第64話 新たな覇者【最終回】
クローゼの率いた王国全軍が敗北したことで、ミロス王国のフランツ王は宿将ゲルハルトを呼び出した。
「クローゼが敗れて公国軍を連れてこちらへ向かっているという。汝は兵を総動員して、公国軍を迎え撃て」
国王の言葉であるが、クローゼが敗れたことを知ったゲルハルトはたしなめた。
「大陸一の将軍クローゼが敗れたのですか。私もすでに敵将ヨハンに敗れております。捕虜となった兵は死んだものとして扱い、戦場に出さない誓約もしてあります。それを反故にするのは誇り高きエルフ族のすることではございません」
「では、今から北の廟堂へ赴いて、今後の指針を占ってまいろうか」
「すでに公国軍は国内に侵入しております。陛下が不在となれば戦後交渉も先方有利となりかねません。占うのであれば、ここでただちに行ないくださいませ」
「わかった。では儀典長、
謁見場に居並ぶ臣下の中から、儀典長が手に持っていた筮竹を国王へ差し出した。
現在の時刻を聞くとさっそく占った。
「エルフ神にミロス王国の行く末を国王フランツが伺う。ミロス暦三百五年八月十五日十五時二十分、ミロス王国王都において、わが国はいかな行動をとるべきか。近づいてくる公国軍を追い返すのがよいのか受け入れて交渉を開始するのがよいのか捕らえて敵将を切り捨てるのがよいのか」
祝詞をあげながらシャラシャラと筮竹を選り分けていく。そしてようやく一本の筮竹を導き出した。
「儀典長、解釈を」
解釈事典を取り出して筮竹に書かれた卦を引いていく。
「これにございます」
フランツ王は解釈事典を覗き込んで確認した。
王都を囲う城壁に到着したヨハンとフィリップそしてクローゼたち一行は、守護兵の案内によって城壁内へと導かれた。エルフ兵はその場で解散となり、それぞれの家へと帰っていった。公国兵は城内で待機することとなり、王城前の大広場に整列する。
そしてヨハンとフィリップ、精鋭部隊のスタム、王国将軍のクローゼが王城内へと進んでいく。そのまま謁見場へと足を踏み入れた。
正面には玉座が置かれ、そこに国王フランツと思しき者が座っている。
場内の兵が槍を突きつけてきた。
スタムはスラリと剣を抜くと、ヨハンとフィリップを守るように前へまわってふたりを扉まで下げさせた。フランツ王の隣にゲルハルトの姿も見える。
「陛下、この者たちに危害を加えないでいただきたい。彼らは戦いのためにここまで来たのではないのです」
「衛兵、手を出してはならん。彼らは賓客ぞ」
ゲルハルトは一歩前に出て声を張り上げた。ということは、不意討ちはないということか。
「スタム、お前も剣を引け。先方に争う意図はない」
「しかしですね、ヨハン閣下」
「いいから言う通りにせよ。それにお前だけならここにいる全員を倒してそのまま公国へと帰還できるはずだ。これは俺の覚悟の問題でもある」
渋々といった様子でスタムは剣を鞘に納めた。しかし柄に手をかけていつでも反撃できる体勢をとっている。
まあゲルハルトが殺せと命じなかった以上、彼らに殺意はないと見てよかろう。
「陛下、戦には敗れました。敵の将軍フィリップとヨハンを連れてまいりました」
「どちらがヨハンか」
フランツ王は訝んだ。もしかするとフィリップとヨハンは別人で、この場にいる者を道連れにする死を賭した兵かもしれない。
「陛下、向かって右側のボサボサ髪の男がヨハンにございます」
ゲルハルトが名指ししたので、ヨハンはその場で一礼して片膝をついた。
「そして向かって左がフィリップにございます」
フィリップもヨハンにならってその場で一礼して片膝をつく。
その背後で剣の柄に手をかけているスタムが抜け目なく場内を観察している。
王国軍に勝つ、つまり最高の名将たるクローゼを倒せるのはヨハンだけだ。
だからスタムは、身を賭してでもヨハンを公国領へ連れ帰ると心に期していた。
「ヨハンよ。卿の言いたいことはわかっておる。ミロス王国から覇権を奪いたいのだろう」
「ご明察のとおりでございます。大陸随一の名将クローゼ閣下をもってしても、私の〈兵法〉には勝てませんでした。占いでは〈兵法〉に勝てないのです。ですから、今後の大陸を導いていく権限を公国へ譲っていただきたい。そう愚考しております」
「その〈兵法〉とやらはなにか」
「古の皇帝が使った戦の規則を収集しまとめたものでございます」
「古の皇帝とな。もしやエルフ族が覇権を握る前に大陸を制していた者のことか」
「そのとおりでございます」
「なるほどな。わが祖先は皇帝亡き後、魔法と占いによって覇権を手に入れたのだ。その皇帝は百戦百勝だったという。その秘術を卿が復活させたというのか」
「はい」
ヨハンは短く口にした。
「であれば、覇権は本来の持ち主である皇帝に帰すべきだな。ヨハンが新たな皇帝となって大陸を導くのか」
「いえ、覇権は公爵に譲ります。私はあくまでも〈兵法〉つまり戦のことしかできません。大陸で戦乱が起こるとき、私の〈兵法〉が役に立つでしょう」
「それでは、卿の〈兵法〉とやらは後継者が定まっておるのか」
「いえ、おりません」
「ずいぶんと素直だな。であればこの場でお前を殺せば、王国は覇権を失わないということか」
「それをするのであれば、われらが入場した時点で事を起こしていたはずです。そけがないということは、陛下には私を殺す道理がありません」
「そこまで読んでおったか。なかなかに惜しい人材だ。では〈兵法〉の後継者を育てつつ、大陸の戦乱に備えよ。それが叶えば覇権を譲ってもかまわない。それがエルフ神の思し召しでもあるしな」
結局は占いで国の命運が決まったわけか。これではいつ背くかわからない。
だが、この機に覇権を手に入れなければ、次の機会はなかなか巡ってこないだろう。
「畏まりました。覇権は確かに公爵へ渡るよう準備致します。そしてフィリップと私は大陸のために〈兵法〉で治世を守ります」
「よろしい。では覇権を表す
─了─
占い魔法全盛の世に、兵法で戦いを挑むとある青年の無双戦記 カイ艦長 @sstmix
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