[31] 準決勝

 両者経験の少ない形、手探りの駒組は飽和点に到達する。

 仕掛けたのは先手。

 角打ちで力づくで敵陣を乱しにかかると相手の囲いに上から襲いかかった。

「駒損の攻め、ひとめ無理気味だよ」

「でも持ち時間はカナミさんが1分多いです。そのまま無理を押し通せるかもしれません」

「なんだかんだカナミちゃんのこと応援してるんだね」

「違います。私は冷静に解説してるだけですから」

「はいはい。後手は一旦受けにまわるみたいだね、果たしてこの短時間で受けきれるのか……」


 カナミは快調に攻めに攻める。

 ここに来て指し手がぐいぐい伸びてきた。

 自覚してないようだが彼女は調子に波があるタイプだ。

 いい時と悪い時の差がくそ激しい。何がきっかけかわからないがバチンとスイッチが入った感じがある。


「これはこのまま先手カナミちゃんが押し切ってしまうのか!」

「どうもそう簡単にはいかないみたいですね」

「藤山さばき、急所の角打ち! ひと目痛烈だ、龍とりにしながらカナミ玉に狙いを定めた!」

「見事な攻防手です。これは攻守逆転したかもしれません」


 龍をとられてはさすがにまずい。

 ここは一旦逃げて体制を立て直す。

 まだ勝負はわからない。

 冷静になって――

「行ったーっ! 佐原カナミ一歩も退かないっ! 龍を切り捨てて攻めを継続するっ!」


「いやいやいやいや無茶がすぎるでしょ! 詰みまで読み切ってないとこの手はさせない!」

「ということは――カナミちゃんにはすでに自分の勝ちが見えている、と!」

「多分そうじゃなくって、かっこいい手思いついたから、勢いで指しちゃっただけです!」

「えー、まあその気持ちは私もよくわかりますけども!」


 確かに闇子にもわかる、わかるけども!

 いわゆる魅せプ。この局面でそれをやるのか。

 いやこの局面でやるからこそかっこいいのかもしれない、もちろん結果が伴えばの条件付きだが――



「ぐやじい!」

 濁音まじりのその言葉とともに何かがテーブルを叩く音が聞こえた。

 準決勝翌日、今度は闇子のチャンネルにカナミを呼んで2人でV将棋王決定戦の反省会。

 前回と同じく棋譜ながめながらのんびり雑談の予定だったのだ、

最初から持ち込んでいたのか酒を飲んだカナミはすっかり酔っぱらっていた。


 なんか今日は口の滑りがいいなとはうっすら思ってはいたもののまさかそんなことをしているとは考えもしなかった。

 せめて枠主である自分には断ってからやれ、まあ許可を求められたらどうしていたかは不明だけれど。

「あそこで銀を残していれば!」

「相手玉は詰んでたな。でもそれ今日ずっと考えてやっとわかったことだろ」

「そうだけど! 私の龍切りは間違ってなかったってこと!」

「龍逃げてた方が安全にわかりやすく勝てたけど、時間もあったし」

「思いついちゃったんだからしょうがいないでしょ!」


 準決勝第2局、カナミは相手玉を詰ませ損ねて、逆に大量に渡した駒で自玉を詰まされて負けた。

 翌日、その日の配信の打ち合わせをしつつ2人で検討した結果いろんなことがわかったが、ただしそれらすべてを短時間で読み切れたかというとそれはまた別の話だった。


「あとちょっとで勝てたのにー」

 カナミはさっきから同じことばかり繰り返している。はっきり言って酔っぱらいの相手は面倒くさい。

 が、チャット欄を見るにおもしろがってくれているようなので闇子は適当に放置することにした。

 あとsayoさんも配信見てるようだし最悪の場合なんか対策とってくれるだろうから。


 そのままぼんやり闇子はコメントを眺めていた、カナミの相手はしてられないのでいい感じのコメントがあれば拾うつもりで。

『お2人との対局、私も楽しかったです。ありがとうございました』

 ふとそんな文字列が目に留まった。

 どういう立場の発言なんだろう? そう思いながら目線を発言者の名前に移す。


 藤山さばき。本人だった。

「どうも、藤山さん、来てくれてありがとう。あー……準優勝おめでとう」

『気をつかってくれなくていいです。龍三さんは強かったです』

「決勝の配信見てたけど、まあ盤石の勝利って感じだったかなあ」


 V将棋王決定戦決勝のカードは結局A・B両グループの1位同士の対戦で先手戸村龍三がエルモ囲いで後手藤山さばきの四間飛車に急戦を仕掛ける展開となった。

 局後の感想戦によれば戸村龍三は対闇子戦を見て、藤山さばきは非常に穴熊退治に習熟していると考えその作戦を採用したという。

 結果きっちり抑え込んで戸村龍三は初代V将棋王の座に輝いた。


 振り返ってみればこの将棋大会、アマチュアならではの奇手珍手が飛び出してきて結構盛り上がった。

 現実的な面で言えば、参加者及び主催者のチャンネル登録者数もそれぞれ増加したようでそういう意味でも成功の結果に終わった。


「なーにー闇子、だれと話してんのー?」

 むにゃむにゃ時おり意味をなさない言葉をつぶやいていたカナミが不意にまのびした声で会話に口をはさんでくる。

 こいつ、人の話一切聞いてなかったな。

 まあいいや、酔っぱらいにごちゃごちゃ言ったところでどのみち効果はないだろうし気にしても仕方のないことだ。


「藤山さんが配信来てくれてる、楽しかったって」

「まーじー? 私も楽しかったよー、また遊ぼうねー。将棋でもなんでもいいからさー」

 若干呂律のあやしいところはあるが言ってること自体はまともだ。これでも自称社会人だしそれなりにしっかりしているのかもしれない。

 いや多分そんなことはないか。


『はい、私もまた遊びたいです。こちらこそよろしくお願いします』

 そんなコメントを残して藤山さばきは去っていった。

 カナミはそのコメントをきちんと読んでない気がする、がそこのところは多分sayoさんがいい感じに処理するだろう、多分おそらく、闇子はひとまずそう思うことにした。


 その後は1人でコメント拾いつつ棋譜検討してたら、そのとうのsayoさんから『カナミちゃんは完全に寝ました』とのメッセージが届いた。

 ずいぶん静かになったと思ってたらこいつまじで寝落ちしてやがったのか。

 現在時刻を確認するとそこそこ配信してたので話を〆る方向にもっていく。


 一応所期の目的である準決勝の棋譜の反省会はできたし、なにより視聴者連中がおおいに盛り上がってたようなのでよしとする。

 藤山さばきが来てくれたことも盛り上がりに一役買ってくれた。

ありがたい。

 さてこのアーカイブはどうするか、メン限にでもしようかな、などと考えながら闇子は配信を終了した。

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