ」

 女子大生は言った。

「そうね。この頃はスマホなしでは生活できなくなっている自分が怖いと思っていた矢先だったのよ。スマホひとつで九九を覚える必要がなくなってきてたものね。

 今まではおばあちゃんの知恵を借りるために、おばあちゃんと会話してたけど、スマホから知識を得るのでそれも必要なくなった。

 おばあちゃん、寂しがってたな。詐欺にでもひっかからなきゃいいけどね」

 私は思わずうなずいた。

「そういえば大病院のケアマネさん曰く、一番騙されるタイプというのは、人付き合いせず、親戚づきあいは毛嫌いして一切せず、ひたすら金ばかり握っている。

 こういう人は現金ばかりでなく、不動産、土地、あげくの果てに店舗までだまし取られるらしいわ」 

 人とのコミュニケーションは大切である。

 西谷君も同感らしい。

「だから、僕はこの店で年代の違ういろんな人と、コミュニケーションがとれればと思っている。そうすれば、若い人も年配者もお互いに、時代錯誤や時代遅れから逸脱できるんじゃないかと思っている」

 私は思わずうなずいた。

「この店は未成年者が出入りするので、当然禁煙よね。でも煙草って結構、怖いわよ。先日も私の五年来の友人がぽっくり死したばかりよ」

 女子大生が言った。

「えっ、焼酎でポックリ死というのは聞いたことがあるけど、煙草でもポックリ死があるの?」

 私は答えた。

「あるわよ。私の高校の二歳先輩にあたる人だったけどね、二十歳くらいのときから喫煙しだし、辞められなくなってしまったの。就職するようになって、イライラしたらついタバコに手を伸ばす生活を送っていたのね」

 女子大生は、困ったように言った。

「典型的な依存症ね。焦りや不安を煙草やゲームによる刺激でまぎらわそうとする。そうしているうちに、それに頼ってしまい、身も心も委ねてしまう。

 子供をもっている母親にも、そういう人はいるというわ」

 私は答えた。

「まあ、子供は母親の思う通りにはならないからね。

 実は、私はクリスチャンなの。イエス様に委ねることができるからラッキーね」

 女子大生は言った。

「申し遅れました。私は節奈といいます。池上節奈です」

 私はそれに対して答えた。

「私は松井まこ。西谷君とは小学校の同級生です。

 話を続けるね。私の先輩は、六十歳のとき喉をやられて甲状腺をやられたの」

「ああ、聞いたことある。甲状腺をやられると海藻類が食べられなくなる。

 だから、ダシのきいたうどんや鍋物やおかきが食べられなくなるって。

 ところでその先輩は、細身ですか、それともガッチリ体形ですか?」

「典型的なガッチリ体形ね。筋肉がついてて、いかにも頑丈そうな人だったわ。

 私と地元のカフェで談笑した翌日に、死んだという話を聞かされたとき、びっくりしたわ。死んだというよりも、タバコの煙みたいに宙に消えたみたい。

 今でも信じられないわ」

 節奈は、驚愕の表情を浮かべたが、納得した口調で答えた。

「でも、考えようによっては、ポックリ死って本人も苦しまず、周りにも迷惑をかけなかったんだから、ある意味ラッキーじゃない?」


 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

 


 

 

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