その日暮らしの泣く頃に 4人用台本

ちぃねぇ

第1話 その日暮らしの泣く頃に

ボス:来たかジーノ。…相変わらず小汚いな、お前。風呂ぐらい入ったらどうだ

ジーノ:すみません

ボス:まあいい。今回の依頼はこいつだ


0:一枚の写真を取り出すボス


ジーノ:女ですか

ボス:名前をイザベル・オズホーン。ここらを取り仕切るオズホーン商会の女主人だ。年齢は今年で23。1カ月前イザベルの親父が死んだ後、イザベルが後を継ぐ形で就任した

ジーノ(M):へぇ…俺の3つ下で社長か。世の中にはラッキーな奴がいたもんだ

ボス:お前にはイザベルの指輪を盗ってきてもらう

ジーノ:指輪ですか

ボス:ああ、イザベルが肌身離さず付けている代物(しろもの)だ

ジーノ:それはそれは…きっと高いんでしょうね

ボス:いや、その指輪自体に価値はない。宝石の類(たぐい)もついてないからな

ジーノ:ではなぜ?

ボス:あれは造りが変わっていてな…銀行の貸金庫を開ける鍵になっているんだよ

ジーノ:貸金庫の鍵?

ボス:刻印が掘られていて、その文様(もんよう)で扉が開くらしい。商会の頭に代々受け継がれてるんだと

ジーノ:なるほど

ジーノ(M):わざわざ盗み出させてまで手に入れたい金庫の鍵…中にはいくら入ってるんだ?ま、考えた所で所詮(しょせん)他人の財布か

ボス:期限は10日、それまでにイザベルの指輪を俺のところに持って来い。方法は何でもいい。くすねてもハニートラップでも、腕ごとでも構わん

ジーノ:腕ごとって

ボス:ああ、後始末は上手くやれ、俺は手伝わんからな。報告は定期的にしろ。あと、次会う時までにそのクセェ身体をなんとかしてこい

ジーノ:はい

ボス:一応言っとくが、逃げようなんて考えるなよ?お前は俺の駒(こま)だってことを忘れるな

ジーノ:分かってます

ボス:ならいい。下がれ

ジーノ:はい


0:一礼して下がるジーノ


ジーノ:さて、どうするかな


0:その足で向かったリサの床屋


リサ:いらっしゃ~…ってなんだジーノか

ジーノ:髪を切ってくれ

リサ:うち、無料のボランティアじゃないんだけど?前回と前々回のカット代、支払う用意ができたのかしら?

ジーノ:………ツケで

リサ:(ため息)まあいいわ、今暇だから練習台にしてあげる、座りな

ジーノ:助かる

リサ:(カットしながら)あんたさぁ…もっとまともな生活しな。みんながあんたのこと、なんて呼んでるか知ってる?「その日暮らしのボロジーノ」

ジーノ:いい得て妙だな

リサ:何感心してんのよ。最近は何してたの?どうせまた薄暗い事でしょうけど…いい加減、あの男から離れたら?

ジーノ:そんなことできるかよ

リサ:できるわよ、その気になれば。あんたこのままだと捨て駒(ごま)にされていつか本当に死んじゃうわよ?それとも逮捕が先かしら?

ジーノ:…あの人を裏切った奴の末路、聞きたいか?

リサ:結構よ!私を変なことに巻き込まないで頂戴


0:店に客が来る


リサ:いらっしゃ~…あれ、ベル?

ベル:こんにちわ、リサ

ジーノ:え…

ジーノ(M):おいおい…ベルってまさか、イザベル・オズホーン!?なんでこんなところに…リサと知り合いなのか?

リサ:どうしたの?ベルがうちの店に来るなんて…(冗談っぽく)まさかうちに髪切りに来たの?

ベル:ああ、違うの。露店で美味しそうなバケット買ったからリサにもお裾分けしようと思って

リサ:え~嬉しい、ありがとう!

ベル:でも接客中だったよね、ごめんなさい

リサ:いいのいいの、こいつはただの練習台だから

ベル:練習台?

リサ:そう。じゃあ髪の毛が飛ばないよう厨房に置いてくるわ

ジーノ(M):え、おいっ


0:パンを受け取ったリサ退場。残されたジーノとイザベル


ジーノ(M):嘘だろ、下がるのかよ。どうする…これは想定外すぎる

ベル:ごめんなさいね、カットの途中だったのに

ジーノ:いや

ジーノ(M):どうする…どうすれば…


0:沈黙を破ったのはベル


ベル:ねえ、あなた…

ジーノ:なんだ

ベル:私とどこかで会ったこと、ない?

ジーノ:え?

ジーノ(M):俺がこの女とどこかで会ってる?…そんな記憶は無いぞ

ジーノ:…悪いが覚えてないな。あんたみたいな美人なら忘れないと思うが

ジーノ(M):なんておべっかを使ったところで、ハニートラップは使えないだろうなぁ…服屋でひと揃え、盗んでから来ればよかったか

ベル:…あなた、仕事は?

ジーノ(M):下手に嘘をついてもすぐにバレるだろうし…

ジーノ:(笑って)こんなオンボロを雇ってる会社があるか?

ベル:(目を輝かせて)ほんと!?

ジーノ:え

ジーノ(M):何だこの反応

ベル:あの、よかったら!あなたうちで働かない?

ジーノ:…働く?

ジーノ(M):何言ってんだこいつ

ベル:突然こんなこと言われても驚くと思うんだけど…うち、ちょっとした店をやってて、今急ぎで用心棒をやってくれる人を探しているの。良ければ引き受けてくれないかしら

ジーノ(M):おいおいマジかよ。願ってもない提案だが…

ベル:あなた、腕は立つ?

ジーノ:まあ、そこそこ

ベル:じゃあどうかしら?ほんとに急ぎで探してて…あなたさえよければなんだけど

ジーノ(M):これは…乗らない理由がないだろ

ジーノ:(笑って)渡りに船だ。最近仕事を失って困っていたところなんだ、俺でよければなんでもやるよ

ベル:ほんと?すごく助かるわっ

ジーノ:でもいいのか、俺みたいな素性の知れない男を雇って

ベル:だってリサのお客さんだもの、悪い人じゃないと思うの

ジーノ(M):理由になってないな…人を疑うことを知らない「箱入り娘」極まれり、ってか。これは早く仕事が片付きそうだ

ベル:とりあえず、カットが終わったらここに電話してくれる?


0:名刺を渡されるジーノ


ジーノ:オズホーン商会代表、イザベル・オズホーン

ベル:ベルでいいわ、みんなそう呼んでるから。お給金とか詳しいことはまた後で話すわ

ジーノ:わかった。よろしく頼む、ベル

ベル:こちらこそ!


0:リサが戻ってくる


リサ:お待たせベル~!はいこれお礼、裏庭で取れたリンゴ。持ってって

ベル:嬉しい、私リンゴ大好きなの!…あなたも好きよね?リンゴ

ジーノ:え?俺は別に

ベル:ああそう言えば、あなたの名前まだ聞いてなかったわ

ジーノ:ジーノだ。名字はない

ベル:ふぅん?じゃ、また後でねジーノ!


0:ベル退場


リサ:ちょっと、「後で」ってどういうこと?

ジーノ:雇われることになった

リサ:…どういう展開?

ジーノ:俺にもわからん

リサ:あの男から離れて真っ当に働く気にでもなったの?

ジーノ:そういうことにしといてくれ。…にしても、なんで女社長と床屋のお前が知り合いなんだ?

リサ:ああ、あの子、方向音痴なのよ

ジーノ:は?

リサ:街で迷子になってるところを助けて以来、ちょくちょくお茶する仲になったの。ベルって甘いものが大好きで美味しいお店をいくつも知ってるのよね

ジーノ:へぇ、妙な繋がりだな

リサ:…なんでもいいけど、ベルに変なちょっかい掛けようとしても無駄だからね。あの子にはもう【いい人】がいるんだから

ジーノ(M):色恋路線は確実に消えたな


0:3時間後、ベルと待ち合わせたジーノ


ベル:改めてよろしくね、ジーノ。にしてもさっぱりしたわね、さっきよりうんと素敵よ

ジーノ:そりゃどうも

ベル:でもよかったの?今日の今日から働いてくれるなんて…こっちはとても助かるけど

ジーノ:気にするな。仕事を早く覚えたい

ベル:ジーノって真面目なのね

ジーノ:まあな

ジーノ(M):残り10日。色恋が使えない以上、一日でも早く信頼を得て指輪に近づかねぇとな

ジーノ:用心棒を探してるって話だったが、オズホーン商会ってのはガードがいるくらい儲かってる店なのか?

ベル:そんなことないわ、ごくごく普通の会社よ

ジーノ:普通…ね

ジーノ(M):健康的な肌、洗練されたパンツスーツ…これが普通なら俺はさながらドブネズミってか。…左手の中指の指輪、あれがボスの言ってたやつだな。金庫の中にはいくら入ってるのか…想像もつかねぇな

ベル:…何よその目。ほんとにほんとのどこにでもある普通の会社よ?一応社長だから、ボディガードの一人も付けてないと内外から色々言われるのよ。前の人はこんな時期に辞めちゃうし

ジーノ:こんな時期?

ベル:あぁ、もうすぐちょっとしたセレモニーがあるの

ジーノ:セレモニー?

ベル:私の父が先代社長だったんだけど、1カ月前に亡くなってね。会社自体は既に引継ぎが終わってるんだけど、対外的に新社長のお披露目会みたいなものをやらなくちゃいけなくて

ジーノ:なるほど、そのお披露目会にボディガードを連れて出席したいと

ベル:そうなの。ほら、私若いじゃない?しかも女。誰も連れずに登壇(とうだん)したら、箔(はく)がつかないのよ

ジーノ:社長ってのも大変なんだな

ベル:そうなのよ、だから今日あなたに会えて幸運だったわ。私ってね、昔からツイてるの

ジーノ(M):ツイてる奴は泥棒を家に招いたりしないけどな

ベル:あ、その目、疑ってるでしょう。ホントなんだからね

ジーノ:はいはい

ベル:もー!


0:3日後


ボス:ジーノ、首尾はどうだ

ジーノ:先日雇ってもらうことになりました

ボス:ふん。なかなかいい服をあてがってもらったみてぇだな。それにくさくない。…まあ、ドブネズミのようなクサさは消えてねぇがな

ジーノ:(苦笑)

ジーノ(M):確かに、俺には過ぎたスーツだ。だけど…


0:回想


ベル:だめよ、着て頂戴。私のボディガードなのよ?ちゃんとした格好でいてくれないとこっちまで舐められちゃうんだから

ジーノ:そうは言ったって、なにもこんな上等なやつじゃなくていいだろ。いくらするんだこれ

ベル:大丈夫よ、給料から差し引いたりしないから

ジーノ:そういうことじゃなくて…もっと安いのはないのか、適当なやつ。こんなの、服に着られる状態になるぞ

ベル:そんなことないわ、似合うわよ

ジーノ:おべっかはいいから

ベル:ほんとよ。私本気でジーノに似合うと思って用意したの

ジーノ:あんた、よく見る目がねぇって言われるだろ

ベル:まさか!私はセンスの塊よ?さあ着替えて来てよ、これは雇用主からの命令

ジーノ:分かったよ…


0:着替えたジーノ


ジーノ:おい、やっぱりこれ

ベル:いいわ、すごくいいっ

ジーノ:え

ベル:よく似合ってるわジーノ。すっごく素敵。やっぱり私の目に狂いはなかったのよ

ジーノ:どこがだよ。手だって足だって生地が余りまくってるだろ

ベル:そんなの、長めに作ってあるんだから当たり前よ。あなたには濃いネイビーだと思ってたのよ、ばっちりね!

ジーノ:…あんたは過ぎた世辞は嫌味になるってことを覚えたほうがいい

ベル:もう。…そんなに自信が無いなら他の人にも見てもらえばいいわ。あそうだ、今からリサに会いに行きましょう

ジーノ:はぁ?!なんでそうなる

ベル:リサだってこんなに素敵なジーノを見たらびっくりするはずよ

ジーノ:冗談はよしてくれ

ベル:だから冗談なんかじゃないって。あなたは素敵な人よ、それをもっと自覚すべきだわ

ジーノ:たった3日で何がわかる

ベル:3日もあれば人となりは分かるわよ。あなたの勤務態度はすごく真面目だし仕事の覚えも早いし

ジーノ(M):それはあんたの指輪を狙ってるからで

ベル:さぁさ、行くわよジーノ!

ジーノ:(ボソッと)あんた、マジで見る目がねぇって


0:回想終了


ジーノ(M):あの後ほんとにリサの店に連れて行かれて…あの時のリサの何とも言えない表情…今思い出してもいたたまれない…

ボス:それで、イザベルの指輪はいつ盗れる

ジーノ:あー…四六時中付けてるので、まだなんとも

ボス:そうか。分かってると思うが、使えん駒(こま)は要らんからな。急げ

ジーノ:はい


0:屋敷にて


ベル:ジーノ、今から出るから付いてきて

ジーノ:どこまで?

ベル:2番街にあるケーキ屋さん!絶品のアップルパイを焼くのよ

ジーノ:了解


0:道中


ベル:さっき屋敷にいなかったみたいだけど

ジーノ:ああ…半休をもらったからな、外に出てた

ベル:ふぅん…恋人とデート?

ジーノ:俺にそんな相手がいるように見えるか?

ベル:(嬉しそうに)いないの?

ジーノ:嫌味か?

ベル:そんなんじゃないわ、聞いただけじゃない

ジーノ(M):なんなんだ一体

ジーノ:…にしてもあんた、ほんと社長らしくないな

ベル:え?

ジーノ:アップルパイが食べたいんなら駒(こま)に買いに行かせればいい。なにもあんたがわざわざ動く必要はないだろう、それも徒歩移動

ジーノ(M):なんでも手駒(てごま)任せのうちのボスとはえらい違いだぜ

ベル:ちょっとジーノ?私の可愛い社員たちを駒(こま)だなんて形容しないでよ

ジーノ:あんたはトップなんだから、他は全員駒(こま)だろ

ベル:何言ってるの!人材は人財よ?宝なの!人は大切に扱うべきだし扱われるべきだわ

ジーノ(M):俺の生きてきた世界には無い価値観だな

ジーノ:あんた、出来た社長だな

ベル:普通よ。それに、自分の足で自分の食べたいものを買いに行く、これぞ最高の贅沢(ぜいたく)だと思わない?

ジーノ:そんなもんかね、俺にはわからん

ベル:じゃあジーノにとっての贅沢って何?

ジーノ:俺にとっての?

ベル:そう

ジーノ:そうだな…やりたくないことをしなくていいこと

ベル:え?

ジーノ:金さえあれば、したくないことをせずに済む。汚い仕事に手を染めず、泥まみれのパンで腹を満たさなくてもいい

ベル:ジーノ

ジーノ:…なんてな。冷めたジョークだ、聞き流してくれ


0:とその時、正面から車が


ジーノ:何かあの車、スピードおかしくないか?

ベル:ほんとね、この道細いのに


0:速度を緩めず突っ込んでくる車


ジーノ(M):おいおいマジかよっ

ジーノ:ベル逃げろっ、こっち来るぞ!

ベル:ええ!?


0:走り出す二人。後を追う車


ジーノ:なんなんだあれっ!

ベル:ちょ、ちょっと待ってよ

ジーノ:もっと早く走れっ

ベル:ヒールなのよ、無茶言わないでっ!

ジーノ:ったく

ベル:あっ


0:ベルの腕を取り引っ張るジーノ


ジーノ:そこの細道入るぞ

ベル:わかった


0:車の入れない路地に逃げ込む二人


ジーノ:巻いたか

ベル:た、多分…

ジーノ:なんだったんだあれ

ジーノ(M):まさか…ボスの仕業か?

ベル:あ、あの…ジーノ

ジーノ:なんだ

ベル:その…そろそろ離してくれる?


0:そこで初めてベルを抱きしめていたことに気づいたジーノ


ジーノ:あぁ、悪い

ベル:ううん、ありがとう…

ジーノ:怪我はないか

ベル:ええ…あの、ごめんなさい

ジーノ:なにが

ベル:あの車、私を狙ったのかもしれない

ジーノ:なんか心当たりがあるのか?

ベル:急ぎで用心棒を探してるって言ったでしょ?あれ、パフォーマンスの為だけじゃないのよ

ジーノ:どういうことだ

ベル:先代の父が遺言を残したの。私が新社長に就任して落ち着いたら銀行の貸金庫に預けてある遺言状を開封しろって。この間、遺言状を開ける日取りが決まったの

ジーノ:銀行の貸金庫に遺言状?

ジーノ(M):それって…

ジーノ:それとさっきの車がどう関係する

ベル:あの車もしかしたら、その遺言状を開封されたくない人の仕業かもって思って…

ジーノ:あんたは遺言状の中身を知ってるのか?

ベル:知らないわ。知らないけど…予測はできる

ジーノ:どんな

ベル:多分、どっかの会社の悪事

ジーノ:は?

ベル:亡くなる前、父がどっかの会社の不正がどうとか、きな臭いこと調べてたのよ。会社関係の書類はひと揃え残ってたし、他に貸金庫にまで入れる書類なんて思いつかなくて

ジーノ:つまりあんたは、さっきの車がその書類をもみ消したい奴らの仕業だと?

ベル:それ以外に猛スピードで車に追い回される理由、思いつかないもの。私に何かあればとりあえず遺言状の開封は先送りにできるし…あ、でも

ジーノ:なんだ

ベル:(真顔で)カッコよくなったジーノに一目惚れしたどっかの美人が、ジェラシーでアクセル踏みまくったって説もあるけど

ジーノ:こんな時に冗談言えるタフさは尊敬するよ。……あ、もしかして、親父さんの死因って

ベル:ああ、そこに事件性ないわ。ただの胃がんよ

ジーノ:だったら、全部ベルの考えすぎじゃないのか?

ベル:…社長に就任して直後、空き巣に入られたの

ジーノ:空き巣?…盗られたものは?

ベル:なにも。入られたのも、金庫のある部屋じゃなくて私の寝室

ジーノ:寝室?

ベル:ええ、それもドレッサーの周りだけが異様に荒らされていて…(中指を指して)多分、この指輪を狙ったんじゃないかって

ジーノ:…変わった指輪だな

ベル:これ、貸金庫の鍵になってるのよ

ジーノ:(淡々と)へぇ

ベル:あら、反応薄いわね。指輪が鍵よ?もっとこう、「へぇ!」とか「ほぉ~」とか無いの?

ジーノ:悪かったな、リアクションに乏(とぼ)しくて

ベル:最近屋敷の周りをうろつく人を見たって報告もちらほら上がってて…空き巣のこともあるし、近いうちに誰か雇わないとって思ってたところにあなたと出会って

ジーノ:なるほど、だからあんな雇い方をしたのか

ベル:…ごめんなさい

ジーノ:なんで謝る

ベル:初めにきちんと説明せずにだまし討ちみたいに雇ってしまって。まさか、車で追いかけられるなんて予想してなくて

ジーノ:あの車がベル狙いだって確証はないだろ

ジーノ(M):それに、恨みを買うのなら俺の方があり得る。案外俺狙いだって読みの方が当たってるかもな

ベル:でも…ジーノが降りたいって言うなら止めないわ。無関係のあなたを危険な目に遭わせるわけにはいかないもの

ジーノ(M):こんな時まで駒(こま)の心配…こいつは人が良過ぎる

ジーノ:…俺が辞めたらあんたはどうする気だ。ホントにあんた狙いなら、また誰かに襲われるかもしれないぞ

ベル:そうね…とりあえず、セレモニーが終わるまでなるべく引きこもるしかないわね

ジーノ:なんでセレモニーが終わるまでなんだ?

ベル:その日に合わせて貸金庫から遺言状を取り出す手筈(てはず)になっているの

ジーノ:なるほど

ジーノ(M):あの車がボスの指示かどうかは置いといて、ボスの狙いははっきりしたな。期限を付けた理由も分かった。にしても金庫の中の遺言状…一体何が書かれてるんだ?

ベル:その服はジーノにあげるわ

ジーノ(M):…とりあえず、今解雇されるわけにはいかないな

ジーノ:おいベル、あんた俺がこの仕事から降りる前提で話をしてないか?

ベル:え?

ジーノ:もともとあんたを守るのが俺の仕事のはずだ。こんなの仕事の範疇(はんちゅう)だろ?

ベル:でも、ただのボディガードと狙われてるかもしれない人を守るボディガードじゃ意味合いが変わってくるわ

ジーノ:どっちも一緒だ、依頼主を守ることに変わりはない

ベル:ジーノ

ジーノ:俺が嫌だってんなら仕方ないが、そうでないならあんたを守らせてくれ。「その日暮らしのボロジーノ」はもう御免だ

ベル:…傍にいてくれるの?

ジーノ:あんたが嫌じゃなければ、いくらでも

ベル:あ、ありがと

ジーノ:ん?顔が赤いぞ、熱でも出たか

ベル:なんでもないわ…帰りましょ

ジーノ:そうだな


0:3日後


ジーノ:ボス、一つお聞きしたいことがあります

ボス:なんだ

ジーノ:3日前、あの女と一緒にいた所を車で追い回されました。あれはボスの手配ですか

ボス:だったらなんだ

ジーノ(M):当たりかよ…

ジーノ:…本気で轢(ひ)きに来てましたよね

ボス:使えん駒(こま)は要らんと言ったはずだ

ジーノ:期日まではまだ時間があるはずですが

ボス:(食い気味に)黙れ。お前ごとき、替えはいくらでもいるんだ。さっさと指輪を持ってこい、死にたくなかったらな

ジーノ:…はい


0:街で出くわしたジーノとリサ


リサ:げ、ジーノ

ジーノ:リサか

リサ:あんたこんなとこで何してんのよ

ジーノ:見ての通り、ケーキ屋に並んでる

リサ:あんたがケーキ、ねぇ

ジーノ:おすすめはアップルパイだとよ

ジーノ(M):あの日は結局パイどころじゃなくなったし…あれ以来、元気そうに見せてるが顔色が悪いしな。美味いもん食って、少しでも元気になってくれりゃいいが…

ジーノ(M):って、何を考えてるんだ俺は。いい服に満足のいく食事…今までなかったものが急に与えられて、いっぱしの人間にでもなったつもりか?今更?

ジーノ(M):はぁ…さっさと仕事を終わらせて、元居た場所に戻ろう。…こんなところ、長くいたら戻れなくなる

リサ:仕事はどう?ベルとは上手くやってる?

ジーノ:ああ、今までにない好待遇で働かせてもらってるよ

リサ:あの子、いい子でしょ

ジーノ:いい子が過ぎるな。あんなんで社長なんてやれてるのか?

リサ:大丈夫よ、ベルには人を惹きつける力があるから。一緒にいるだけで心を晴れやかに温かくしてくれる子。周りが自然と助けたくなるような魅力がベルにはあるわ

リサ:誰に対しても礼儀正しくて優しくて…私、ベルが大好きなの

ジーノ(M):誰に対しても…か。そうだな

ベル(回想):おはようジーノ!今日もよろしくね!

ベル(回想):マリー、今日の紅茶も最高ね!ハンネ、その花の色すっごく綺麗、今度新しい生地染めに使ってみたいわ、あとで名前を教えて頂戴!

ベル(回想):みんなのおかげで今日も素敵な一日だったわ、明日もよろしくね。…ジーノ、また明日ね

リサ:ジーノがベルに雇われたって聞いたときはすごく驚いたけど…私、今ではよかったなって心の底から思ってるの

ジーノ:え?

リサ:あんたさ、こっちの方が性に合ってるよ。そのスーツ、似合うじゃん

ジーノ:……買いかぶり過ぎだ

リサ:そうかしら

ジーノ:ああ。悪いが俺は…どこまでいってもドブネズミなんだよ



0:3日後


ジーノ(M):ボスの期限まで残り一日…そろそろか

ジーノ:なあベル。今日は街に繰り出すのか?

ベル:ええ、ずっと引きこもってばかりもいられないわ、セレモニーの準備もあるしね。それに、ジーノが買ってきてくれたパイを食べたからすっごく元気よ

ジーノ:カラ元気はよせ、手が震えてる

ベル:これは…

ジーノ:無理するな。昨日は窓ガラスに石を投げ込まれたし、裏でボヤ騒ぎもあった。ベルが狙われてるのは確からしい

ベル:……

ジーノ:なあ…ずっと考えていたんだが

ベル:なに?

ジーノ:あんたさえよければ…その指輪、俺に預けてみないか

ベル:ジーノに指輪を?

ジーノ:あんたが遺言状開封を阻止したい奴らに狙われてるんだとしたら、そいつらはセレモニーまでの間、あんたから目を離さないと思うんだ。その状態で街に出ればまた襲われる危険がある

ベル:そうね

ジーノ:でも、あんたが指輪を付けずに出歩けば連中は指輪の方を追うはず。しかもあんたはここ数日屋敷にこもってたから、可能性があるのはこの屋敷の中だけ…連中はそう考えると思うんだ

ベル:確かにそうだけど…

ジーノ:あんたには今日一日指輪を俺に預けて街を見て回ってほしいんだ。できるだけゆったりと、その手に何も付けてないことをアピールして

ベル:ジーノはその間どうするの?

ジーノ:俺は屋敷で奴らを待ち構える

ベル:そんな、危険だわ

ジーノ:ああ、もちろん一人じゃやらない。この間街に出た時、警察に警備の人間を回してくれないか相談してきたんだ

ベル:そんなことしてくれてたの?

ジーノ:実害が出てるからな、奴らも網を張るときは力を貸してくれると約束してくれた。…だからどうだろう、今日一日俺に指輪を預けてみないか

ベル:………

ジーノ:まあ、出会って一週間の俺にそんな大事な指輪を預けるのは無理ってんなら、この話はここまでだが…ベル、俺を信じてくれないか。俺はあんたを守りたいんだ

ベル:わかった…あなたを信じるわ、ジーノ

ジーノ:ありがとう


0:数時間後


ジーノ:ボス

ボス:来たかジーノ

ジーノ:イザベル・オズホーンの指輪を手に入れました

ボス:そうか…よくやった

ジーノ:ありがとうございます。俺はこのままこの街を離れます

ボス:好きにしろ。次の仕事は追って連絡する

ジーノ:分かりました


0:ジーノ退場


ボス:(電話)…ああ、鍵を手に入れた。銀行の警備は変わらずか?…そうか。明日は手薄になるからな…ああそうだ、確実に燃やせ、チリ一つ残すな

ボス:(電話を切って)これでいい、全ては闇の中だ。あとは…ここまで手間を掛けさせてあの目障りなオズホーン商会を潰すだけだ…フフフ…ハハハハハ


0:2日後セレモニー前日、ボスの屋敷を取り囲む警官。(警官はリサ役の方が兼ねてください。)


ボス:な、なんだ貴様ら…!

警官:あなたを収賄(しゅうわい)の容疑で逮捕します

ボス:なんだと?なんのことだ

警官:先日、匿名の通報がありました。あなたの会社が収賄及び脱税を行っていると

ボス:はっ。そんなでたらめな通報に踊らされるなんて、君ら警察は随分暇なんだな

警官:何の裏付けもなしにこの大所帯で乗り込むと思います?…(紙を渡して)こちらを。あなたに賄賂を贈ったと思われる企業のリストです。見覚えがあるでしょう

ボス:な、なぜだ…そのリストは既に燃やされているはず

警官:ご同行を

ボス:でたらめだ!そんな書類、俺は知らん!俺を誰だと思っている!こんなことをしてタダで済むと思うなよ

警官:連れて行け

ボス:離せっ、触るなっ…


0:遡ること4日前


ジーノ:悪いが俺は…どこまでいってもドブネズミなんだよ。今更綺麗な世界で生きられるなんて思っていない。…けど、一番のネズミをそのままにするってのもどうかと思わねぇか?

リサ:え?

ジーノ(M):あのボスの余裕の無さ…もしかしたら本当にボスを潰せるかもしれない。なにより遺言状があろうがなかろうがボスに睨まれたオズホーン商会が今度どんな嫌がらせを受けるかわからないしな

ベル(回想):ジーノ!こっちこっち、早くっ!

ベル(回想):あなたってとっても素敵ね、ジーノ!

ジーノ(M):…あの、この世のすべてが綺麗なもので出来てるって信じてるお嬢様の世界くらい、守ってもいいよな

リサ:ジーノあんた、何言って

ジーノ:お前、警官の知り合いがいたよな。そいつ、信用できるか?この国で最も金を持つ大悪党に買収されてないと言い切れるか?

リサ:マルコおじさんのこと?…ええ、信用できるわよ。私が知る中でもっとも曲がったことが大嫌いの、正義感溢れる男性だもの

ジーノ:わかった。遺言状の中身を確認して、使えると思ったらお前に渡す。後は上手くやってくれ

リサ:遺言状?なに?何の話?

ジーノ:この国イチの大悪党を潰せるかもしれない紙キレのことさ


0:セレモニー当日


リサ:あの男、捕まったわね

ジーノ:らしいな

リサ:あの書類どうやって手に入れたの

ジーノ:銀行で正規の手続きを踏んで見せてもらった。ベルの指輪と名刺、委任状があったから何も言われずに通されたよ

ジーノ(M):と言っても、委任状は偽造、指輪はだまくらかして預かったもの。銀行側がベルに確認するかどうかは賭けだったけどな

リサ:余罪もどんどん出て来てるって新聞に書いてあるわ

ジーノ:だろうな

リサ:あんた、これからどうするの?

ジーノ:そうだな…とりあえずセレモニーの最中にこの街を出るよ。この国にはまだまだボスの息がかかった奴がわんさかいるからな…どっか別の国でひっそりと生きるよ

リサ:あっそ

ジーノ:そうだ…(紙幣を数枚リサに)これ

リサ:何よ、このお金

ジーノ:ツケだ

リサ:随分気前がいいのね

ジーノ:利子と迷惑料だ

リサ:じゃあ少ないくらいね

ジーノ:…ベルに謝っといてくれ。親父さんの遺言状を勝手に開けて警察に渡したこと、あと…代々受け継いできた指輪を失わせたこと

リサ:嫌よ。そう言うのは…自分で伝えなさいよ

ジーノ:え


0:ベル登場


ベル:ジーノ!

ジーノ:ベル!?なんでここに…セレモニーはどうした

ベル:あなたがいなきゃ登壇なんてできないじゃない

ジーノ:なんでだよ…あー…箔(はく)がつかないってあれか…でも悪いが用が出来たんだ、どっか別のやつを頼んでくれ

ベル:別の人って誰よ

ジーノ:誰って、誰でもいいだろ?運転手でもコックでもそれらしい奴を…ああそうだ、あんたのいい人にでも頼んだらどうだ?

ベル:いい人って誰よ

ジーノ:だからベルの恋人

ベル:(食って)そんな人いないわよっ

ジーノ:え、だってリサが

リサ:あら、私「ベルに恋人がいる」だなんて一言も言ってないわよ?

ジーノ:おいおい、デマかよ

リサ:デマでもないけど?

ジーノ:どういうことだ

リサ:ベルには昔迷子になった時に助けてくれた【リンゴの王子様】がいるのよ

ジーノ:リンゴの王子?

ベル:…もう20年近く前に、父とはぐれて泣いてた私にリンゴをくれた男の子がいたの。「美味しいものを食べれば元気になるよ」って。……あなたにすごく良く似た男の子がね!


0:18年前


ベル:父さま…父さま…

ジーノ:どうしたの?泣いてるの?

ベル:父さま…

ジーノ:迷子か…困ったなぁ

ベル:ううう

ジーノ:…ほら、これやるから元気出しな

ベル:…リンゴ?

ジーノ:上手いもん食ったら元気になるだろ?

ベル:…なんでリンゴなんて持ってるの?

ジーノ:おやつだよ。腹減った時に食うんだよ。美味いじゃん!

ベル:ふ…ふふ

ジーノ:お、笑ったな。笑ったらお前可愛いじゃん

ベル:え

ジーノ:よし、俺お前の父ちゃん一緒に探してやるよ。手ぇ貸しな、行くぞ

ベル:…うんっ!


0:回想終了


ジーノ:お前、あの時のガキか?

ベル:そうよ!あの後、父が見つかってすぐにあなたはどっか行っちゃって…お礼が言いたくて私、あなたのこと街中探し回ったのに全然会えなくて

ジーノ(M):あーあの後すぐ親父が死んで引っ越したんだっけ

ベル:一目見てすぐに、あなたがあの時の男の子だってわかったわ

ジーノ:…よくわかったな

ベル:わかるわよ、あれから毎日毎日ずっとあなたのことを探し続けてたんだから…それにあなた、全然変わらないし

ジーノ:そうか?随分変わったと思うけど

ジーノ(M):ボスの駒(こま)として酷いことばかりしてきた。生きるためとはいえ…許されることじゃない

ベル:変わらないわよ。あなたは昔のまま、優しいあなたのままよ

ジーノ(M):昔のまま、か…

ベル:ねえジーノ、あなた言ったじゃない「傍にいる」って。「私が嫌じゃなきゃいくらでも」って。なのに突然いなくなって、私がどれほど悲しんだかわかる?

ジーノ:…指輪のことなら、すまなかった

ベル:指輪なんかどうでもいいわよ!私が悲しかったのは、あなたが消えてしまったことよ!この3日間、生きた心地がしなかったわ

ジーノ:大げさだろ

ベル:大げさなんかじゃない!あなたは…私の大切な人なの。お願いだから自分を粗末にしないで。ずっとずっと、傍にいてよ。「傍にいる」って言ったじゃない…

ジーノ(M)昔の俺のままなら、こいつの手を取れたんだろうか

ジーノ:全部忘れろ。口から出まかせだ

ベル:でまかせでもなんでも口にしたわ!なかったことになんかしないで!

ジーノ:ベル

ベル:どこにもいかないでよ…私、私あなたのこと今でも

ジーノ:ベル、お前の知ってるジーノはもういないんだ。今の俺は散々汚いことをやって来た犯罪者だ

ベル:でもそこにあなたの意志はなかったでしょう?そうしないと生きて来れなかったんでしょう?

ジーノ:それでもやったのは俺だ

ベル:ジーノ!

ジーノ:それに、俺があんたの傍にいたらあんたはまた危険な目に会う。ボスの逮捕は氷山の一角だ。ボスの手駒だった俺を傍に置けば、商会はこれからも睨まれ続ける

ベル:嫌よ。どこにも行かないでよ…やっと会えたのに…

ジーノ:…ベル、なんで俺がボスを裏切ったと思う?あんたを守るためだ。遺言状っていう弱みを潰した後でなら、ボスはいくらでもあんたの会社に圧力を掛けられる。だから俺は

ベル:(強めに)守るって言うなら傍で守ってよ!

ジーノ:ベル

ベル:ジーノ、私の会社を舐めないで。くだらない脅しや嫌がらせに負けるような社員はうちにはいないの。みんな誇りを胸に仕事をしてる、私だってそう

ジーノ:でも

ベル:でも!…独りじゃ無理よ。あなたがいなきゃ無理。…私の傍で戦って

ジーノ:お前…

ベル:私と一緒に戦って。私と一緒に生きて

ジーノ:俺は、ロクでもない人間なんだぞ

ベル:あなたは素敵な人よ。私の、大事な大事な人

ジーノ:…ガキの頃に一度きり会っただけの男に固執するな

ベル:小さなあなたに恋をして…大人になったあなたをもう一度愛したわ。この気持ちは固執なんかじゃない、恋よ。あなたを愛してるの

ジーノ:ベル

ベル:一緒に生きましょう、生きてジーノ

ジーノ:(震えながら)あんたほんと…見る目無さすぎだろ

ベル:私と生きて。あなたの過去は変えられないけど、未来は変えられる。私はそう信じてる。…だからジーノ、あなたも信じて

ジーノ:(うわずって)バカだろ…バカすぎるだろ

ベル:この手を取って、ジーノ。…新社長のお披露目を、色んな人が待ってる。私と一緒に登壇して

ジーノ:いつか絶対後悔するぞ

ベル:しないわ。あなたと一緒なら

ジーノ:……はぁ。わかったよ、マイボス。あんたを生涯かけて守ると誓うよ

ベル:行きましょう

ジーノ:ああ


0:二人、皆の待つステージへ


リサ:やっぱ似合ってるじゃない、そのスーツ。…頑張りなさいよ、元「その日暮らしのボロジーノ」



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その日暮らしの泣く頃に 4人用台本 ちぃねぇ @chiinee0207

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